146 まずは付いているかを確認するよね?
………………。
………………。
はっ!
視界に広がったのは……天井、かな? それも多分、俺が使っている部屋の。となると……と確認すると寝ていることに気付く。身を起こして周囲を見る。……うん。間違いない。俺が使っている部屋。ベッドの上で寝ていたようだ。
一体いつの間に……はっ! として自分の体を確認する。
………………大丈夫だった。俺の俺は付いていた。どうやら、寝て起きたらTSしていた、なんてことにはなっていなかったようだ。ホッと安堵する。……別に、惜しいなんて思っていない。
というか、そもそも、どうして俺は寝ていた? ベッドに入った記憶がない。それ以前の記憶も……うっ。頭が痛い。まるで、思い出すことを拒否しているかのようだ。思い出したら精神が耐えられないような……そんな気がする。
……思い出さないようにしよう。その記憶は思い出さないように大人しくしていてくれ。
ただ、記憶はそれでいいけれど、現状確認は必要だ。ベッドから出る。パジャマと思われる衣服を着ていたので、いつもの服装に着替える。
しかし、本当に良かった。俺の俺が付いていることもそうだが、衣服を着ていたこともだ。これで、裸で寝ていたら、何かしらの事後を疑ってしまうところだった。いや、その疑念も拭い切れない。……もしかすると本当に事後で、パジャマを着させることで安心させたところで、部屋の外に出ると美女を侍らせた怖い人が待機していた、なんてこともあるかもしれない。
……待て待て。もしそうなら、俺は知らぬ内にこの世界での初体験を済ませたことになる。その記憶がないまま……それは嫌だな。しっかりと記憶に残したい。いや、残しておきたかった、か?
だが、それならそれで何故記憶がない? ということになる。それも思い出すのを本能が拒否するような記憶に………………それほどの激しいプレイをしたってことか?
くそっ! 俺は何故それを覚えていないんだ。初体験だろ。強烈な出来事だったはずだ。頭の中に何か刻まれたはず……刻まれた? そうか。そうだ。頭の中になくとも体の方には何か刻まれているかもしれない。縛られた痕跡とか。
もう一度服を脱いで確認するが……何もなかった。
………………。
………………。
うん。なんか知らぬ内に寝てたっぽい。
風邪を引く前に服を着直す。
すると、ノック音が耳に届く。誰か来たようなので、応答するために扉を開けるとマニカさんが居た。マニカさんは俺を見て、少し驚いた顔を見せた後、優しい笑みを浮かべる。
「漸く目が覚めたようで良かったです」
「うん。起きた……漸く?」
「はい。漸く、です。その様子ですと、説明した方が良さそうですね」
「はい。お願いします」
マニカさんから説明を受けることにした。
―――
立ち話もなんなので、マニカさんを部屋の中に招く。なんか部屋の中に招くって状況次第ではなんかいやらしい響きに聞こえなくもない気がするが、今は横に置いておいて……対面するように互いにソファに座って、説明を受ける。
………………。
………………。
なるほど。説明を受けて、朧気ながら思い出してきた。そうだ。俺は四か国軍を相手に光鳴の魔道具を作り続けるという地獄のような重労働の日々を過ごしていた。その内容は思い出せない。なんとなく、段々と自我が壊れていったような……気が……うっ。駄目だ。思い出せない。それ以上は本能が拒否している。思い出さなくてもいいだろう。
しかし、その日々を思い出せないので、誰がどんな光鳴の魔道具を選択したのか、さっぱりわからない。変な物はなかったと思うし、マニカさんが言うには皆満足しているそうなので問題はなさそうではあるが……。
ともかく、俺は作り切ったようだ。自分を褒めたい。
ただ、俺が光鳴の魔道具を作り終えたのは数日前。そこから今まで眠り続けていたらしい。それなら、マニカさんが漸くと言ったのも納得で、さらにマニカさんは俺が寝てから毎日様子を見に来てくれていたそうだ。なんか、ありがとう、と感謝する。
――はっ! ということは、マニカさんが俺にパジャマを着せたってこと? 生まれたままの俺の姿を見たの? と思ったのだが――。
「いえ、それはマグレト兄さまが」
……うん。ガッカリなんかしてない。
まあ、とりあえずは起きた訳だし、記憶にないから、訓練場とか行って光鳴の魔道具の成果を見ようかな、と考えた俺にマニカさんが告げる。
「それにしても、本当に起きて良かったです。明日にはセブナナン王国の王都に向けて出発しますから」
「へ~、明日………………え? あ、明日?」
「はい。明日です。もしスロース殿が眠っていたままであれば、私が身支度をするために来ました」
「ああ、それはどうも……ええ! あれ? 交代人員は?」
「二週間ほど前に来て、もう引き継ぎなどは終わっています」
「え、ええ~……」
どうやら、交代人員が来たことにも気付かなかったというか、記憶になかったようだ。




