14 サイド セブナナン王国 1
――竜の森。
そう呼ばれる場所は、一つの国で抱えきれず、いくつかの国と接しているほどに非常に広大である。その上で、現在どの国も不可侵としていた。竜の森は我が国の領土である、とは口にも出していない。
もちろん、過去には「我が国の領土である」と口にした王が幾人か現れた。実際、手を出して開墾しようともしたが、現在不可侵であることが示すように、誰も成功していない。寧ろ、手を出せば、逆に手痛い反撃を食らう始末だ。国が滅んだこともある。
誰によって? 決まっている。竜の森という名が示すように、竜によって、だ。そう。竜は居る。この非常に広大な森は、とある竜の縄張りなのだ。だから、竜の森には手を出してはいけない。過去の出来事からそれを学び、他にも手を出さない理由があるにはあるのだが、主な理由は竜の縄張りということで、周辺国は竜の森を不可侵――どの国の領土でもない、とした。
そんな竜の森と接している国の一つに「セブナナン王国」がある。
―――
――場所は、セブナナン王国。王都。王城。謁見の間。
セブナナン王国の謁見の間は、国の力を示すように敷かれた絨毯は最高級品で、たくさんある明かりはすべて棒状や球体による魔道具が用意され、いくつかある柱はすべて装飾が施されて、煌びやかではあるが下品ではなく、寧ろ品の高さを感じさせるように造られている場所である。出入口である扉は重厚な鉄製で、その反対側に位置する謁見の間の奥は数段高くなっており、そこに玉座が置かれていた。
その玉座に座る者が居る。セブナナン王国の王だ。
四十代ほどの男性。金髪に精悍な顔立ちの立派な口髭付き、かなり鍛えられた体付きに、頭には王冠、王が着るべき品の良い衣服をマント付きで見事に着こなしている。
名は「ミルス・セブナナン」。
セブナナン王の側には、同じく五十代ほどの白髪の細身男性で、品の良いローブを纏い、杖を持つ、セブナナン王国の宰相が立っている。
名は「ムーン」。
そして、この場にもう一人。
十代後半くらいの女性で、肩に届くくらいの長さの水色の髪と凛々しく美しい顔立ち、大き過ぎず小さ過ぎない均整の取れた体付きに、首から下は体型に合わせた輝く白銀の全身鎧を着ている。
名は「マニカ・セブナナン」。
セブナナン王の娘の一人で、セブナナン王国の第二王女であるが、武に秀でており、セブナナン王国の第三騎士団の団長でもある。
そんなマニカは、セブナナン王と対峙するような位置で片膝を着いて首を垂れたまま口を開く。
「セブナナン王国、第三騎士団団長、マニカ。陛下からの呼び出しにより、ここに参上しました。どのようなご用命でしょうか?」
セブナナン王が口を開く。
「陛下じゃないよ。パパだよ。マニカちゃん」
「いえ、ここには第二王妃としてではなく第三騎士団団長と参りました。公私の区別は大事です」
「むう」
少し残念そうに口を尖らせるセブナナン王。宰相は呆れた顔をセブナナン王に向けたあと、「こほん」と一つ咳払いしてからマニカに声をかける。
「陛下に代わって私が呼び出しの説明を行おう。マニカ団長は、『フロン』という町をご存知か?」
「……竜の森に近い町、と記憶していますが間違いありませんか?」
「うむ。それで合っている。つい先日のことだが、そのフロンの町に隣国『グレッサア王国』からの侵攻が仕掛けられた」
「なっ! そのような話は耳に届いておりません! まさか、陥落したのですか? 町の者は? まさか人質に? 第三騎士団主導で奪還を行うと?」
グレッサア王国許すまじ、とマニカは顔を上げて戦意を立ち昇らせる。命令が出れば直ぐにでもこの場から飛び出していきそうだが、まあまあ、と宰相はマニカを落ち着かせる。
「そう結論を急いてはいけない。確かに侵攻を事前に察知できなかったのは事実で、それに対して憂慮すべきだが、最悪の結末にはなっていない。侵攻は未然に防がれた」
「防がれた?」
「そうだ。『天の怒り』によって」
「ジャッジメン、え? それは、どういう?」
「町の者によると、突然空の一部が暗くなり、そこから雨のように雷が降り続いたそうだ。それが侵攻していたグレッサア王国の者たちに直撃して全滅した。それで、町の者たちがそう呼ぶようになった、ということだ」
「……え~と、つまり、高名な魔法使いがフロンに居た、ということですか?」
宰相が首を横に振る。
「いいや、町の者たちが感謝を伝えようと捜したそうだが、そのようなことができる者は居なかった。そもそも報告を聞く限りだと、高名であってもできるかどうか怪しい規模の話である。だから、私は別の可能性を考えた」
「別の可能性、ですか? ……はっ! まさか、現れたということですか? 最後の一人が? この国に?」
「その可能性が高い、と私は踏んでいる。そして、その場所はフロンの町でないのなら、竜の森の中なのではないか? とな」
「……なるほど。その調査を第三騎士団主導で行え、ということですね?」
「その通りだ。調査の場所が竜の森となると男性に無理強いはできないからな」
「ああ、男性の間で、竜の森に入るのは禁忌とされていると聞いています。それで女性のみで構成されている第三騎士団に調査命令ということですか。了解しました。ご命令とあれば」
マニカが納得した、という表情を見せた。宰相がそういうことだと一つ頷いたあと、セブナナン王に続きを、ご命令を、これがあなたのお仕事ですからお願いします、と一礼する。セブナナン王が威厳を示すように胸を張った。
「第三騎士団団長、マニカ。王命である」
「はっ!」
「パパと呼びなさい」
「……は?」
マニカが困惑すると同時に、宰相が呆れた表情でセブナナン王を見る。
「はあ……陛下」
「いや、宰相よ。うん。わかっている。言いたいことはわかるし、私が言うべきこともわかっている。だがな、聞いて欲しい」
「……何故あのようなことを?」
「今なら流れでいけるかなって。流れで頷くんじゃないかな? と」
「……それで、いけていませんが?」
「そうなんだよ。おかしいな。いけると思ったのだが」
「思わないで頂きたい。それに、そもそもそこまで拘ることではありません」
「は? はあ? なんだと! お前にはわからないというのか? 『パパ』と呼んでいた子から『パパ』と呼ばれなくなった『パパ』の気持ちが!」
宰相が首を傾げる。
「さて、わかりませんね。私は『父上』や『父さま』でしたので」
「なるほど。わかった。このあと王城裏に来い。色々と話し合おうではないか」
「ええ、構いませんよ。話し合いましょうか」
口でそう言いつつ、セブナナン王と宰相は互いに拳を握って見せ合う。口だけの話し合いでは済まない、と。
「ですが、その前に王命をお願いします。陛下」
「わかっている。王命である。第三騎士団団長、マニカよ。件の人物が居る可能性が高い竜の森の調査を命じる」
「はっ! 王命、お受けしました」
マニカが頭を軽く下げ、立ち上がると直ぐに踵を返して謁見の間から出て行く。
互いに相手の胸倉を掴んでメンチを切り合うセブナナン王と宰相は目に入っていなかった。