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13 初めてだと思ったけれど、実は経験していたと思い出すこともある

 ………………。

 ………………。

 失敗した。甘かった。よくよく考えれば可能性は十分にあった。それを忘れていた。くそっ。


 何を失敗したかというと、魔猪の肉である。満足するまで魔猪の肉を食べたあと、保存も考えて残りの大半の魔猪の肉は蔓で縛り、流されないように蔓の一方は木に結んで川に入れておいた。これで明日も肉が食えるぞ、と楽しみに思いながら一旦転移で拠点に帰って横になる。拠点は未だに不出来なデブリハットなのでここもどうにかしないといけないな、とか、魔猪の肉塊を持って川に転移すれば良かったのでは? とか、でも、それを思い付かなかったから身体強化が……とか、色々考えている間に眠っていた。そして翌日。朝から重いけど肉いっちゃう? と妙なテンションで川に転移すれば……なくなっていた。綺麗さっぱりと、欠片もなく。流された、訳ではない。木と結んだ蔓は存在している。ただ、魔猪の肉を縛っていた方は、川の中の途中で切れていた。千切れたのではない。嚙み切られたような跡が残っている。


 そうだ。そうなのだ。ここは大きな湖からは少し離れているため、推定魔物が出る領域である。陸の推定魔物が引き揚げて嚙み切ったのか、川の中で生息する推定魔物がそのまま食ったのかはわからないが、ともかく俺が仕留めた魔猪の肉がすべて奪われたのは間違いない。


 泣きはしなかったが、怒りの咆哮を上げた。何ともしれないやった相手にもそうだが、奪われることを想定していなかった自分の甘さに対しても。


 そうして咆哮を上げたあと、その音で推定魔物がくる可能性を考慮して、転移で拠点に戻った。


     ―――


 拠点で座って考える。確かに失敗した。でも、失敗を失敗のままで終わらせるつもりはない。この失敗を糧にして、次は奪われないようにしたい。そのための方法を考える。


 ……その場ですべて食べてしまえば問題ないが、あの大きさのを丸々一体一日消費はさすがに無理だ。数日に分けて食べるしかない。それに、毎日手に入るとは限らないのだから、やはり保存は必要である。それをどうするか……俺が今使えるのは魔法………………そうだ。魔法で時間と空間に効果を及ぼして、たくさんのものが容れられる「アイテムボックス」。それができないだろうか? 試してみる。


 ………………。

 ………………。

 どうも上手くいかない。試した感じ、時間と空間、それと付与的な魔法が必要な上で、何かしらの容れ物が必要な気がする。そこらの空間に突如、というのは無理なようだ。服にポケットはないし……残念。いや、容れ物を自作すれば……まあ、その時に試してみよう。


 しかし、アイテムボックスは無理だったが、この試みは俺にある思い付きを与えた。天啓。……うん。天啓ということにしておこう。


     ―――


 天啓によって気持ちを立て直したので、狩りへと向かう。もうお肉の口なのだ。春キャベツの口ではない。というか、あの春キャベツもこの思い付きが上手くいけば同じ処理をしよう。それがいい……待てよ。焼いた肉を同じく焼いた春キャベツで巻いて食べる、というのもいいかもしれない。そういう口になった。


 なので、まずは肉の確保。運が良かった、のだろう。俺の。相手は不運だが。昨日よりは小振りだが魔猪を早々に発見。昨日の肉の味を思い出す。済まぬ。と思いつつ、昨日と同じく風の刃の魔法で瞬殺。そして、早速試してみる。思い付きが正しければ、この段階で上手くいくはずだ。詠唱は……魔法名よりも起こる現象を口にした方が成功する気がする。


 魔猪を対象にして――。


「……『時間、止まれ』」


 魔法が発動……したと思う。確認。真っ二つになった魔猪の断面から流れ出ていた血が流れ落ちなくなったというか止まった。周囲の木々は風で揺れている。でも、魔法をかけた魔猪だけは時間が止まったようだ。


「……よっしゃー!」


 両拳を突き上げて大きく喜ぶ。この魔法の効果がいつまで続いてどれくらい保存できるか調べる必要はあるが、これでいつでも新鮮な肉が食べられるようになる。保存場所は……一旦拠点に持ち帰るか。推定魔物は出てこないし、今のところ最も安全な場所なのは間違いない――と油断したのがいけなかった。


 ここは推定魔物が出る領域なのだ。ふと、何かを察して顔を背けて後ろを見る。何も居ない。気のせいか、と思ったところで視線を下げれば、角ウサギが居た。角を突き出して突っ込んでいた。狙いはもちろん俺の尻の穴。


 ――い、いかん。


 咄嗟に振り上げていた腕を角ウサギの角に向けて勢い良く振るい――流れるように腕だけ身体強化して――角ウサギの角を砕く。良し。これで守られた――と油断したのがいけなかった。角ウサギ自体の勢いは何も変わっていない。角が折れたまま突っ込み、黒ズボンを突き破ることなく押し上げて――尻の穴に硬いものが少し入るのを感じた瞬間、片脚を後ろに上げて角ウサギを蹴り上げる。


「お、お前だけは!」


 明確なる殺意を持って、空に上がった角ウサギを風の刃の魔法で真っ二つにして切り殺した。それで安心はせず、まずは周囲の確認。………………どうやら、他には居ないようである。でも、ここでは安心できない。危険地帯であることに変わりない。真っ二つにした魔猪と、獲物は獲物なので時間停止魔法をかけた角ウサギに触れて、拠点に転移。


     ―――


 転移で拠点に戻ると、真っ二つの魔猪と角ウサギは放って、不出来なデブリハットに頭から突っ込んで両手で顔を覆う。お、俺の初めてが……。泣きそうだが我慢。我慢。泣くと、初めてを失ったことに耐えられなく……。


 ………………。

 ………………。

 いや、待てよ。先ほどの感じは……こう、用を足したあとに拭いた際、そんなに力を入れた覚えはないのにちょっと指が入ってしまった――くらいだった気がする。つまり、既に経験済み。いや、それだと誤解が生じるから……つまり、未経験。初めては失っていない。


 心の平穏。現状に対する正気度を保つため、そういうことにした。


 強く、生きていこう。

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