124 無理ができるからといって、無理していいとは限らない
ラストにジェットバスとスロットマシンを渡してから数日が経った。その間、俺は何もしていない。なんというか、こう、一気にもの作りをしたからか、もの作りへの熱が落ち着き、新たなに何かを作る気にはなれず、ちょっと充電期間が必要だったのだ。それに、今後のこと――もう少ししたら増産が始まって身動きが取れないので、今の内に休息を入れておきたかった。だから、ぼーっとしかり、ゴロゴロしたり、トレーニングしたり、とのんびり過ごした。
そんなある日。マグレトさんが来る。
「増産開始?」
「いや、済まないが違う。増産部隊の方は、人と場所は確保したが、まだ素材が集まっていない。それでも、増産開始まであと数日といったところだ」
「そう。あっ、なら来たついでに、冷暖房を魔石使用にしたんだけど、それの確認をしてくれる?」
「もう作ったのか? 早いな。さすがはスロース殿だ。もちろん確認しよう」
マグレトさんに魔石使用冷暖房を確認してもらう。大体の使用可能期間も伝えた。マグレトさんは満足そうだったので良かった。
「では、これで増産をお願いしたいが、スロース殿以外でもこの魔法陣を描くのは可能だろうか?」
「う~ん。教えれば描けると思うけど、こればっかりは教えてみないことにはわからない」
「それもそうだな。わかった。一応、増産部隊の方で教えてみてくれないか? 今のままだとスロース殿の負担が大きいからな。分担できればと思ったのだ」
その心遣いに感謝。
「それと、今日来た理由だが」
「あれ? 魔石使用冷暖房の進捗具合の確認とかじゃないの?」
「それは違う。その、スロース殿が知っているかどうかはわからないが、何か知っているのでは? という一縷の望みでここに来たのだ」
「ん? 何が? どういうこと?」
「なんでも、ここ数日だがラスト殿が姿を見せていないそうだ。そういう報告を受けて、何かあったのでは? とラスト殿の部屋に行き、ノックをしたのだが反応がなかった。さすがに女性の部屋を許可なく開けるのも憚れるし、ましてや相手は『大罪持ち』だ。迂闊に強行することもできない。だから、スロース殿なら何か聞いているかもと考えて、確認しに来たのだが、どうだろうか?」
「………………」
どうしよう。思い当たることが一つある。でも、まさか……という思いだが、それでも、先日の様子を思い浮かべると、あり得るな、と思う。
「とりあえず、ラストの部屋に案内してくれる?」
どこにあるのか知らないので、案内をお願いした。
―――
ラストの部屋の前に、俺一人で立つ。マグレトさんには、後のことは俺に任せて欲しいと言って同行を断った。もし思い当たった通りのことなら、あまり人に見せていい姿ではないと思うからだ。同じ「大罪持ち」としての気遣いである。
ノック。反応なし。
強めにノック。反応まったくなし。
扉に耳を当ててみる。何も聞こえない。多分、防音がしっかりしているのだろう。ただ、この姿を見られるのはマズい。変態でしかない。幸い、周囲には誰も居なかったので良かった。
仕方ない。強行する。
扉に鍵はかかっていなかったので、開けて中に入った。
……うん。思い当たったままの光景が広がっていた。
一心不乱にスロットを回すラストの姿があった。また、先日よりも少し痩せたような、細くなったように見える。間違いなく、先日からずっと回し続けていたのだろう。
それは許さない。「怠惰」として認める訳にはいかない。
「はい。そこまでだ」
レバーを引く手とボタンを押す手を掴んで強制的に止める。ラストの視線が俺に向く。数秒見つめ合った後、「え?」とラストが困惑の声を上げた。どうやら、ラストは漸く俺が部屋に入ったことに気付いたようだ。
「なんでここにスロースが……夜這い?」
「違う。ラストが姿を見せないと聞いたから、大丈夫かどうかの確認に来ただけだ。そうしたら、案の定というか……」
「えへ。なんか、ごめんね。でも、一度でいいから『777』を揃えたくて……あれ? 何か久し振りの感覚があるんだけど……あれ?」
「まあ、ラストにスロットマシンを渡してから数日経っているからな」
「え? 数、日?」
「ああ、数日」
「嘘でも冗談でもなく?」
「嘘でも冗談でもなく」
「あ、はは。ま、まあ、数日なんて誤差よ。それに『大罪持ち』は頑丈だから、数日飲み食いしなくても平気だし、不眠不休でも大丈夫」
ああ、なるほど。それはなんとなくわかる。俺が森に居た当初も満足に飲み食いできなくても問題なかったからな。でも、それはそれ。これはこれ。
「確かに数日飲み食いしなくても平気かもしれない。怠惰になるのは別に構わない。だが、しかし、それは不健康でいていい理由にはならない。そもそも、怠惰であることを存分に感じるためには健康であるべきだ。よって、今のラストのように不眠不休で食事も取らず、ただスロットを回すだけ、なんてのは許さない。指導だ」
「え……え? 何? どういうこと? 何か妙な迫力が」
「まずは風呂入って来い。その間に胃に優しい食事を用意させる。その後、軽く運動して、寝ろ。起きたら次の指示を出す」
「いや、でも、その、もう少しで『777』が出そうな気が」
「それは気のせいだ」
無慈悲に冷酷に現実を教える。
ラストは「そんな馬鹿な」と衝撃を受けた後に項垂れた。
「………………わかったわ。私の負けね」
勝った。
その後、ラストを健康体に戻すために指導した。




