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120 きちんと隠しておけばと思った時はもう遅い

「作って欲しいものがあるの」


 ラストがそう切り出してきた。まあ、この流れだとそれしかないだろうな、と思う。嫌な予感を抱いた問題は、それが何か、ということか。


「……何を?」


「スロースがこれだけのものが作れるのなら、ジェットバスも作れるんじゃないの?」


「ジェットバス? ジェットバスってあれか? 浴槽の側面とか底から気泡を噴出し続けるやつ?」


「そうだけど、微妙に細かな言い回しね。泡風呂で良くない?」


「そういう風に記憶しているんだから仕方ないだろ。ともかく、泡風呂、ジェットバスね。……うん。多分作れると思うけど?」


「そう! なら、お願いね! お礼も……いつかするわ!」


「……そのまま踏み倒すつもりか?」


「ち、違うわよ。今は無理ってだけ。私の町に来てくれたら、しっかりとお礼するわよ。楽しいのをね」


 ……怪しい。怪し過ぎる。


「というか、そもそも、まだ作るとも受けるとも言ってないが?」


「いいじゃない。作ってよ。同じ『大罪持ち』のよしみってことで」


「……まあ、それくらいならいいけど」


 ジェットバス、楽しそうだし。


「でも、ジェットバスくらいなら、どこかにあるんじゃないのか?」


「ないわよ」


「ないの?」


「ええ。以前、魔道具職人に頼んだことはあるけれど、できたのは泡がぽこぽこと数度出てくるのとか、大きいのが一つ出るとか、そんなのばかりよ」


 やってられないわ、とラストが肩をすくめる。


「それは、また……」


「私たち『大罪持ち』の中に魔道具というか、ああいう道具を記憶の中にあるままに作る、再現する技術を持っているのは居なかったからね。だから、そちらの方の急激な発展はできなかったのよ。知識でこういうのがある、みたいなことは伝えて多少なりとも進みはしたけど、元を知っている私たちからすれば、劣化品、粗悪品とかに近い部類ね」


「なるほど」


「あとはまあ、この世界は魔物が生息しているから、どうしても武具の方が発展する、しやすいのよ。だから、日用品の方は遅れがちというか、後回しにされることが多いわ」


 だから、魔道具に関して似たようなものはあれど、記憶の中にあるようなものはなかったのか。


「だから、スロースには期待しているわよ」


 ラストが蠱惑的な笑みを浮かべる。人によっては、いや、大抵の人はこの笑みに落ちそうだ。それくらいの色気があると思う。さすが「色欲」。でも、俺は色気があると思いはするが、それで我を失うみたいなことはなかった。相手が同じ「大罪持ち」だから、かもしれない。


「まあ、発展とかそんなの俺がどうにかできるとは思わないが、ジェットバスはわかった。作ってみるよ」


「ありがとう。それともう一つ」


「他にもあるのかよ」


「本命よ。スロースなら作れるんじゃないかしら?」


 ラストが笑みを浮かべる。


「『スロットマシン』を作って欲しいの」


「……スロットマシン? あの、カジノとかにあるやつ?」


「そう! それよ! 話が通じるのなら早いわ。ジェットバスと同じで、まだこの世界で作れる人が居ないのよ。複雑だからかしら。だから、お願いできない?」


 ………………。

 ………………。

 作るのが面倒な気がする。嫌な予感はコレか?


 実際に作ることを考えると……うん。面倒だ。断ろ――。


「あっ」


 ラストがそう言って、スッと顔を寄せてきた。いい匂い……じゃない。なんだ?


 マグレトさんとマニカさんに聞こえないように、ラストが小声で話しかけてくる。


「今面倒だから断ろうとしたでしょ?」


 ドキッとした。決してトキメキではない。


「……何故?」


「自覚していたか知らないけれど、表情に出てたわよ」


 ……おぅ。無自覚。


「だから、もしスロースが断るというのなら……言っちゃうかも?」


 何を? と思うと、ラストが視線で誘導してくる。その誘導を追うと、椅子の近く、マニカさんがハンディタイプのヤツを手に持って「見たことないが、これも何かのアイテムか?」と首を傾げていた。


 ……そうか。そうだよ。うん。そうだ。俺と同じく記憶持ちであるのなら、『アレ』が何かわかるよな。その用途も。


 うん。失敗した。きちんと隠しておけば良かった。……待てよ。ということは、ラストが言っちゃうのは、もしかして……マニカさんにハンディタイプのヤツがどういうものというか、どういう用途で使われることが知れ渡っているのか、それを教えるということなのか?


 ……くっ。脅すつもりか? だが、有効打だ。マニカさんに限らず、『アレ』がどういうものか、「大罪持ち」以外にはわからないだろう。つまり、ここがハンディタイプにとってのこの世界における運命の分岐点でもある。マッサージ機として認識されるか、それとも大人のマッサージ機として認識されるかどうかの……。


「作って……くれるわよね?」


 ラストからの最終確認。


 ……だは、このスロースを舐めてもらっては困る。ちょっと……いや、だいぶ……かなり美しい部類だが、それだけで落ちて、目をハートにしてほいほいと動くと思われては困る。脅しに屈すると思われるのは心外だ。遺憾だ。ここは毅然とした態度で接するべきだ。


「ラスト。俺は脅しには屈し」


「別に脅しじゃないわ。ただのお願いよ」


「……お願い?」


「そう」


「でも、さっきのは」


「さっきのは、こういうやり取りした方が面白いから言っただけよ。ノってくれると思ったのに残念だわ」


「は、はあ。それは……うん。なんか、ごめん」


「だから、実際には断ってくれてもいいわよ。技術が発展すれば、その内に作られるだろうし。それが今できるか後か、それだけで、今できるのなら最善、というだけだから」


 そ、そうなの? と戸惑う。わ、わからん。あれ? 俺、なんか惑わされている? 手のひらの上でコロコロ転がされている? ……判断できない。でもまあ、同じ「大罪持ち」の仲間ではあるし……。


「……はあ。わかった。お願いなら、一旦作ってはみるよ」


「ありがとう!」


 ラストは本当に嬉しそうだ。仲間の嬉しそうな姿を見られるのなら、引き受けて良かったと思うことにした。

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