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12 考えないようにしても何かしら考えてしまうもの

 ………………。

 ………………。

 大きく息を吸って――。


「すぅ~……」


 ゆっくりと吐く。


「はぁ~……」


 この一呼吸だけでも随分と落ち着く。気配は薄く……意識はシンプルに……。


 口にする。手振りも加える。その方が明確なイメージになるからだ。


 初撃で倒せないと危ない。俺が。何しろ、紙装甲。いや、服を着ているから布装甲? ともかく、紙だろうが布だろうが、向こうからすればどちらでも同じ。何か違いある? くらいに意味がない。それが装備品の防御力だ。でも、それでもいい。羞恥心は守られているから。それが大事。うん。ともかく、鎧なんて立派なものはないし、相手からの攻撃を防げるものを身に着けていないのは確か。だから攻撃を受けてはならない。待てよ。魔法で防げばいいのでは? ……防げるだろうか? もしくは魔法が使えるのだから、魔法の種類の一つに数えられる付与魔法的なのでこの服にガチガチの付与をかけるというのはどうだろうか? 付与、できるかな? 試しておけば良かった。いや、でも、鑑定はできないし、本当に付与さえているかどうかは試して、もし付与されていなければヤバい。下手をすれば失敗=死、である。感覚に頼るのは危険だ。いい案だと思ったのだが………………て、そうじゃなくて、意識がシンプルになっていない。


「すぅ~……はぁ~……」


 もう一度深呼吸して自分を落ち着かせる。大丈夫。標的は移動していない。今も低木にたくさん生っている赤い実を食べるのに意識を向けているので、大木の裏に隠れている俺に気付いていない……と思う。というか、あの赤い実は所謂野苺の一種だろうか? いやいや、そうではなくて……狙うはそれを食べている大きな猪だ。俺と同程度の高さがあって、口から長く鋭利な牙が飛び出し、脚が六本あるので推定魔物だ。いや、肉だ。肉の塊だ。肉塊。今からそうなる。とりあえず、魔猪と呼称しよう。


「――ふっ」


 短い息を吐いて大木の裏から飛び出すのと同時に、魔猪に向けて腕を横薙ぎに振るう。魔猪が反応する前に倒す。


「『風刃(かまいたち)』」


 振るった腕に合わせて風の刃が飛び出した。空気密度が変わったのか、なんとなく視認できる。魔猪はこちらに気付いてその場から飛び退こうとしたが、もう遅い。俺が放った風の刃が魔猪の胴体を縦に割いて真っ二つにする。


「ブ、モッ!」


 そんな声を上げて魔猪は息絶えた。生物を殺めた感覚はあるが、思っていたよりも平気だ。俺は薄情なのだろうか? そうではないと思いたい。そう思うことが大事な気がする。これは俺が生きていくために必要なことなのだ。


 命に感謝。俺の糧になってくれ。と魔猪に手を合わせたあと、血液は栄養かもしれないが飲む気にはなれず、血抜きするために川に運ぶ……いや、重くて無理。それはそうだ。魔猪はでかい。その分、重い。どうすれば運べるだろうか……やはり魔法か? 浮かせる? 対象を軽くする? つまり重力系か? それって最強レベルの魔法では? ……でも、使えそうな気がする。


 いや、待てよ。そこまでしなくていいかもしれない。魔法としてというか魔力による強化で有名なのがある。「身体強化」だ。よくあるのは魔力を体に纏わせて全体強化や一部に集中してより強化する部分強化がある。やってみるか。


「……はあああああ」


 かけ声と共に体に力を込めていく。それで魔猪を持って……お、重い。何も変わっていない。失敗だ。これではただ声を上げて気合を入れただけの、端から見れば恥ずかしい姿を晒しただけ。俺一人で良かった――ではなく、込めたのが気合だけだったのが問題。魔力だ。魔力。


「………………」


 今度は声を上げず、魔力を認識して体に纏わせることに集中する。体の内側から暖かいものが漏れ出し、体に纏われていく。全身に薄く纏った状態を維持しつつ、魔猪を持ってみる。うん。軽い。余裕で振り回せそうなくらいだ。実際にやると血が飛び散って凄惨な描写になりそうなのでやらないが。


 ともかく、これで運ぶことができる。川まで運び、その途中で丈夫な蔓があったので、それで流されないように縛り、近くの木に蔓を結んでから川に流す。血が流れていき、水温で上手い具合に冷やされることだろう。このままある程度は保存できるかもしれない。というか、血抜きも魔法でやれば……それってどんな魔法? 吸血鬼ってことですか?


 ………………。

 ………………。

 色々なことを考えている間に川の中の魔猪から血が流れ出なくなった。これで大丈夫かな?


 川から引き揚げ、早速魔猪を解体することにした。移動しないのは、汚れても直ぐに洗い流せるからである。しかし、俺には解体道具なんてない。でも、魔法がある。便利に使える魔法が。


 魔法で包丁サイズに圧縮した風の刃――「風刃包丁」と名付けておく――を作り出し、解体していく。風刃包丁はかなりの切れ味で、スパスパと詰まることなく簡単に切ることができた。まずは四苦八苦しながら内臓と思われる部分を切り出していく。内臓はちょっと食べる勇気が湧かなかったので強火の魔法で焼き尽くした。……魔法の同時行使ができるな、俺。


 途中、拳サイズの茶色い石が出てきた。そういう病気……ではないだろう。所謂魔物にとっての心臓の役割と言われる「魔石」ではないだろうか? まあ、これが魔石と呼ばれているかはわからないが。一応、推定魔石としておこう。推定魔石は焼き尽くさずに手元に置いておく。そもそも焼き尽くせるかもわからないが。


 ……内臓の処分が済んだ。次は皮を剥いでいく。皮の利用は……今は無理か。塩がないから付け込めないし、そもそもタンニンなめしに使える植物の樹皮は手元にない上に、クロムなめしに使う薬品もない。これも魔法でどうにか……いや、今はいいや。こちらも四苦八苦しながら行い……皮に余分な部分が付いていたりと不出来ではあるが、どうにか剥ぐことはできた。


 そして、目の前にあるのは大きな肉の塊。もう口の中は涎で一杯です。我慢できないので早速食べる。手に取ったのは、霜降りが細かく、柔らかい赤みの肩ロース付近、と思われるところ。一口で食べられる大きさに切ってから、生は怖いので魔法の火でしっかりと焼いて……食べる。野生風味は強い気はするが、それよりも旨味と甘味が強い。つまり、美味い。


 満足するまでバクバクと食べた。

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