110 時と場合を考えない時もあるかもしれない
地面に背中から倒れた。だからといって気を失った訳ではない。ハッキリしている。だから、このまま空を見る。
………………。
………………。
痛みはない。痛みはボロボロになった腕からだけ。それが余計に事実を認めさせる。
負けた。全力を出した結果で。相手に多少の傷は与えたけど、それだけ。それも、わざわざ受け止めてくれたからだ。避けられていたらどうしようもなかった。つまり、俺の完全敗北と言ってもいい。認めよう。負け。負け。上には上が居る。それを体験した。
でもまあ、ここまでやって負けたのだ。寧ろ清々しい気持ちで悔しくなんてない。向こうは俺よりも先にこの世界に居たのなら、それだけ何かを経験してきているということだ。これだけの差があるのも頷ける。仕方ない。
……嘘だ。悔しい。滅茶苦茶悔しい。叫びたい。泣きたい。でも、叫ばないし、泣かない。それで悔しさを自覚して強さに変えることもあるかもしれないが、そんなのは人それぞれだ。自覚している俺はそうしないだけ。
だが、心の中ではグツグツと煮え滾っている。
寧ろ、ありがたい。
そうか。そこまで高みにいけるのか。そりゃ、恭しく扱われる訳だ。俺もその一人なら、そこまでいける可能性がある、ということだ。いい指針になる。
いつか、必ず……。
「倒れたけれど気を失った訳ではないようね」
俺を倒したバニー姿の女性が、上から覗き込むような形で見てくる。
………………。
………………。
ありがとうございます! 下から見上げる光景! 素晴らしいアングルです! 胸がより強調されて見えますね! 下乳、万歳! 記憶にはないけど、膝枕されたらこんな感じの光景ですか? ありがとうございます! まあ、頭の下は柔らかい肌の感触ではなくて硬い地面だけど……。
少し冷静になった。
「お~い、お返事は~?」
バニー姿の女性が少し屈み、手を振りながら尋ねてくる。その際、胸がゆさっと揺れた。
おおう……大迫力。眼福とはこれのことか? きっとそうに違いない。何しろ、俺の俺が反応して立ち上がろう――いかん! それはマズい! そこが立ち上がるのは今じゃない! さすがにわかる! そんな状況ではないのだ!
いや、立ち上がりたい気持ちもわかる! わかるぞ、俺の俺! 俺の俺も俺の一部だからな! でも、今じゃない! そう、バレる! 今立ち上がると、バニー姿の女性に見つかってしまう! もしそうなったら、戦闘で力を出し切った上で負けて倒れただけではなく、俺の俺が立ち上がりそうで、それを隠すための前屈みに失敗して倒れたとか、そういう情けない事情があって倒れたと受け取られかねない! ……待てよ。うつ伏せならともかく、仰向けならそう受け取られないのでは?
……どっちもどっちか。そういう話ではない。
なんてことを考えている間に俺の俺が落ち着いた。バレていない。ズボンが少し膨らんだかもしれないが、それだけだ。さすがに気付いていないと思う。バニー姿の女性に反応はないから大丈夫。
そう。大丈夫だ。ただ。そう、ただ……落ち着いた時に位置がずれて……それがなんか気持ち悪い。直したい。今直ぐ。でも、バニー姿の女性が見ている前でそんなことはできない。でも、気持ち悪い。しかし……我慢、するしかないか。
いや、待てよ。上手くやれば……。
「いや、別に気を失って倒れた訳じゃない。今出せる力を全部出して疲れただけだ。もう大丈夫」
「やっと返事してくれた。まあ、確かに、それだけの濃密な一発だったわ。ほら、私の腕もこの通り」
肉が少し裂けて血を流す腕を見せてくる。
「治さないのか?」
「もちろん治すわよ。これじゃあ、仕事に支障をきたすもの」
そう言って、バニー姿の女性が魔法で傷付いた腕を治していく。回復魔法、使えるのか。そう思いつつ、今の内にと立ち上がりつつ、バレないように、自然な動きで無事な方の手を払うように動かして、位置を直――せなかった。失敗した。気持ち悪いの続行。仕方ない。次の機会が来るまで我慢しよう。
……立ち上がって、俺も腕を治そうとして……まずは魔力を確認。……多少、回復したと思う。なけなしの魔力で回復魔法を使い、腕の傷を治す。その間にバニー姿の女性は既に治し終わっていた。自身の治して綺麗になった腕を見て、満足そうに頷いている。
そして、俺の腕を見て治ったことを確認したあと、バニー姿の女性は思い出したように尋ねてきた。
「そうだ。一つ確認ね。私が誰か、わかったかしら?」
「……『大罪持ち』の一人、だろ?」
「正解。拍手をあげる。そして、ようこそ。『大罪持ち』最後の一人。『怠惰』。私は『大罪持ち』の一人。『色欲』の『ラスト』よ」
バニー姿の女性がこれまでで一番色気を感じさせる笑みを浮かべた。




