10 なくても困らないかもしれないけれど、あった方がいいものもある
服とブーツを手に入れてから数日が経った。今のところ問題はない。懸念だったブーツも、今のところは足に痒みもなく正常だ。熱で滅菌した上に浄化したのが良かったのかもしれない。実は関係ないかもしれないけれど。でも、気持ちの問題は解決するのだから、これでいいのだ。
……まあ、それとは別に問題があるにはある。それは、黒ズボンの裾を折ったことではない。胴回りが少しゆったりだったことだ。普通だと腰履きになってしまうので、動きに制限が入ってしまう。でも、それは植物の蔓をベルト代わりにしたことで問題なくなったので、それとも違う問題だ。
それは人によるが………………黒ズボンの胴回りに余裕があって、下着がないということで、俺の俺の収まりが悪い。正直になろう。こう、動く度にポジションが変わって、気になって仕方ない! 切実に下着が欲しい! 男性用下着が! ボクサータイプがいい! トランクスでも! ブリーフは……この際それでもいい! ……まあ、下着はあるにはある! 女性用下着だけど! 正直、何度か履こうかと思った! でも、それは超えてはならない一線なのだ! だから我慢した! 耐えた! 何よりアレでは収まらないのだ! 色々はみ出してしまう! だから無理!
下着でこんなに悩まされる日がくるとは……。
まあ、ないものは仕方ない。今はできるだけ気にしないようにしよう。それに、黒シャツに黒ズボンを着ているので、見た目で実はノーパンであるとはバレない。今はそれで十分である。欲張り過ぎは良くない。
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あと、この数日の内に、魔法で生み出した水以外を初めて口にした。別に空腹が我慢の限界で、とかではない。実際、なんというか、こう……別にまだ食べなくても全然いいんだけどね、という感じで空腹感は感じていなかったのだが、それはそれでおかしいと思い、一応、念のために食事を取ったのだ。口にしたのは、以前見かけたあの推定春キャベツ。食べられるものであるかを確認するのは大事なので、口にしてみたのだ。生産者が現れたら働いて返します、と思いながら虫の類が付いていないのを確認した一個を確保して、水球に放り込んで念入りに水洗いしてから、魔法の火で軽く焼き目が付くまで焼いて食べた。
結果。推定ではなかった。春キャベツそのまま。普通のキャベツより水分量が多く、葉の触感と芯が柔らかだったので間違いない。しかも、味は予想以上だった。記憶の中にある春キャベツよりも全体的に質が高かった気がする。鮮度の問題だろうか? う~む……それだけではない気がする。でも、そう思う理由がわからん。でも、美味しいからそれでいいや。体に異変もないし、食用と判断して問題なさそうだ。
ただ、数日何も食べていなかったので、一気に丸々一個食べる、なんてことはしなかった。そもそも、キャベツ丸々一個をその日の内に食べることは早々ない、と思う。精々スーパーで半分のを買って、それを更に半分を千切りにしてマヨネーズをかけるくらいだ。マヨネーズ欲しい。いや、そうではなく。いや、欲しいのは欲しいが。ともかく、数日何も食べていなかったので、胃が弱っている可能性を考慮して、食べたのはほんの少しだけにしておいた。
しかし、現金なもので、これまで食べなくても平気な感じで、それは今もそうなのだが、それでも食の楽しみというのを思い出すには十分である。野菜だけではなく、米やパン、肉も食べたくなってしまった。肉はまあ、推定魔物を倒せばどうにか確保できると思うのだが、米やパンは稲や麦がない限りは……う~む。
いっそのこと、動ける内に森を出るか? とも考えた。
服を手に入れたし、これで人に会ったとしても露出魔扱いされる心配はない。
………………。
………………。
でもなあ、問題はそれだけではないのだ。森を出ることに対して一番の問題なのは、ここが森のどの辺りに位置しているのか、それがわからないことである。何しろ、俺は森に入った訳ではなく、森に居たのだ。始まりがここ。スタート地点である。つまり、どの方向に行けばいいかもわからない上に、どの程度で森から出られるかもわからない。森の奥深く、だとは思う。それも勘。それだけしかわからない。
なので、今森を出るために移動を始めるのは危険だと思う。推定魔物も居るし。だから、今は森を踏破できると思えるだけの力を身に付けるのに注力した方がいいと思う。幸いにして大きな湖の周囲は推定魔物が出てこないようだし――それも定かではないが――まずは拠点とした場所の周囲を調べつつ、推定魔物と積極的に交戦して力を付けていくことにした。今は何より肉が欲しい、というのもある。あとマヨネーズに塩胡椒……さすがに高望みし過ぎか。悩ましい。それに、近くには謎の春キャベツの畑があるのだから、その管理をしている者が現れる可能性だって十分にあるのだ。
そういう諸々を考えて、いざという時は、方向を定めて進みつつ、危なくなったら転移で戻るという手段も取れるので、今暫くはここに残って食料や道具なんかの確保を目指すことにした。
ただ、そういう諸々よりも直近で行動しなければいけないことがある。少しだとしても食べたのだ。食物繊維も豊富。
……トイレ、どこ?