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Remnant:ザイロス  作者: ミラ=ユノ
第1章: ノア
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第7話:ANGELUS Activation

ザイロス北東部。《ヴァルツァ機関都市》。

鉄と排気で満ちたこの街は、機構信仰に染まった狂信者たちの巣だった。


「ここが……ヴァルネ・テクトニカの中枢か」


ノアはバイザー越しに、巨大な冷却塔群と歪な配線で組まれた塔を見上げた。

その頂には、黒く輝く《信号柱》と呼ばれるアンテナがあり、周囲には常時ドローンが旋回していた。


「中枢データバンクはあの塔の地下。セキュリティは強固だけど……」

ミラが呟いた声には、わずかな緊張が滲んでいた。


「外縁の制御ターミナルを掌握できれば、ネットワークを遮断できる」

アシュの声がイヤーピースに入る。


《予定通り、俺たちは都市外縁から侵入して、無人ドローンの制御網をダウンさせる。ノア、ミラ。中枢への潜入はそっちにかかってる》


「了解。気をつけて」

ノアは短く返し、ミラと視線を交わすと、暗渠へと身を滑らせた。


──


二人は地下導管の隙間を這うようにして進む。管内は高圧蒸気と機械潤滑油の匂いが充満していた。

金属の軋みと蒸気の唸りが鳴り続ける中、ミラが前方を指差した。


「ここから先、赤外線グリッドが密に張られてる。ノイズジャマーで干渉はできるけど……長くはもたないわ」


「使うタイミングは一度だけだな。通過ルートを計算して、最短で抜けよう」


ミラが即席のホログラムを展開し、ノアがそれに目を通す。


「……ここだ。蒸気排出弁が一瞬止まるこのタイミングなら、グリッドの切れ目を抜けられる」


ノアが手信号を送り、二人は同時に走り出す。


シュッ──蒸気音と同時に熱波が横をすり抜けた。


ジャマーが起動する。レーザーグリッドが一瞬だけ歪み、そして回復。


直後、二人は転がり込むように隣接区画へと逃げ込んだ。


「……セーフ。だが次の層は動体感知付きだ。完全にノイズジャマーでは突破できない」

ノアが息をつきながら、壁面の配電ユニットに手を伸ばす。


「感知器の一部だけをダミー信号で誤作動させる……動くのは3秒だけだ、タイミング合わせろ」


「了解。カウントして」

ミラの指が軽く震える。だが目に宿る光は、決意に満ちていた。


「3、2、1──今だ!」


二人はほぼ同時に身を躍らせるようにして駆け抜け、重力低減ブーツで床を滑るように着地した。


その先に見えたのは、厚い装甲扉に囲まれた巨大なデータサーバー《コア・ノード》。


「ついた……!ここが、目的地よ」


──


ノアはアクセス端末に接続し、デコーダーを展開する。


「“プロトコル・エクリプス”、アクセス認証中。ID一致──断片データ抽出開始」


冷たい音声が流れ、画面に次々とコードが展開される。だが、プロンプトは異常に遅い。


「……この遅さ、ただのデータサイズじゃない……何か仕掛けられてる」


「まさか、ヴァルネの信者がウイルス仕掛けてるとか……?」


その言葉の直後、制御端末が一瞬ブラックアウトした。ノアの額に汗が浮かぶ。


「ちっ……強制復旧かける。時間稼いでくれ!」


「了解!」


ミラは即座に警備システムのセンサーポートを遮蔽フィルムで覆い、物理的な干渉を開始。

端末の警告が幾重にも鳴り響き、ノアの目に一つのファイルが表示される。


《Project A.N.G.E.L.U.S》

“Artificial Neuro-Genesis Elimination & Logic Unification System”


──神経構造を基盤とした実行型選別兵器。

そのコード構成は人類の遺伝的/神経的特性を評価し、統一可能なロジックに合致しない存在を「淘汰」する。


「こいつが……“エクリプス”が持つ真の姿……!」


ノアは躊躇なくディスクへデータを書き込み始めた。


だが、その瞬間。


《ALERT──外部通信波形検知。セキュリティ復旧作動中》


「しまった、制御層の遮断が破られた!」


「ドローンが来る!」


ミラが叫び、すぐさま二人は後退行動に移る。


警報が都市中枢に轟き渡り、信者たちが「神罰の発動だ!」と叫びながら武装していく。


「アシュ、迎えを──」

《制御層を一時ロックした!今のうちに、中央通路へ!》


ノアとミラは赤く点滅する警告灯の下、跳ね上がるパイプと機械の迷路を駆け抜ける。


一度、ミラの肩にレーザースパークが掠めた。


「くそっ、平気か!」


「問題ない……走れ!」


重装ドローンが突入口から姿を現し、誘導弾を発射する。


ノアは反射的にEMPグレネードを投擲し、電子装備を一時停止させる。


その隙に二人は排気ダクトを潜り抜け、脱出通路に滑り込んだ。


追撃は直後に到達したが、制御層を制圧していたクリスの手で通路ごと封鎖された。


《よし……ドローン止まった。こっちは脱出完了だ》


ノアとミラも、息を切らしながらヴァルツァ機関都市を後にした──


ヴァルツァ機関都市を脱出したノアとミラは、ライブラ・ヘイヴンが用意した合流拠点──廃棄された輸送倉庫の地下室へ戻っていた。


周囲を監視するクリスの合図に従い、重いシャッターが音を立てて降りる。ようやく安全を確保した空間で、ミラは疲れた体を壁にもたせかけた。


「……ふぅ、あれは……ギリギリだったね」


「もう少し遅れてたら、確実に囲まれてたな」


ノアが額の汗を拭いながら答え、無造作に床へ腰を下ろした。機構信者たちの狂信的な叫びが今も耳の奥に残っている。


「外縁の制御ターミナルは、俺たちが落とした。けど……ネットワークの復旧が異様に早かった。おそらく、ヴァルネの中枢には外部とは独立した“予備回路”が存在する」


アシュが腕を組みながら言った。その表情には怒りにも似た苛立ちが滲んでいる。


「……でも、欠片のデータは無事だった。それだけで、今回は十分」


ミラがそう言って、小型の携行端末をノアに渡した。そこには先ほど転送したばかりのデータの断片が記録されている。


ノアは無言でそれを受け取ると、スクリーンに浮かぶファイル名に目を細めた。


──《Project A.N.G.E.L.U.S》


「“アンゲルス”……これが、プロトコル・エクリプスの中核──実行兵器の名、か」


ミラがそっと隣に腰を下ろす。


「これ……ただの破壊兵器じゃない。選別アルゴリズムと“神経コード構成式”が統合されてる。つまりこれは、“意識の領域”に作用するタイプの兵器よ」


ノアが苦々しげに言った。


「それってつまり、思考や信念の“違い”を感知して、人間を排除するってことか……?」


アシュが低く問う。


「そう。思想も遺伝子も、すべて“統一されたもの”だけを生かす。その他は、“矛盾”として排除される」


クリスが唸るように呻いた。


「どこまでも神のふりをした、人間の作った“刃”ってわけか……」


──沈黙が、空気を支配する。


だが、次にミラが開いた言葉は、空気を変えるものだった。


「……で、次はどこに行く?」


ノアがディスクの解析を再び開始し、次の欠片の存在を示す座標を割り出した。


「……ここだ。《ハードギア社》」


ノアがホロマップに投影された赤いピンを指差す。そこは、ザイロス東部、都市湾岸工業区の地下構造に位置していた。


ミラが説明を引き継ぐ。


「《ハードギア社》は、表向きは民間の工業企業。でも実態は、USI直属の兵器開発機関よ。レッドクイン・インダストリが崩壊した今、エクリプスの“欠片”を最も多く保有しているのは、ここだと見て間違いない」


ノアの表情が引き締まる。


「つまり……実行兵器アンゲルスを完成させるための中核データが、この地下に眠っているってことだな」


静かに、だが深く呼吸するようにして──アシュが口を開いた。


「……まだ、俺たちが《ライブラ・ヘイヴン》として動き出して間もない頃だった」


ミラがはっと顔を上げ、アシュを見つめる。


「アシュ……」


「その頃、ハードギア社は《ヴァルネ・テクトニカ》と組んで、俺たちの拠点を襲撃してきた。無警告で、ためらいもなく……殺しにきた」


一拍、空気が重くなる。


「その襲撃で……俺の妹が、殺された」


アシュの声は抑えていたが、その奥底には燃えるような怒りと、今なお癒えぬ悲しみが潜んでいた。


「俺は、間に合わなかった。ただそれだけだ。でも、それだけで、すべてを失った。……だから、ミラ。お前がこうして生きてて、本当に……良かった」


ミラは静かに視線を落とし、少しだけ困ったように笑った。


「……ありがとう。でも私は……もう、誰かの代わりにはなれないよ」


「わかってるさ」


アシュはふっと、初めて少し柔らかく笑った。


「ただ、お前の笑い方が、妹にちょっと似てただけだ」


ミラは、そっと手を伸ばしてアシュの手に触れた。


「……それなら、少しだけでも、私たちを、守って欲しい。妹の代わりに…」


「……ああ」


アシュは静かに頷いた後、鋭い声で言った。


「だからこそ、ハードギア社は……放っておけない。ここで終わらせる。妹の分もな」


クリスが椅子から立ち上がり、ギシリと床を鳴らした。


「了解。あそこは“電磁兵装”の巣だったな。ドローンや義体兵も多い。覚悟して行くしかねぇ」


アンナがくるりと回転しながら腰のツールベルトを調整する。


「またドンパチの時間ね!やった!」


その勢いに苦笑を浮かべつつ、ノアは一度だけ深呼吸し、皆を見渡した。


「行こう。《プロトコル・エクリプス》を完成させるために……そして、“誰にも選ばれない未来”を、この手で掴むために」


その言葉に、全員の視線が静かに交錯する。


そして、誰ともなく──小さく、しかし力強く頷いた。


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