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Remnant:ザイロス  作者: ミラ=ユノ
第1章: ノア
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第6話:Fragments of Eclipse

ナディム・シェイル暗殺から、まだ数日しか経っていなかった。


だが、ザイロスの空気は明らかに変質していた。

第6街区では、武装ドローンによる拠点爆撃が相次ぎ、第9街区では傭兵たちが市街地で銃火を交えていた。

EIUと癒着していたカンパニーが、一斉に保護を失い、牙を剥き合っているのだ。


「“ディオラマ・サーペント”が《レッドクイン・インダストリ》の通信網をジャックしたってさ。今ザイロス西部は完全な無法地帯よ」


ミラは簡易コンソールを操作しながら呟いた。

その瞳は、いつもの無邪気さを残しつつも、どこか冷めた光を湛えている。


ノアは曇天の下に立ち上る黒煙を見つめながら、静かに言った。


「ナディムを潰した余波ってわけか。あの男が守ってた均衡が……崩れた」


ふたりは今、フォゴットン・グリッド──廃電子地帯の中央部にいた。

再び、“彼女”の元を訪れるために。


かつての都市中枢が廃墟と化したこの地で、ただひとり、白銀の女は静かに立っていた。


「おかえりなさい、ノア」


リア・チェンバース──

現在のEIU行政総代表にして、選ばれし情報特権階級の頂点。

その声は、機械のように冷たく、透明だった。


彼女はディスクを差し出した。


「約束通り、《プロトコル・エクリプス》──USIが極秘裏に開発していた“対人類選別型終末兵器”の全データが入っているはずの媒体よ」


ノアはそれを受け取るなり、専用端末に差し込む。


……しかし。


「……空っぽじゃないか、これ」


リアルタイム解析結果に表示されたのは、完全なブランク。

中身は何もない。


「リア。これは……どういうつもりだ?」


ミラも鋭い声を上げる。


だがリアは、わずかに唇を歪めて言った。


「それは“空白”として設計されたディスクよ。あなたたちが、これから“完成”させるための器」


「ふざけるな!俺たちを利用して──ナディムを殺させて、その結果がこれか!」


ノアが叫ぶ。しかしリアは首を横に振る。


「違うわ。これは“報酬”ではなく、あくまで“選択の提示”。

あなたたちが手に入れるべき情報、それを構築する“機会”を渡しているのよ。

手に入れるべき情報、それらを全て手にした時、それこそ“真の報酬”となるわけよ」


彼女の言葉は氷のようだった。


「今、ザイロスでは複数のカンパニーが《プロトコル・エクリプス》の情報断片──“欠片”を奪い合っている。

その断片を持つ者たちは、“欠片持ち”と呼ばれ、あなたもそのひとり」


「……欠片持ち?」


ノアの記憶がかすかに揺れた。

目覚めたばかりの頃、確かに自分を追っていた者たちは、そう呼んでいた。


「欠片は、それぞれ異なる性質を持ち、合成されることで“兵器情報”の完成形に近づいていく。

ザイロスのカンパニーはその情報を集め、あるいは隠し、破壊兵器としての商品価値を高めている。

あなたたちは、それを回収し、情報として“書き込む”存在」


リアが指を弾くと、周囲の空間にザイロス中の衛星情報が立体投影された。

ザイロス各区に散らばる企業勢力。その抗争中に移動するデータストリーム。その中に、あるパケットが点滅していた。


《CODE-SHADOW・観測区画B3──通称:ラグナロク・ハイブ》


それは《レッドクイン・インダストリ》の本拠地のコードネームだった。


「そこには、選別兵器のコア機構に関する“欠片”が保管されている。……プロトコル・エクリプスの“心臓部”とも呼ばれる部分よ」


ノアは静かに息を吐いた。


「行けば、死ぬかもしれないな」


「ええ。けれど、そこにこそ──“答え”があるわ」


──翌日。


ノアとミラは、ザイロス西部に広がる丘の上に立っていた。


眼下には、かつて政府直轄の秘密施設だったものの廃墟が広がっていた。

現在は、カンパニー《レッドクイン・インダストリ》のラグナロク・ハイブとして転用されている。


「ドローンが密集してる。空からは無理。南側の通気口……使えるかも」


ミラがスキャナーを覗き込みながら言った。


「潜入ルートは任せる。俺は“中枢”まで辿り着いて、データを回収する」


ミラは頷いた。


「プランBね。分散浸入。合流地点は第7サーバールーム」


──任務は開始された。


ノアはレッドクイン・インダストリの中枢施設ラグナロク・ハイブ南側の排熱口から、滑り込むようにして内部へと侵入した。


施設は長年にわたり使い込まれた痕跡を残しており、赤錆にまみれた通路と、所々でブラックアウトした制御パネルが廃墟然とした空気を醸し出している。だが、その静けさは欺瞞だった。稼働を続ける監視ドローンの光が、断続的に闇を照らしては、潜む危険を予感させた。


「静音モード、起動……」


ノアは呟き、重力低減ブーツを起動。

足音を殺し、レーザーセンサーの網をクローク機能でかいくぐりながら、施設の奥深くへと進んでいった。


数分後、彼はようやく目的の部屋に辿り着く。


「……見つけた。主制御端末、《アーカイブ・ノード》」


リアが示した“欠片”──プロトコル・エクリプスの構造を解析するための中核データ、それがこのノードに収められているはずだった。


ノアは躊躇なく、専用の接続ジャックを端末に差し込み、デコーダーを展開。

電源が安定するまでの数秒が、やけに長く感じられる。


しかし、その静寂は突然破られる。


《アクセス検知。セキュリティシステム再起動。侵入プロトコル発動》


「ちっ、見つかったか……!」


ノアは低く呻いた。


直後、イヤーピースからミラの声が飛び込んでくる。


《ノア、警告!施設内で複数の熱源が急接近中!ディオラマ・サーペントの武装部隊よ。抗争の余波でハイブの外壁が破壊されたみたい!》


「くそ……間が悪い」


彼は目の前の端末を睨み、キーボードを高速で操作した。


「だがもう後戻りはできない。あと30秒……このデータだけは、必ず持ち帰る」


《了解。こっちは出口を確保する。早く終わらせて》


遮蔽弾を発射したミラが、施設外周の監視網を乱す。

その間にノアは端末から表示されるファイル群を解読していく。


──そして、ひとつのログが解凍された。


《選別コード:E.C.R-21/遺伝的適応率判別式/自動差別フィルタ》


その設計思想は狂気の産物だった。


遺伝的特性によって「人類」をカテゴライズし、特定条件を満たす個体のみを“淘汰”する。致死性ウイルスの起動条件を組み込んだ選別型兵器。それは、プロトコル・エクリプスの“核”──人間そのものに「生存可否」を問う装置。


「……まさか、これが……」


その瞬間、ノアの脳裏に一瞬、リアの言葉が蘇る。


──「あなた自身も“欠片持ち”よ」


自分の体にも、既に何らかの判定フラグが書き込まれているかもしれない──その思考を振り払うように、ノアは全データをディスクにコピーした。


だが次の瞬間だった。


──ドオォォォン!


轟音とともに、施設の外壁が吹き飛んだ。


ノアはとっさに振り返る。


破壊された隔壁から突入してきたのは、黒い装甲に身を包んだサーペント部隊。重武装の兵士たちが、こちらを見据えて銃口を向けていた。


(サーペントがこのタイミングで……!いや、レッドクインとの抗争の最中だからこそ、あえてこの本拠地に攻め込んだのか)


偶発的に交差してしまった──それがノアの実感だった。


「…っ、ここまでか……」


彼は懐のディスクを押さえながら後退するが、敵の数は圧倒的だった。


《ノア!?応答して!》


ミラの声が、イヤーピース越しに響く。


だが返答する間もなく、敵の一人が放ったスタン弾が足元に炸裂。

爆音とともに視界が反転し、次の瞬間、ノアの後頭部に鋭い痛みが走った。


「……くっ……ミラ……」


言葉を最後まで紡ぐことはできなかった。

ノアの意識は、闇の中に沈んでいった。


──


「…………ア……

…………ノア……

………………ノア……!」


鋭く響いた声が、暗闇の中から引き上げるようにノアの意識を揺さぶった。


「ノア!!」


次の瞬間、ノアは荒く息をつきながら跳ね起きた。

額に冷たい汗。頭の奥に残る鈍い痛み。見上げた天井は、配管が剥き出しのコンクリート製。空気は重く湿り、カビと鉄のにおいが鼻を突いた。


「……ここは……どこだ?」


「大丈夫、ノア。意識戻ってよかった……ほんと、心臓止まるかと思った」


ミラの安堵した声がすぐ傍から聞こえた。彼女は膝をついて、じっとノアの顔を見つめている。


「君を助けてくれたのは、反カンパニー軍《ライブラ•ヘイヴン》の仲間たちよ。サーペントに捕まる寸前だったの、あと数秒遅かったら……」


その時、数メートル先から少年の声がした。


「お、目が覚めたんだな。よかった」


振り返ると、灰色の乱れた髪に蒼い瞳を持つ青年が、こちらを見て微笑んでいた。

その目はどこか静かで、曇りを感じた。


「俺はアシュ。ライブラ・ヘイヴンの現地斥候部隊所属。よろしくな、ノア」


「クリス。戦闘班所属……まあ、よろしく」


スキンヘッドの男が短く言う。

無骨な印象のその身体には、明らかに実戦の痕と分かる古傷が刻まれていた。


「アンナだよーっ!一応、工作班リーダー!……って言っても、爆薬とお菓子づくりしかできないけどね!」


小柄な少女が、元気よく片手を挙げる。背丈も態度もあどけないが、その腰には重火器がぶら下がっていた。


ノアが状況を飲み込もうと口を開くより早く、ミラがその場で立ち上がり、ふいにアシュに近寄った。そして、彼の胸に腕を回す。


「アシュ……生きてたんだ、本当に……!」


その声は震えていた。


「ミラ……お前、こんなに柔らかい奴だったか?」


アシュは少し驚いたように眉を上げた。


「う、うん……昔はちょっと無理してたから」


頬を赤らめて視線を逸らすミラ。その姿に、ライブラの三人は顔を見合わせ、思わず吹き出した。


「マジで変わったな、お前」

「前はもっとトゲトゲしてたろ、ミラ」

「ね、ユノ中尉って呼ばれてたよね。鬼軍曹って感じだったのに~」


ノアは思わず訊ねた。


「……ユノ?」


ミラは苦笑しながら頷いた。


「それが私の“本名”。ミラは昔、ライブラ・ヘイヴンで使ってたコードネームよ。

カンパニーとの抗争で部隊が崩壊して……みんな死んだと思ってた。逃げて、名前も捨てて、忘れたふりして……でも、本当はずっと、ここに戻りたかったんだと思う」


言葉を選ぶように、ミラは静かに続けた。


「……それでも私、生き延びちゃった。だから、もう少しだけ、自分に優しくしてもいいと思って」


そんな彼女の言葉に、クリスがぼそっと呟いた。


「変わったっていうか……やっと人間らしくなったんだな。お前も」


ノアはそのやりとりを見つめながら、ずっと胸の奥にあった疑問をそっと口にした。


「……ねぇ、ミラ。最初に出会ったとき、君は“世界を壊す何か”を探してるって言ってたよね。あれってUSIの”対人類選別型終末兵器”のことなの?」


ミラの動きが、ぴたりと止まった。


「え……?」


一瞬、空気が凍る。


「”世界を壊す何か”?……それは……なんのこと……?」


ミラの表情が、ゆっくりと変わっていく。

視線は泳ぎ、手は震え、肩がわなわなと揺れ始める。


「わからない……わからない……

わからないわからないわからないわからない!!!」


叫び声とともに、ミラは両手で頭を抱え込んだ。


「ああああああああああああああ!!!!!」


部屋に響く異様な叫び。ミラの様子は尋常ではなかった。

アシュが立ち上がろうとしたその瞬間、ノアがそっとミラを抱きしめた。


「ごめん。無理に聞いた俺が悪かった。ミラは……ミラのままでいていいんだ」


ミラはしばらくの間、ノアの胸の中で震えていた。

やがて、少しずつ落ち着きを取り戻し、彼の体に腕を回し返す。


「……ありがとう、ノア……」


彼女はまるで、守られる子猫のようにそっと彼に寄り添った。


それを見ていたアンナがぽつりと呟く。


「ほんと、変わったねぇ……」


クリスは、目を細めて頷いていた。


──かつての“ユノ中尉”は、もうどこにもいない。

目の前にいるのは、名を捨て、過去を捨て、それでも誰かと繋がろうとする“ミラ”という少女だ。


ノアがミラを静かに抱きとめたままの時間が、しばらく続いた。

やがてミラはようやく気持ちを整え、深く息を吐いてからノアの腕の中からそっと身を離した。


「……大丈夫。もう平気」


「無理するな」


ノアの静かな声に、ミラはわずかに笑って頷いた。


部屋の空気が落ち着いたところで、アシュが壁の端末を操作しながら言った。 


ノアの手元に転送されたデータ群をスクリーンに展開しながら、アシュが静かに言葉を繋ぐ。


「この断片は、おそらく“プロトコル・エクリプス”における兵器構成の一部。構造的には“中枢制御AI”と、それを制御する神経模倣型インターフェースに関する設計記録みたいだ」


「つまり……選別後の“実行”を担う、何かがあるってことか」


クリスが低くうなり、ミラも顔を強張らせる。


「名前までは記されていないけど……この技術、規模と用途から見て、単なる防衛装置じゃない。これは明らかに“殲滅用”だわ」


「“選んだ後”に、何をするつもりなんだよ……USIは」


ノアが吐き捨てるように呟く。


だが、この時点で明確な兵器名や運用目的は伏せられていた。

ディスクに記されたコードは、ただの一行。


 ──「Module-0 / Execution Protocol:Classified」──


「……次の断片がどこにあるか。手がかりは?」


アンナが手元のマップを展開しながら答えた。


「ザイロス北東部、《ヴァルツァ機関都市》。そこに拠点を持つカンパニー《ヴァルネ・テクトニカ》が、エクリプスの“神経コード構成式”を有してる可能性が高いわ」


「ヴァルネ・テクトニカ……あそこ、技術開発カルトの連中だろ。相当ヤバいぞ?」


アシュが苦々しく口を挟む。


ノアは頷き、立ち上がった。


「だが行くしかない。断片を集めなきゃ、エクリプスの全貌も──その意味も見えやしない」


彼の言葉に、全員が静かに頷いた。


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