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Remnant:ザイロス  作者: ミラ=ユノ
第1章: ノア
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第5話: Echoes Between Neon

ザイロス第3層、富裕層エリア《スカイグロウ・ブロック》。


人工太陽灯に照らされるその街並みは、貧困と死が支配するノアたちの住む街とはまるで別の惑星のようだった。整然とそびえる摩天楼、空中を浮遊するホログラム広告、光の粒が香水のように舞う舗装された遊歩道。都市機能のすべてが演出されているとさえ感じる光景だった。


ノアとミラは、その中心にいた。


「すごいね、ここ……。同じザイロスとは思えない」


ミラが光の粒に指先を差し出し、そっと触る。まるで、それが本物の雪のように儚いものだと信じているかのようだった。


ノアはその隣で、変わらず無表情のまま彼女の横顔を見ていた。


「……生き残った連中が、贅沢にカネを使って囲った理想郷。俺たちみたいな底辺からすれば、夢の外の話だな」


「でも、今は夢の中にいるみたいだよ。ノアと一緒に」


そう言ってミラは振り返り、柔らかく微笑んだ。どこか無防備で、少女のままの顔だった。


───


2人は《メイヴ・ステラ》というクラシックなカフェの前で立ち止まった。外観は旧地球のヨーロッパ調を模したもので、重厚な木製の扉が街の人工的な光から彼らを遮断していた。


「入ってみたいな。ね?」


「カネはあるのか?」


ノアが眉をひそめると、ミラは慣れた手つきで近くを歩く男のポケットから端末をスッと抜き取った。


「ミラ、それ……」


「大丈夫大丈夫。ちょっとだけ借りるだけ」


彼女はノアの手を取り、端末にかざすように促した。ノアは自身の能力からパスワードを導かれるようしてに解いた。


—ブゥン

《起動完了。おはようございます、キール・マダック様。端末:SPECTRA-9。現在の残高は140,000Xy$でございます》


「ね?これで今日は豪遊できるね」


悪びれず笑うミラに、ノアは小さく肩をすくめた。


───


店内は、外の喧騒とは完全に別の世界だった。スチームで温められたコーヒーの香り、落ち着いた間接照明、磨き上げられた木の床板。まるで時が止まったような静謐さがあった。


「ご注文は?」


店員の問いに、ミラが少し緊張しながら注文する。


「ストロベリークリームの紅茶を……それと、ノア?」


「ホットブラック。ミルクも砂糖もいらない」


カップが運ばれ、2人は窓際の席に腰を下ろした。


「……どう?味は」


「……まだ分からない。でも、たぶん……悪くない」


ミラはその言葉を聞いて、ふっと笑った。


「ザイロスの非常食バーとは全然違うでしょ?」


「だいぶな」


しばらく、沈黙が二人の間に落ちた。


「ねぇ、ノア。あのとき言ってたよね。“殺すんじゃない、止めるんだ”って」


「ああ」


「……あれって、ノアの正しさ?」


「正しいかどうかは分からない。ただ……俺は“滅び”を見た。未来に、確かに存在するその影を。

だから俺は、その未来を止めるために、今を変えようとしてる」


ミラはゆっくりと頷いた。


「──私はね、ノア。正しいことなんて分からない。けど、誰かが正しくあろうとするなら、私はその人の隣にいたい」


その言葉は、ノアの心に強く染み入った。


───


彼らはその夜、街を歩いた。


屋台のクレープを2人で分け合い、口の周りをクリームで汚しながら笑った。トッピングの大粒のイチゴをめぐって軽く言い争いになり、最終的には半分ずつという結果に落ち着いた。


ゲームセンターでは、フルダイブ型のシューティングゲームをプレイした。襲い来る宇宙生命体を相手に、ミラは半ば本気で怯えながらもノアと連携し、ハイスコアを記録した。ゲームを終えたあと、ノアはミラの悲鳴を真似てからかい、ミラはふてくされた顔でノアの腕を小突いた。


───


2人は展望フロアに登った。


全面ガラス張りの窓から見えるのは、光で埋め尽くされた夜のスカイグロウだった。まるでこの都市全体が一枚の宝石のように見えた。


「……ノア、写真撮ろう?」


ミラはどこからともなくカメラを取り出した。どうやら、また誰かのポケットから拝借したらしい。


「もう慣れてきたな……」


ミラが笑いながらノアの腕を引き寄せる。2人でカメラに顔を寄せ、自撮りの構図をとろうとした──そのとき。


「やあ、君たち。僕が撮ってあげようか?」


背後から、やけに爽やかな声が響いた。


振り向くと、そこには眼鏡をかけた整った顔立ちの青年が立っていた。白いジャケット、完璧な姿勢、そして何よりどこか人間離れした品の良さ。


「……じゃあ、お願いしようかな」


ミラがカメラを渡すと、青年はにこやかに構えた。


「はい、チーズ」


パシャリ。


出力された写真には、ぎこちなく笑うノアと、満面の笑みのミラ。


「ノアの顔、カッチカチじゃん!」


「ミラのポーズもなんだよそれ、“平和主義者のVサイン”かよ」


「ちがう!これはピース!」


2人が笑い合う中、青年は少しだけ視線を遠くに向けて尋ねた。


「──この街、君たちは好きかい?」


青年は続けてこう言った。


「……ここの連中は、外の現実に目を向けず、毎日を享楽の中で過ごしている。

誰もが過去も未来も知らず、ただ“今”だけを消費して生きている。

ここも、外も、全部ひっくるめて──そんな世界を、君たちは……好きかい?」


不意を突かれたように、ミラは言葉を探した。


「……好き、だよ。この街も、ザイロスも全部。

だからこそ……変えなきゃって思うの」


「俺もだ。守りたいんだ。失いたくないから──滅びゆく未来を、変えたい」


ノアとミラの言葉は決意に満ちなような力強さがあった。


青年はゆっくりと頷いた。


「──ノア、君がザイロスの真実、JPセクター77の真実、そして世界の真実を知った時、再びその決断ができるか楽しみだよ」


そう言って、青年は手を軽く振った。


その身を踵で返すと、展望フロアの奥──スタッフ用の非常階段の扉へと向かい、静かに姿を消した。


ガラスの向こうには、なお煌々と輝くザイロスの摩天楼が広がっていた。

けれど、彼の姿だけは──夜の闇に溶けるように、どこにも見当たらなかった。


───


深夜。

2人は、ひっそりとした公園のベンチに並んで腰掛けていた。


都会の喧騒も、人工太陽の眩しさも届かない、静かな夜の隙間。

木々の影が揺れるたび、ふたりの間にだけ時間が流れているようだった。


「……今日はね、本当に楽しかった。笑ったり、走ったり……忘れてたの。私、こんなふうに生きてたんだってこと」


「……ああ。俺も、同じ気持ちだ。たぶん、お前と一緒だったからだ」


ミラはそっと、ノアの横顔を見つめた。


「……ノア。ちょっとだけ、目を閉じてみて」


言われるがまま、ノアが静かに目を閉じたその瞬間──


ふわり。

空気が震えたかのような、柔らかな感触が頬に触れた。

それは、言葉よりもずっと静かで、あたたかなものだった。


彼女の腕が、優しくノアの体を包み込んでいた。


「……これが、私の“初めて”だったんだよ。誰かを、こうして抱きしめたの」


声が、かすかに震えていた。けれど、それは冷たさではなく、心からの想いがにじんだ震えだった。


ノアは少し驚いたように息を飲み、けれどすぐにその背に、そっと腕を回した。


「……もう少しだけ。こうしてても、いい?」


「……ああ」


2人の影が、月明かりの下で静かに重なっていた。

この一瞬が永遠になればいいと、そう願ってしまうほど──



──その瞬間、静寂を破るように都市放送が鳴り響いた。


《緊急放送──緊急放送──ザイロス第3層、全域に通知します──》


辺りに響く警報と共に、スカイグロウの煌びやかなネオンが、一瞬だけ沈黙するかのように、僅かに揺らいだ。


「……っ、なんだ?」


ノアとミラが顔を上げたその時、広域放送が続けて流れ出す。


《──え、こちら、行政情報管制センター……えー、ただいま入った速報です──》


アナウンサーの声がやや上ずっている。何かを読み違えているのか、言葉を探しているのか。視界のホログラムに浮かんだその顔も、明らかに動揺していた。


《EIU行政総代表……ナディム・シェイル氏が──》


《……意識不明の状態で発見され……》


放送の背景に、騒然とした通信センターのざわめきが入り込んでいる。誰かが怒号を飛ばし、誰かがデータを叩いているような、そんな混乱。


《その後、死亡が確認されました──繰り返します。EIU行政総代表、ナディム・シェイル氏は──死亡が、確認されました──!》


その言葉と共に、街のどこかで誰かが息を呑む音が聞こえた気がした。


ノアの瞳が細められる。ミラの肩が小さく震えた。


そして──


《……代行措置に基づき、統治評議府より緊急決議が行われ……ただいま、正式な後任が──》


沈黙が続く


《……ええ、今確認が取れました。新たに行政総代表に就任した人物は──》


アナウンサーが小さく息を飲んだのが、マイク越しにもはっきりと聞こえた。



空を翔けるホログラム広告の映像が、一斉に切り替わる。




《統治評議府──首席補佐官 兼 高等政策統括官──》





《──リア=チェンバース──》

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