表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Remnant:ザイロス  作者: ミラ=ユノ
第1章: ノア
10/26

第9話:Iron Descent

ゼロベイ最深部、脱出口まであとわずかというそのとき、ノアとミラは瓦礫の隙間から閃光を見た。


「……まだ戦ってる?」


彼らはカプセル群を駆け抜け、再び”棺の間”へと飛び込んだ。そこでは、アシュ、クリス、アンナの三人が、次々に現れるコード・アンゲルスと強化ドローンの群れに包囲され、持ちこたえていた。


「間に合ったな!」


ノアは銃型データインジェクターを起動、跳びかかってくる機械兵の装甲に撃ち込む。内部回路が焼き切れ、コード・アンゲルスの一体が仰向けに倒れた。


「ミラ、右を頼む!」


「了解ッ!」


EMPブレードが煌めき、ミラの動きが敵を切り裂いていく。


しかし、敵は止まらなかった。ハードギア社が誇る最新兵器。倒しても、倒しても、通信網を通じてすぐに別の個体が送り込まれてくる。


「……限界が近いな」


アシュが息を荒くし、ついにその膝を床に落とした。彼の背中で警告灯が点滅し、内部義肢の冷却ユニットが悲鳴のような音を立てていた。


「……そろそろ、退くか……」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、周囲に金属が軋むような音が響き渡った。


バンッ。バンッ──。


連鎖的に閉鎖されていく鋼鉄の扉。

赤い非常灯が点滅し、退路を塞ぐように光の鎖が走る。


「……閉じ込められた……?」


ノアが顔を上げた刹那、天井パネルが機械的な音と共に開いた。


瞬間、青白いホログラムが宙に浮かび上がる。光子の束が再構成され、一人の青年の姿が現れた。


白銀のコートに身を包み、完璧なまでに整った顔。無機質に整えられた黒曜の瞳は、生身の温度を一切感じさせなかった。

そして、その唇がゆっくりと、機械じみた曲線で笑みを刻んだ。


「君たちを、見定めさせてもらうよ」


声は静かだった。だが、その抑揚のない調子には、理性の裏に潜む何か冷たい“意図”がにじんでいた。


ノアの表情が凍りついた。


──あの男。スカイグロウ・ブロックの展望台で、写真を撮ってくれたただの青年のはずが……。


「……お前は……!」


ホログラムの青年が、まるで舞台俳優のように軽やかに一歩、前へと足を出す。ホログラムであるにもかかわらず、その動きには異常なまでの重みと実存感があった。


「僕の名前は、イーサン=ヴァレンティン。USIの総統──そして、《A.N.G.E.L.U.S》、《人類選別兵器計画》の創造者」


声が場内のマイクネットを通じて響いた瞬間、すべての空気が凍りついた。


「ようやくここまで辿り着いたね。君たちは確かに力を持っている。それは否定しない。だが──その力が、“未来を導くに足る意思”かどうかは、まだ確証が持てない」


ホログラムのイーサンは、まるで儀式の合図のように右手を上げ、指を鳴らした。


キンッ。


その音と同時に、天井の装甲が裂け、内部に仕込まれていた兵器群が降下を開始した。コード・アンゲルス。量産型ドローン。

そして、無機質な関節音を鳴らして降りてくる、新型の四脚戦術機兵。


それは軍事工学の悪夢が具現化したような光景だった。殺意が数値化され、プログラムに変換され、精密に投下されてくる。


「──試験を開始しよう。君たちの“選別に値する意思”を、確かめさせてもらう」


ホログラムは微動だにせず、ただその場で、ゆっくりと目を細める。


その表情には、期待でも怒りでもなく──

“確率の検証を見守る科学者”のような、冷酷な観察者の視線だけが宿っていた。


次の瞬間、前線が崩れた。


クリスの盾が過熱により分子単位で断裂し、装備が閃光とともに崩壊する。

アンナが背後から襲いかかったドローンの鋭利な腕に肩を裂かれ、悲鳴を上げた。


「くっ……どこまで……来るのよ……っ!」


ミラの剣の動きにも、明らかに鈍さが見えていた。

EMPブレードは閃光を放ち続けているが、起動時間は既に警戒域を超えている。


ノアもまた、肩口から流れる血を振り払うように銃を構え続けていた。

センサーは錯乱し、狙撃支援アルゴリズムが何度も再起動を繰り返す。

足取りは重く、思考はノイズまみれだった。


それでも──彼らは、戦場に立ち続ける。


だが、上空にただ浮かぶ“観測者”のようなイーサンのホログラムは、まるで別世界の存在のように、それを静かに見下ろしていた。


──これは、意思の選別だ。


そして、その“意思”に値しないものは、容赦なく排除される。


それが、USIの理想。人類選別兵器計画の本質。


そして、イーサン=ヴァレンティンという男が持つ、絶望的なまでの“確信”だった。


──


爆発音、火線、悲鳴。


金属の焼け焦げた臭いが鼻を刺し、視界は硝煙と塵で曇っていた。


「……もう、どれだけやった……?」


ミラの呼吸が乱れ、髪に焼けた鉄片が絡まっている。EMPブレードの光が弱々しく明滅していた。何体目のコード・アンゲルスを斬ったのか、もはや記憶にない。切っても、壊しても、間断なく再起動した個体が次の波として押し寄せてくる。


ノアもまた、腕から油と血を混ぜたような液を垂らしながら、背中の壁に体重を預けるようにして銃を構えた。データインジェクターの回路は熱を持ちすぎて、握るたびに火傷しそうだった。


「四時間以上は経ってる……ここだけで」


アシュが低く呟いた。声はかすれ、喉から出ているのがやっとだった。バッテリーセルを使い切ったライフルが床に転がっている。既に五丁は潰した。今、彼の手にあるのは敵から奪った強化型パルスガン。だが、それも発射ごとに筐体が軋んでいた。


「……マニューバパターン、同じのが増えてきてる。AIの再計算時間に限界が見えてきたかもな……」


クリスが咳き込みながら報告した。彼の左の前腕は焼けただれ、装甲義肢の内部機構が露出していた。盾はすでに熔断し、腰に括り付けたドローン端末で応急対応を続けている。


「予備電源も底よ……制御ターミナルがハッキングされてる以上、支援はもう──」


「──ッ来るッ!」


アンナの叫びと同時に、天井からまた一体、四脚機兵が降下してきた。甲高い警告音と共に、白熱するレーザーラインが床を抉る。


ノアはとっさにミラを引き寄せ、柱の陰に身を隠した。壁が爆ぜ、振動で床がひび割れる。


「ッ……くそっ……! こんなの、何波目だよ……!」


「正確なカウントは──もう無意味だな」


アシュが呻く。彼の背中に溶接されたように貼りついた医療用バイオパッチから、煙があがっていた。


「体内インプラントが……オーバーヒートしてきてる……」


「ノア……もう、私たち、限界──」


ミラの手が震えていた。血と汗に濡れたその指先は、剣を握るたびに軋むような音を立てている。


ノアは、どこか遠くを見つめるような目で、なお銃を構え続けた。光学照準のインジケーターは、すでに正確な捕捉を諦めていた。ドローンの熱源が増えすぎ、センサーの処理が追いつかなくなっている。


「でも……まだ、倒れられねぇだろ……」


「ッ……!」


「俺たちは、あのホログラム野郎に“見定められてる”最中だ……だったら、最後まで……立ってなきゃなんねぇんだよ!」


その声に、ミラも、アシュも、クリスも、アンナも、最後の気力をかき集めるように顔を上げた。


──世界が壊れていく音がする。


けれど、まだ踏みとどまっている。まだ、折れていない。


しかし、その綱は、もはや一本の髪の毛ほどの細さだった。


──その瞬間だった。


施設南側の分厚い壁が、爆風と共に内側から爆ぜ飛んだ。鋼鉄が折れ、コンクリートが粉砕され、煙と熱風が戦場をかき乱す。


一瞬、敵味方の動きが止まった。誰もが、次に現れる脅威に身構えた。


だが──そこから現れたのは、漆黒の戦術装甲に身を包んだ部隊だった。反射する機械光の中で、彼らの装甲はどこか無骨で、しかし確実に鍛え抜かれた強者の歩みを刻んでいた。


その先頭──黒髪をなびかせ、真紅のスコープアイを備えた仮面を額に上げた女性が、わずかに顎を引く。


「ライブラ・ヘイヴン。元最高指揮官、レイヴン・カーライルだ」


その声は凍てつくように冷たく、それでいて信頼という名の温度を孕んでいた。


「……!」


ノアの瞳が見開く。

ミラも、息を呑んで言葉を失った。


その姿は──まさに“戦場そのもの”だった。


状況を読み、死線を超え、指揮し、突破する者。

戦術が人の形を取ったなら、それは間違いなくこの女だ。


「援護に入る! 全部隊、EX-REAPERフォーメーション──敵包囲網を撃ち砕け!」


レイヴンの一声が戦場に走ると同時に、彼女に従う兵たちが迷いなく突入した。無駄な動きの一切ない連携。パルス弾が精密に敵の急所を撃ち抜き、コード・アンゲルスたちの編成を一瞬で崩壊させる。


──それは圧倒的だった。

あれほど絶望的だった戦場が、まるで切り裂かれるように風向きを変えていく。


背後から響いた機械音の乱れに、ノアははっと息を呑んだ。

崩れかけていた仲間たちの視線にも、わずかながら光が戻っていく。


「……生きてる……まだ、生きられる……!」


その言葉は誰のものでもなかったが、戦場のすべてが、それに応えていた。


そして──その中央、浮かび続けていたホログラムのイーサンが、どこか興味深げに口元を吊り上げた。


「なるほど……これは想定外だな。やはり、“答え”は一つじゃないらしい」


彼の姿は、淡い光となって空間に散っていく。


──戦場に、静寂が戻る。


ミラは崩れかけた膝をようやく支え、ゆっくりとレイヴンに近づいた。


「どうして……あなたがここに?」


レイヴンはその問いに、あくまで淡々と答えた。


「お前たちがハードギア社に向かっていると聞いた。なら──行くしかなかった。私はもう組織に属していない。だが、まだ……守りたいものがある。まだ、戦い続ける理由がある」


その瞳に宿るものは、使命ではない。

怒りでもない。ただ、静かで深い“覚悟”だった。


ノアは拳を握りしめる。


全身が痛む。銃も、神経も限界だ。

だが──その横に、まだ立つ者がいる。


(この力が……この仲間たちがいれば──)


──きっと、抗える。アンゲルスにも、USIにも。

そう、まだ──終わらせないための、道がある。


静かに立ち上がるノアの目に、もはや迷いはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ