魔王を殺す武器を作るため、武器職人は魔王と旅をする
「一緒に旅をしませんか?」
青年は、崩れた瓦礫の山に腰掛ける女性に話しかけた。
女性はぼんやりと空中に視線を漂わせ、青年の緑色の瞳を見つけると、焦点をあわせるようにパチパチと瞬きをした。
青年の言葉がどうやら自分に向けられているらしいと気が付き、ようやく口をひらいた。
「きみは、私が魔王だと知っているのかな?」
静かな低音の、品位のある声だった。
「もちろんです。黒髪で黒い瞳はこの世でただ一人、二十年前に突如として現れた魔王だけです。知らない人はいません」
青年が微笑んだので、魔王は眉をひそめた。
「知っていて、なぜ?」
「僕は、魔王を殺す武器を作りたいんです。ですが、どんな武器なら魔王を殺せるのか検討がつきません。なので、いっそ近くで観察してみてはどうかと思ったんです」
魔王は一瞬呆気にとられたが、
「へえ、きみは武器職人か。おもしろそうだね」と口元を緩めた。
「ちなみに、私とともに行けばこういう光景を何度も見る羽目になるが、その覚悟はあるのかな?」
青年はあらためてあたりを見渡す。
崩壊した町には、たくさんの死体が転がっていた。
だが青年は怖気づくことなく、「あります」と力強く答えた。
「なら、いいよ。一緒に行っても」
「ありがとうございます!」
青年が嬉しさのあまり飛び跳ねると、背負っている大量の工具がガシャガシャと揺れた。
「ついでにきみの護衛もしてあげよう。武器職人というのは、材料の調達などであちこち行くものなんだろう? 今はどこも荒れている。私のせいでね」
「ははっ、こんなに心強い護衛なんて他にいません! ありがとうございます!」
青年は無邪気に笑った。
「おかしな人間だね、きみは」
魔王と武器職人の旅が始まった。
一週間後。
魔王と武器職人は目的地を目指し、森を歩いていた。
「きみは、私に家族を殺されたのか?」
「はい。五年前、僕が十五のときです」
二人は目を合わすことなく、前を向いたまま会話を続ける。
魔王は女性の割に背が高い。
深い海の底のような色のジャケットとロングスカート。絶望の象徴である黒目黒髪に加え、似たような色の服で全身を包んでいる。
人間の形をした闇が歩いているようだ。
「私が憎くないのか?」
「憎いですよ。僕はあなたを殺したくて殺したくて仕方がありません。今すぐにでも死んでほしいです。ですが、僕にはそんな力はありません。だから、魔王を殺す武器を作るんです」
武器職人の背は魔王よりさらに高かった。
緑色のボサボサ髪と、茶色のジャケットにズボン。遠目から見れば、小さな木が歩いているようだ。
「それはきみが使うのか?」
「いいえ、僕は作るだけで使えません。使うのは他の誰かです」
「私が使ってもいいのかな?」
「もちろんかまいませんが、まさか自分で自分を殺すつもりなんですか?」
青年はどういうことですかと言わんばかりに魔王の顔を覗き込む。
「それが一番手っ取り早いんだよ。私を殺せる人間はめったにいないからね。自分でやるのが最も効率的だ。だが自分を殺すにはある条件をクリアする必要がある」
魔王は顔の前で人差し指をたてる。
「私には生まれながらに自動防衛機能が備わっている。自分で自分を殺そうとすると、結界のようなものに拒まれるんだ。一定の人間を殺し魂を奪うことで、その結界を破ることができる」
武器職人は腕を組み、魔王の言葉の意味を考える。
「つまり、あなたが自分を殺すためには、ある程度他者を殺す必要がある。でも『魔王を殺せる武器』があれば、それをする必要がなくなる、ということですか?」
「そうだ」
「死にたいのですか?」
「いいや。勘違いしないでほしいのだか、世界のために死んであげようなどとは全く思っていないよ。人間を殺しているのも、殺したくて殺しているんだ」
魔王はニヤリと笑った。
一ヶ月後。
武器の材料調達のため、二人はとある街を訪れていた。
「泣いているのか?」
「すみません。起こしてしまいましたか」
なんとか借りられた宿の一室にはベットが二つ。魔王の隣のベットで寝ていた青年は、膝に顔を埋めてうずくまっていた。
「どうして泣いているんだ?」
魔王は天井を見つめたまま話しかけた。
「家族のことを、思い出していました」
青年は袖で涙をぬぐう。
「殺したいほど憎いというのは、具体的にはどんな気持ちだ?」
「もしかして、あれですか? 大切な人がいたことがなくて、そういう気持ちがわからないんですか?」
「いいや、大切な人がいたことはある。愛していた人も。ただ、聞いてみたくて」
「言葉にするのは、難しいですね。なんといいましょうか。お腹の底から、こう、湧き上がってくる感覚でしょうか」
「怒りが?」
「怒り、憎しみ、悲しみ、恐怖。いろいろと、ですね」
「そうか。そういえば、そうだったな」
魔王は寝言に近い発声で呟く。
「誰か殺されたのですか?」
「ずっとずっと昔のことだ。だから命の大切さは理解しているつもりだ。だが、なにぶん大昔のことだから、それがどんな感情だったのか、忘れてしまったんだ」
「大昔って、何年前の話ですか?」
「気が遠くなるほど、昔の話だ」
半年後。
「この武器はどうですか? 死ねそうですか?」
青年は作った剣を魔王に渡す。
魔王の背丈ほどもある大きな剣だったが、見た目ほど重くはないようだ。
「いいや、残念ながら。だが良い剣だ」
「でも、あなたを殺せないんじゃ、意味がない」
魔王は褒めてくれたが、武器職人はため息をついた。
「それに美しくないです。せっかくなので、美しい武器にしたいんです」
「せっかくとは?」
「せっかく魔王を倒せる武器を作るんですから、見た目もこだわりたいんです。だって、この世に一つしかない武器なんですよ。後世に語り継がれる武器は、美しくあるべきです」
「その考えは、私にはわからないね」
「そうだ。最後死ぬとき、ドレスを着る予定はありますか?」
魔王は首をかしげる。
「一つ言っておくが、私は予知者ではないよ。多くの時代を生きてきたおかげで物知りではあるが、だからと言って先のことを予測できるわけじゃない。それに、いったいどんな状況になったら死ぬ間際にドレスを着ることになるのやら」
「そうですけど、かっこいいじゃないですか。ドレスを着て戦うのって。武器を振るたびに、ヒラリと服が舞うんですよ」
「きみの嗜好は理解できないな」
魔王はやれやれと首を振る。
「黒に映えるのは、やはり白だと思うんです。真っ白な杖なんていかがですか?」
「私はこだわりはないから、きみの好きな色で」
「では白にしましょう。純白の長い杖、漆黒の髪と瞳、そしてドレス。ああ、なんてかっこいい」
青年はまだ見ぬ未来を想像し、目を輝かせた。
「まあ、いつかそういう機会が巡ってくるかもしれないね」
一年後。
その日は森の中で夜を過ごしていた。
「どこに行っていたのですか?」
夜遅くに戻ってきた魔王の服には血がついていた。
「ああ、少しむしゃくしゃしてね。適当に殺しに行っていたんだ」
工具を磨いていた青年の手がとまり、少し強張った表情で魔王を見る。
「さっき立ち寄った村の人をですか?」
「ああ。これでも我慢しているほうなんだよ。本当なら村ごと消したい気分なんだ。それを数人の命で留めた。私にとってこれは驚くべきことだ」
魔王は武器職人の正面に腰をおろす。
夜の森は不気味なほど静かで、二人が囲う焚き火のパチパチという音だけが聞こえていた。
「僕には理解できません」
「理解してほしいとは思わない」
「さみしいのですか?」
「私が? なぜそう思う?」
「あなたは人とのつながりを求めているように見える」
「人を殺している私が? それだと矛盾しているだろう」
「はい。矛盾しています。だから理解できないんです」
青年は魔王の黒い瞳を見つめる。夜より暗い、漆黒の瞳を。
「あなたは人を殺したい。だけどとてもさみしい。一人でいたい。それなのに人のいる場所に行く。あなたは矛盾だらけだ」
「魔王だから、かもしれないな」
「もしくは、人間だから?」
「私が人間に見えるか?」
「それは……、わかりません」
二人は火に目を落とす。
「私は、誰なんだろうね。魔王であろうとしているわけではない。だけど私のしていることが結果的に魔王の所業だと言われる。もし私が黒目黒髪じゃなければ、私はなんと呼ばれたんだろうね。私にも、何か他の名前がついただろうか」
二年後。
「どうだい? 武器は完成しそうかい?」
二人は酒場で食事をしていた。魔王はフードと眼鏡で容姿を隠しており、騒ぎにはならずに済んでいる。
「まだです。やはり簡単ではありませんね」
「そうか。悪いが、私は完成を待てそうにない。私の中の化け物が暴れたくてしょうがないらしい」
魔王は自分の胸に手を置く。
「そんなっ。もう少し待ってください。それを止める方法はありませんか?」
「あったら毎度毎度こんな苦労はしていないよ」
焦って前のめりになる武器職人をよそに、魔王はいたって冷静だった。
「ですが、まだ完成していません。世界を滅ぼされてしまったら、永遠に完成しません」
「もう一つ、方法があると言っただろう?」
「自分で死ぬつもりですか?」
「ああ、もうそれしかないようだ。でなれけば、私はすぐにでもこの世界を滅ぼしてしまう。きみのことも、殺してしまうだろう」
「死ぬために必要な魂を集め終わったんですか?」
「魂なら、当の昔に集め終わっている」
武器職人は目を見開く。
「じゃあどうしてさっさと死ななかったのか、という顔かな?」
魔王は意地悪そうに笑った。
「波があるんだよ。もう死のうと思うときもあれば、まだまだ殺し足りないと思うときもある。きみと出会った日、私は本当は死ぬつもりだったんだよ。だが、きみが現れたからやめた」
魔王はフォークで武器職人を指す。
「私を殺せる武器をこの目で見たくてね。だからもう少し生きようと思ったんだ。そのおかげで、より多くの人間を殺すことになったけどね」
「そんな……。僕のせいで」
武器職人は深い絶望に襲われた。
魔王を倒すため、これ以上犠牲者をださないために、決死の覚悟でともに旅することを選んだのに、その選択が魔王を生かしてしまった。
本当なら、あの日魔王は死に、世界にはとっくに平和が訪れていたのだ。
「落ち込む必要はない。いいことを教えあげよう。私は何度も生まれかわるんだ。また魔王は必ず現れる。きみの武器は、その時役に立つんだ」
うなだれていた武器職人はゆっくりと顔をあげた。
「遠い未来で、きみの武器は世界を救うんだ。そうなれば、今回の犠牲は無駄にはならない」
「やっぱり、未来が見えるんですか?」
「そんなものは一度だって見えたことはない。これはただの予感だ。だけど私はいつかきみ武器を手に取るよ。ドレスを着られるかは、わからないけどね」
ただの予感だと魔王は言う。
だが武器職人の瞳には力強い光が戻っていた。
覚悟と、決意と、信念の光が。
「はい。いつか必ず、僕の武器であなたを殺してみせます」
「そうだ。そしてそのために私は今、死ななければならない」
魔王は死に場所に花畑を選んだ。
「この手は何だ?」
武器職人が魔王に手を差し出した。
「握手ですよ」
「泣くほど憎い相手と握手するのか?」
「そうですよ」
「ふふっ、本当に意味がわからないね」
無表情だった魔王の顔に、どこか晴れ晴れとした微笑みが浮かんだ。
魔王は武器職人の手を握った。
「あたたかいね」
「生きてますから」
「そうだね」
魔王は手のぬくもりをかみしめるように目をつぶった。
「いつかまた、私は魔王として生まれてくる。
それが嫌で嫌で仕方なかった。だが今回は、少し心が軽い」
魔王は安心したように笑った。
「信じているよ。いつかきっと、私を殺してくれると」
そして魔王は、自ら命を絶った。
遠い未来。
一人の女性が白い杖を見つけた。
真っ白な杖。先端には小さな白いリングが浮いていて、そこになにやら文字が彫られていた。
『ドレスは何色でもいいですよ。きっとなんでも似合いますから』
「こんなこと、わざわざ彫らなくても」
女性はあきれたように呟くと、杖をギュッと抱きしめた。
「確かに受け取ったよ。武器職人」
おわり
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。