笑う子いねがー! 良い子いねがー!
あけましておめでとうございます。
ひょっとしたらこれから年の初めの挨拶代りとして、この冬ホラーの投稿となるかもしれません。
笑う子いねがー! 良い子いねがー!
序
おではでかゴリラ。
まぁ異世界に住む悪魔みたいなもんだ。
それでおでがいる、この世界から、おまいらの世界へ飛び出したいと、思っていたけど、なかなかそれができなかった。
というのも、おまいらの世界へおでが行けるのは、特殊な水溜まりに入るんだけど、おでが入れる広さの水溜まりは、この世界ではなかなか無かったんだ。
ところが、たまたまおでの仲間たちがある小さな水溜まりを入ったんだ。
そして、その近くにおでが入れる大きな水溜まりがあったんだ。
おではそれを操作して、飛び込んだんだ。
1
ある奇妙な異世界がある。
そこはクネヒトと呼ばれる、異形の悪魔とも鬼とも言われる者どもが住んでいる。
彼らの役目は、毎年12月25日に私たちの世界で最も「やさしい人」を選び、それをこの異世界を統治する「お館様」に紹介することであった。
この「でかゴリラ」という悪鬼は、「やさしい人」を見つけるために、ある水溜まりの中へ入って行ってしまった。
この水溜まりには私たちの世界が映っているのだが、その中に入ると、その場所へと移動できるのである。
これらの水溜まりは、この異世界では数えきれない程在る。
そして、クネヒトも数えきれない程居る。
彼らは大きさや顔付きはバラバラだが、次のように統一されている。
全身は灰色で、更に濃い灰色の布の服を体に身に付けただけ。
犬歯が牙の様に突き出ていて、耳は尖り、頭には黒い角が生えている。
それ以外は、繰り返しになるがバラバラだ。身体の大きさは様々で、顔が猫っぽいのやら、このでかゴリラのようにゴリラのような顔をしている者もいる。
彼らは名前が無いので、互いを区別するために、大きくゴリラっぽいのは「でかゴリラ」、顔が猫っぽいのは「ネコ」と呼んでいた。
さて、でかゴリラに対して、注意する声が出たが、彼は既に行ってしまったので、別のクネヒトが嘆息する。
「出る所が不思議な霧がある所なんだ。でもあまり人間が来ない奥地だから、大丈夫と思うけど……。そこでは人間たちは俺たちの姿が見え、声も聞こえるんだ。そしてその霧の辺りの物は全て触る事も出来る」
クネヒトが現世へ来た時は、基本的に自分たちの姿が見えず、自分の声も聞こえず、何より現世の物は全て触れない。
2
とある都内の大学のオカルトサークル。
そのサークルのメンバー2人がZ県M市にやって来た。
このサークルは様々な噂に聞く心霊スポットに赴き、そこで動画を撮り、YouTubeにアップするのを主な活動としていた。
もっとも、再生回数も登録者数も大した事はないのだが。
「やっと駅に着いたけど、更に山を登るの?」
声を出したのは、3年生の女性。
名は東木麻李。
今は2024年12月の初め。今回の活動が終ったら、サークルもバイトも程々にして、本格的に就職活動だ。
「バスで近くの麓まで行くから、登山は30分もかからないよ」
同じく3年生のリーダーで、このサークルの設立者の加賀見澪が答える。
彼女は理工学部で大学院に進学予定。
加賀見澪はオカルト好きだ。
そのくせ情報工学への進路を決めている。
東木麻李はそんな加賀見を半分不思議に、半分感心している。
東木が好きなのは、小説投稿サイトの異世界もの。
電車の中でもスマホでずっと読んでいた。今はモバイルバッテリーでスマホの充電中。
加賀見とは高校時代から仲が良く、彼女の活動にこのように付き合っている。
「雪は降ってないけど、やっぱりずっと寒いね~」
東木がぶるぶる震えて言う。
吐く息は結構白い。空も降雨や降雪の気配こそ無いが、どんよりとした灰色。
朝一番の電車に乗ったので、今の時刻は昼過ぎ。
「ねぇ澪、このZ県って色々怪奇現象があるんでしょう? 今年の1月には私たちみたいな学生が隣のN町で行方不明になって、未だ見つかっていないって……」
N町とはこのM市の隣町。
M市は東京23区程の領域だが、人口は10万人程で、山々が多い。
「N町って、あの『呪われたC村』伝説で有名だよね。2020年の夏にも行方不明者が出たとか。そっちは怖いから行かないの? 澪?」
更に続けて東木が言う。それらの言葉を振り払うようにリーダーの加賀見は大声を出した。
「麻李、私たちが行くところはとある廃村! そこはなまはげが出るって噂の場所!」
「なまはげねぇ、この市の職員さんがボランティアでやってそうだね」
東木がやれやれと応じる。心霊スポットに行く活動はこれが最後だから、と彼女は加賀見と一緒について来たのだ。
彼女たちは登山用の姿をしているが、都心では暑いことこの上ない。
だが、このような田舎ではこの重装備はちょうどいい。
M市の中心駅にある各種バス停で、二人は目的の山奥の廃村近くへ向かうバスに乗った。
3
このM市は何十年も前から、周辺の町や村が合併してできた市である。
なので、廃村というより、M市に合併され単に地区として残っているだけだ。
M市の北外れで、山地で住んでいる人も少ない。
人家がかなり距離があって点在している。
バスを降りた加賀見澪と東木麻李は目標とする山に入り、恐らく昔の人が使っていたであろう、山道を登って行った。
「この山の中に古い集落があったらしいのだけど、昭和の初めに人々はいなくなって、今は荒地らしいとか。そこでは季節を問わず霧が発生していて、不可思議な現象が起こるんだって」
加賀見が言うと、東木が応じる。
「その不可思議な現象がなまはげが出るってことなの?」
「う~ん。実は色々と情報が錯綜してて、とにかく廃れた集落があり、冬場にそこで霧が出たときには、なまはげがでる、では一致してるんだけど」
30分ほど登ると、山中なのにかなり広い平地に到達した。
さらにトンネルがあり、そのトンネルの先も平地のようだ。
「あのトンネルの先が昔あった集落みたい」
彼女たちは長さ30メートルはあろうかというトンネルの中に入っていく。
高さと幅は2メートルほどだ。
「うわっ! 寒い! 何なのここ?」
「……見る限り、本当に廃村の様ね」
東木と加賀見はサッカーのフィールドくらいの広さの平地にトンネルから出た。
山の中に人為的に造られた平地だ。
周囲は高さ3メートルほどの壁になっていて、その上は森林に覆われている。
湿った土草の地面。壁に沿って朽ち果てた人家らしきものが、等間隔で並んでいる。
さして高い山ではないが、中腹とあって、M市の中心地より更に寒い。
4
中央には朽ちた神社があった。
撮影係の東木がスマホで動画を撮る。
「心霊現象が無くても、これなら不気味な廃村として、視聴は伸びそうだね」
東木はほぼ最後の活動とあって、熱心にこの廃村を回る。
「ねぇ、澪。ほら、あの一番奥の大きな建物を撮らない?」
「一際不気味そうね。行ってみよう、麻李」
加賀見澪と東木麻李は、この廃村の一番奥の大きな建物に向かった。
「何か霧が出て来てない?」
視界が悪くなり、目標の建物の周囲は霧が立ち込めている。
造りからして、本格的な厩舎のようだ。
「……笑う子いねがー! ……良い子いねがー!」
不気味な低音による言葉がその厩舎のような建物内から鳴り響く。
「麻李、何か言った!?」
「私じゃないよ!」
中に二人が入り込むと、更に霧が充満してて視界がはっきりしない。
「笑う子いねがー! 良い子いねがー!」
「「ひいっ!!」」
5
霧に覆われたこの建物内には、まさに悪鬼ともいうべき存在がいた。
屈んでいるが身を起こせば、3メートルは超える大きさ。
灰色に包まれた皮膚の手足を初め、首回り、胸部、胴部、臀部、全てが太く分厚く逞しい。
そして、顔付きは少しゴリラを思わせるが、額から黒い二本の角が生え、大きな口からは上下の犬歯がはみ出るほど。
「おまいら、おでが見えるのか? じゃあ良い子たちだな?」
作り物? 市の職員がこんなに凝ったアニマトロニクスを設置する? どれだけの予算を使ってるの? まさか本物のなまはげ!?
理知的な加賀見澪は思考がショートして気絶してしまった。
「澪!」
東木麻李は倒れた加賀見を助けようとするが、そこでこの巨大な悪鬼に捕まってしまった。
「見えてるだけでなく、触れるど! やっぱりおまいらは良い子だど! お館様に直接紹介するだ!」
悪鬼は二人を抱え込むと、呪文を唱える。
「ツーリュックだぁ!」
6
東木麻李は気付くと、隣で意識を失ったままの加賀見澪をまず確認した。
そして、自分が居る所を見渡し、愕然として頭がグラグラする。
どこまでも続く山一つない平らな大地。大地と接する空はこの季節のような厚い灰色雲に覆われている。
よく見ると所々に低い木々があり、大地はきれいに刈り取られた草地だが、この木々の近くには小さな湖、というより水溜まりがあった。
そして、これらの水溜まりにはもれなく先程の悪鬼たちが屈んでいて、何やら真剣に見つめている。
「……どこなの、ここ」
「よっ、おでは『でかゴリラ』。おまいらを今年一番の『やさしい人』に決めたど」
自分たちを捕まえたゴリラのような悪鬼だ。
捕食するなり、違う意味で自分たちを「食べる」感じもしない。
よく見ると何となく愛嬌のある表情をしている。
「……あ、あはは、マジかよ、これ? まさか異世界転移ってヤツ? ホントにこんなことってあるんだ……」
小説投稿サイトで異世界ものを愛読する東木麻李は、もうそう解釈した。
周囲の水溜まりを覗いている悪鬼たちは、でかゴリラと同じような感じだが、大きさや顔付きだけはバラバラだ。
中には160センチメートルを超える位の、東木たちと同じくらい大きさの悪鬼もいる。
「何だ? ここを見学したいのか? おではおまいの寝ちまったお友達のそばにいるど」
ふらふらと歩く東木に、水溜まりを覗く悪鬼たちの声が届く。
少し冷静になった東木は、この悪鬼たちの言葉は相手の第一言語に自動的に変換されるのか、あるいは自分たちが悪鬼たちの言葉に自動的に変換されるのかを、異世界ものの愛読者として、妙な考察をする。
あるいは「なまはげ」なら、単純に彼らの言語は日本語なのか。
「おいっ! こいつタバコをポイ捨てしてるぜ!」
「こっちは高齢者に詐欺の電話をしてやがる!」
「何だこれ? 客が店員に怒鳴りつけてるぞ? えっ? 店員はずっと謝っているのに、こいつ店員に殴りかかろうとしてるぞ!」
「知ってるぞ、それ。『カスハラ』って言うんだってよ」
「人間って碌なもんなじゃねーな」
「こんなやつら灰袋で叩きのめしてやりてーよ」
7
東木麻李は違う意味での恐怖を感じた。
水溜まりに映っているのが現実世界とあって、彼女は更に冷静になる。
「何なのこいつら? 人のプライバシー見放題じゃない。こわっ!」
そこである悪鬼が叫んだ。
「おい見ろよ! こいつ盗撮をしてるぞ! スマホをスカートの下に向けている!」
「……いや、あんたらも覗きをしているんだから、同類でしょ」
そう心の中で東木がツッコんでいると、倒れた加賀見澪のあたりから、鋭い叱責の声が起こった。
「この馬鹿ものがっ! 人間の世界へ行くのみならず、人間をここに連れてくるとは!」
東木が加賀見のところへ急いで戻ると、白い服を着た杖をもった老人が、でかゴリラを叱責していた。
でかゴリラは大きな身体を縮めて、ただただ委縮している。
「あぁ……、この人が異世界転移をさせる神様なんだ。どんなスキルを私に与えてくれるんだろう……」
それからの東木はだんだんと意識が薄れ、辛うじて老人の声が聞こえる状態となる。
「……まずこの二人を連れて来た場所を指し示せ、でかゴリラよ」
「……済まぬが、君たちがここへ来た一連の記憶は、消し去り改変させてもらう。我が使い魔が大変失礼なことをした」
「……ふむ。これらデバイス内のデータも一部消去し改変せねばならぬな」
「……」
8
翌年1月末のとある昼すぎ。
スーツ姿の東木麻李は通う大学へと行く途中、加賀見澪と出会った。
「お疲れ~、麻李。どうだった? 説明会」
「はぁ、こんなことがあと半年は続くのかな? 澪はこれから授業?」
「ううん。ほらっ、あの12月に行ったM市の動画編集をみんなに見せての最終チェック。単なる登山ものなんだけどね」
「途中で奥に入れるトンネルがあったけど、大きな岩で塞がれていて、奥には入れず戻ったヤツね」
「まぁ、女子二人の冬登山ものってことで、それなりにはウケるでしょ」
東木は何かを発見する。
「あっ、タバコのポイ捨て。ウチの学校のやつらかな。まったくどうしようもないね」
そう言って東木は吸殻を持参している手袋で掴み、同じく持参しているゴミ収容袋に入れる。
「麻李って、そういえば、あの登山以降に、やたらとそういった『良いこと』するね」
「う~ん。何でだろう? たまに寝てる時に変な声がするからかなぁ?」
加賀見はどんな声がするか尋ね、東木は答える。
「えぇ~と……、『笑う子いねがー! 良い子いねがー!』って感じ? あと常に誰かに自分が見られている感じもするの」
「何それ? 小説投稿サイトで、変な内容の物語の読み過ぎじゃない?」
こうして二人は大学の構内へと入っていった。
末
このように私たちを見守る、あるいは監視している、不可思議な異世界は実在しているのです。
皆様も日頃の言動にはご注意くださいませ……。
笑う子いねがー、良い子いねがー! 了
公式の冬童話と同時に作成していました。
私の冬の童話祭2025もよろしくお願いします!
【読んで下さった方へ】
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・下のリンクには今まで書いたものをシリーズとしてまとめていますので、お時間がある方はご一読よろしくお願いいたします。