表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

銀河くじら

作者: ぜろすけ

 その時、僕は七歳で、小学校一年生だった。

「銀河くじらって知ってる?」

 僕は前の席に座っていたシオンに話しかけた。彼女は長い髪をなびかせながらこちらを向き、微笑んだ。

「銀河くじら?なにそれ?」

 僕はおもむろに、ランドセルから一冊の絵本を取り出した。その絵本には銀河くじらのの物語についてかかれていた。

「銀河くじらっていうのはね、こんなに大きくて、キラキラしてて、星と星の間を飛んでまわるんだよ。」

 僕は彼女に、絵本の絵を指差して、身振り手振りを交えながら、銀河くじらのなんたるかを説明した。彼女は微笑んだまま、小さな相槌を打ち丁寧に聞いてくれた。昔から彼女は大人で、僕は子供だった。その時僕は本当に銀河くじらの存在を信じて疑わなかったし、おそらく彼女はそんな僕を気遣って何も言わないでくれたのだ。

「そんなもんいねぇやい。」

 突然横から声が割り込んだきた。よくいるクラスのガキ大将、アキラだった。

「俺の父ちゃんが言ってんだ。宇宙に生き物はいないって。だいいち銀河くじらがいたとして、何を食べて生きてるんだい?」

 アキラは不敵な笑みを浮かべ、絵本を覗き込んできた。確かアキラのお父さんは、宇宙についての研究者だとかいう噂だった。絵本には、銀河くじらが何を食べているのかについての言及はなく、確かにアキラの言う通りだった。

「えっと……」

 僕が答えに窮していると、アキラは勝ち誇ったように鼻をならし、今度はシオンに噛みついてきた。

「お前はどう思うんだ?」

「えっと……私は……」

 シオンは困った表情を隠そうと、作り笑いを顔に張り付けていた。アキラはいつものテストで満点を取っていて、スポーツもできた。そのクラスでアキラに逆らえるものはいなかったし、みんなから尊敬を集めてもいた。そんなアキラに言われると、なるほど確かに銀河くじらはいないような気がした。そう思うと、なんだか悔しくて、目に涙が浮かんできた。アキラはその様子を見ると、ふんと言って教室から出て行ってしまった。シオンは心配そうに僕を見つめている。

 アキラはいつも僕に突っかかってきた。今になって分かったが、きっと僕とシオンが話をしているのが気に入らなかったんだろう。僕の遠き日の、ぼやけて溶けかかった記憶だ。


「なぁシーラン、銀河くじらって知ってるか?」

 隣の席に座る金髪の男に話しかける。

「銀河くじら?なんだそれ。」 

 シーランは周辺の機械をいじりながら、キョトンとした表情をした。

 あれから二十年、僕は木星往還船の機長になっていた。コックピットの窓を覗くと、眼下には青い地球が横たわっている。船は現在宇宙港に停泊しており、乗客をのせているところだった。

「すごいでっかくて、キラキラしてて、星の間を飛び回るくじらさ。」

「なんだそれ、お前アルコールチェックちゃんとやってんのか?」

 シーランは訝しげにこちらを見つめる。そんなことお構いなしに、僕は管制室との交信を開始する。

「こちら、JA100MJ。乗客の搭乗が完了しました。分離許可を申請します。」

「了解。分離を許可します。8番航路から、ドライブ航法に移行してください。」

 ひととおり交信を終え、コックピットから宇宙港のほうを覗くと、宇宙港は一部がガラス張りになっていて、中の様子を見ることができる。そこには一人の女性と、小さな男の子が手を繋いでこちらを見ていた。


「お母さん、お父さんが手を振ってる。」

 隣にいる息子のカンタが、宇宙船に向かって手を振り、それにつられてシオンも小さく手を振る。カンタが手を振っている反対側の手には、あの本が握られている。あの人が小さい頃に見せてくれた、あの絵本。

 突然、ガコンと大きな音が鳴った。目の前の宇宙船はゆっくりと動きだし、私たちから離れていく。

「お母さん、銀河くじらみたい。」

 カンタは目の前の宇宙船を指差して言った。煌々と光輝くエンジンは、まるで光の粒子を纏う銀河くじらのようだった。

 そう、銀河くじらはきっといる。私たち家族の心の中に。彼が今、そのパイロットだ。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ