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DQN  作者: 迎ラミン
第二章 寺
7/23

寺 2

 忙しいだろうと思い連絡を控えていたケイトだが、同じ日の夜にメッセージを受け取った。


《こんばんは。古峰です。ケイ先生はご無事ですか? ご存知の通り、立て続けに町で事件が発生してしまいました。我々警察の力不足で本当に申し訳ありません。一日も早く、ケイ先生や町の皆さんが安心して生活できるよう、全力を尽くします。もちろん何かあれば、遠慮無く連絡してください。どうかお気を付けて》


 読み終わるや否や、ケイトはすぐに通話ボタンをタップしていた。幸い古峰の方も、二つ目のコール音で素早く出てくれる。


「もしもし? 古峰さんですか?」

「ええ。ケイ先生、ご無事ですよね?」


 重ねての気遣いが嬉しい。「はい。お陰様で」と流暢な日本語で返してから、ケイトは逆に彼を労った。


「古峰さんこそ大変でしょう。前の事件も解決していないのに、またすぐこんなことになって」

「ありがとうございます。まあ僕ら下っ端は、それほどでもないですよ。マスコミにも出ている通り、おそらく同一犯の犯行ですから、やることはそれほど変わりませんし」

「じゃあ引き続き、聞き込みとか現場の捜査を?」

「ええ。今まで以上に町のなかをうろうろしちゃって、申し訳ありませんが」

「とんでもない。暑い日が続いてますし、お身体に気を付けてくださいね」


 心を込めて伝えると、古峰は「ありがとうございます。時間が合ったらまたぜひ、夕食くらいはご一緒させてください」と毎度ながら嬉しい言葉を返してくれる。胸のあたりが温かくなったケイトだが、連続殺人事件が発生したからこそ、彼はこうして幸浜に通ってくれているのだと、慌てて気持ちを引き締めた。


「殺されたのは、また男性ですよね」


 パソコンでネットニュースを見ていたところだったので、確認してみた。非公開情報はさすがに教えてくれないだろうが、表立ったことを話すくらいは大丈夫なはずだ。


「ええ。(かな)(ぶん)()(いち)(ろう)、五十二歳です。しかも二週間前に殺された高田谷とは、幸浜小・中学校の同級生ということもわかっています」

「えっ!?」


 自分が読んだニュースにはそこまで載っていなかったので、ケイトは驚きの声を上げた。


「てことは、やっぱり――」

「はい。金分も不良上がりのチンピラです。高校を中退しており、まともな企業に勤められる学歴や経歴もないので、ずっと水商売関係を転々としていたようですね。自分で小さなバーを開いたりもしたようですが、すぐに潰れて借金がさらに膨らんだだけ、という話も明らかになっています」


 そんなところまで聞いていいのだろうか、と考えつつ、ケイトは片手でウェブブラウザを操作し、第二の殺人についてさらに詳しく検索してみた。するとたしかに、芸能人のスキャンダルを暴くことで有名な週刊誌のサイトが、


《元ヤンへの復讐劇、再び!? 田舎町で続く負の連鎖》


 などというセンセーショナルなタイトルで、古峰が教えてくれたような内容まで、かなりの字数でさっそく報じていた。ご丁寧にも町の背景として、昨年発覚した町長の不祥事にまで言及している。


「じゃあ今回も、怨恨の線で調べてるんですか? ……あっ! ごめんなさい、答えられなければ大丈夫です!」

「いえ。当然その線は外さずに、というかメインで捜査しています。高田谷にせよ金分にせよ、暴行や傷害、恐喝をはじめ該当する過去の罪は沢山あるようですし」


 サイトをスクロールさせると、たしかに古峰の言葉通り《一件目の事件と同様に、警察は怨恨殺人と見て捜査を進めている》という文言があった。


 つまり、またDQNへの復讐か……。


 でもこういうのって「自業自得」ってやつよね、と漢字も合わせて思い出しながら、ケイトは頭のなかでつぶやいた。誰かを理不尽に傷付けるような行為は自身も大嫌いだし、正直許せない。まるで接点がないこともあるが、元不良にして「DQN」な中年が二人、復讐の末に殺されたとしても、これといって悔やむ気持ちなどは生まれてこないのだった。


 きっと、「いじめ」もしてたんだろうな。


 子ども同士の間で起こる暴力や恐喝、誹謗中傷などが、日本では「いじめ」なる別名で呼ばれるという知識もケイトは持っている。じつは英語でもbullyingという同じ意味の単語があるのだが、いずれにせよ子どもだろうがなんだろうが、卑劣な行いは甘やかすことなく、assault(暴行罪)やinjuring(傷害罪)としてもっと厳密に取り締まり、断罪するべきではないだろうか。

 そう考えると、殺された二人を憐れむ気持ちがますます薄れてくる。同時に、もし本当に被害者による復讐だとすれば、むしろ応援したい気持ちすら湧き上がってしまう。

 と、次の瞬間。


「……あっ!」


 脳裏に、ある顔が浮かび上がった。


「あ、あの、古峰さん」


 おそるおそる呼びかける。さすがに公には発表されていない情報だが、古峰はケイトがそれを知っていることもわかっているし、訊いてみるくらいは許されるはずだ。

 軽く唾を飲み込んでから、頭に浮かんだ人物の名前をケイトは口にした。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ハッとしたような間が一瞬だけ空いたが、古峰はすぐに「ええ」と認めてくれた。そもそも彼とキャシーで食事をし、こうして打ち解けるきっかけになったのも、小学校で葉村への聞き込みを目撃したことがきっかけだった。


「でも安心してください。葉村先生は容疑者じゃありませんよ」

「本当ですか?」


 知り合ってまだ半月ほどだが、古峰が優しい人だというのはもうじゅうぶんにわかっている。だからこそ、葉村の同僚である自分を安心させようと、あえて嘘をついているのではとケイトは訝った。ごめんなさい、と内心で謝りつつ。

 しかし古峰は、それも明確に否定してくれた。


「二つの事件、どちらに関しても葉村先生には立派なアリバイがあります。ああ、アリバイっていうのは――」

「あ、大丈夫です。英語も同じですから」


 慌ててケイトが口を挟むと、了解とばかりに古峰はさらにすらすらと教えてくれる。


「ご存知の通り、どちらの事件も金曜の深夜から明け方にかけてが殺害時刻とみられていますが、葉村先生はその両方とも自宅にいたことが証明されています。海外に住む複数の友人と、食事をしながらずっとビデオ通話されていたんですよ。オンライン飲み会ってやつです。終わった直後に事件を知って、徹夜のまま野次馬根性で現場を覗きにいってしまった、とは仰ってましたが」

「そうですか」


 良かった、とケイトは実際に胸をなで下ろした。数年前にようやく終息した感染症の影響で、幸か不幸か在宅での仕事やプライベートの楽しみ方が、以前よりもさらに多様化している。ネットでビデオ通話をしながら食事やお酒を楽しむ、「オンライン飲み会」(と日本語では言うらしい)もすっかり定着したが、金曜の夜ということで、葉村はそれを楽しんでいたようだ。


「しかも葉村先生は最初の事件のときにご自分から、被害者とは小中学校が被っている、って申し出てくださったくらいですから。万が一犯人だとしたら、みずから警察に接触するなんて、普通はしないと思います」

「たしかにそうですね」


 スマートフォンを握ったままケイトは二度、三度と頷いた。あの日、小学校の校長室から出てきた際、葉村はたしかにそんなことを語っていた。


「念のためですが、オンライン飲み会をされていたというご友人の名前や連絡先を控えさせてもらい、そちらへの確認も既に取れています。ですから、どうぞ安心してください。怨恨絡みだとしても犯人はきっと別にいますし、我々が必ず捕まえてみせます」

「ありがとうございます。でも古峰さんも、気を付けてくださいね。お元気でいてくれないと、約束のご飯にも行けませんし」

「あ、そ、そうですね。はい、頑張ります!」


 これまでの落ち着いた語り口はどこへやら、やや見当外れな答えが、それも上ずった声で返ってきたので、ケイトはつい笑ってしまった。まるで初めてデートに誘われた中学生みたいだ。


「本当に刑事さんぽくないですね、古峰さんて」


 ちょっぴりからかうような口調で伝えつつ、ふと閃いた。

 そうだ。今度は自分も、彼にビデオ電話してみよう。

 古峰はと言えば、よく聞こえなかったのか、「え?」ときょとんと返してくるばかりだった。

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