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DQN  作者: 迎ラミン
第一章 神社
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神社 4

 ことの発端は、役場に届いた複数のメッセージだったらしい。昨年九月に行われた町長選挙において、二期連続で務めていた現職を破って当選した竹宮は、着任後すぐに《町長への手紙》という目安箱的なページを、町の公式ウェブサイト内に開設した。

 ところが届いたメッセージのなかに、選挙直前まで町役場職員を務めていた彼が、法律上禁止されている選挙人名簿、すなわち町民名簿のコピーを行ったこと、それを選挙での支援を呼びかける葉書の郵送などに利用したことを、指摘・告発する内容のものがあったのである。


 件のメッセージは匿名で、他部署の窓口にも同内容のメールが送られていた。

 一方で、告発を受けた竹宮はすぐに事実を認め、翌々日には記者会見も実施。さらには潔く職も辞したものの、年末のやり直し選挙にもう一度立候補して僅差ながら当選、再び幸浜町長の椅子に着くこととなったのだった。


 ALTとして日本に行きたいと思い、受け入れ事業であるJapan Exchange and Teaching Programme――通称『JETプログラム』の厳しい選抜試験も突破していたケイトだが、昨年末の時点では派遣先はまだ決まっていなかった。年明けに幸浜町への派遣が決定し、町についての情報を集め始めたところでこの事件を知ったときは、さすがに驚かされたものだ。

 ただ幸いにも、事件を理由に派遣が取り止めになったりはしなかった。田舎ということもあり、首長不在の約一ヶ月間も役場の幹部たちが代理となって、なんとか行政を回してくれていたのも大きかったのだろう。

 結果、国や外郭団体の協力下で行っているJETプログラムも、予定通り実施OKとの判断に至り、ケイトは無事に幸浜町の「ケイ先生」になれたというわけである。




 翌日は小学校での勤務日だったが、驚いたことにケイトは二日連続で古峰に遭遇した。六年生の授業を終えて職員室に帰ってくる途中、隣の校長室からちょうど出てきた彼と、ばったり顔を合わせたのである。


「あれ?」

「あ、ファフナーさん。こんにちは。昨日はありがとうございました」

「いえ――」


 どうしてここに? と問うより先に、あの少年のような笑顔で彼の方から教えてくれた。


「こちらでも、聞き込みをさせていただいてたんです」


 なるほど、とすぐにケイトも理解した。狭い田舎町だ、昨日の教頭と同じように、被害者と繋がりのある人物が幸浜小にもいるのだろう。

 古峰に続いて出てきたその人物と思しき姿に、だがケイトは「えっ!?」と声を上げる羽目になった。


「葉村先生?」

「ああ、ケイ先生。お疲れ様です」


 にこにこと、何事もなかったかのような笑顔で葉村が近寄ってくる。


「どうして、葉村先生にも聞き込みを?」


 ストレートな疑問に対して、古峰が一瞬迷った顔をする。訊いちゃいけなかったかな、と反省したケイトだが、当の葉村本人があっさりと明かしてきた。


「私も被害者とは、同世代ですから」

「え? ……あ!」


 同世代、という言葉ですぐに理解した。そういえば被害者の高田谷は、幸浜出身の五十三歳だった。そして葉村もみずから「幸浜っ子」と語る地元の人間で、年齢も「アラフィフ」だ。


「じつはそういうことでして。こちらの小学校にも、高田谷を教えたご経験のある先生がいらっしゃると聞いてお邪魔したら、葉村先生が〝自分も一応、小・中学校時代が被っています〟と、みずから名乗り出てくださったんです。それで一応、お話を伺ったという次第でして」

「なるほど」


 頷くケイトに、葉村がさらに重ねて説明する。


「琴浜で会ったとき、ケイ先生にも伝えておけば良かったですね。あ、隠してたわけじゃないですよ。私としては当たり前の感覚だったし、彼の話も出なかったので、なんとなくそのままになっちゃって。申し訳ない」

「いえいえ」


 首を横に振りながら、ケイトもじゅうぶんに納得していた。たしかに死体発見の当日、琴浜の遊歩道で葉村にばったり会った際は、「彼」=高田谷の具体的な名前などは出なかったし、何より子どもたちが一緒だった。むしろあそこで、殺された人物が誰だの、自分も知り合いだの、というような話にならなかったのは正解だとも言える。ひょっとしたら葉村のことだから、意識的に話題を逸らしてくれたのかもしれない。


「それに古峰さんにもお伝えしたんですが、年齢は向こうが一つ上で、しかも不良だったので仲が良かったとかはまったくないんです。こう言ってはなんですが、当時の高田谷や仲間の犯罪行為をお伝えした程度です」

「仰る通りです。ケイ先生――失礼、ファフナーさんには昨日お話したように、高田谷やその友人たちは、地域での評判が良くないようですね」


 昨日の教頭、そして葉村にも釣られたのか、古峰は幸浜の多くの人たちと同じように、ケイトを名前で呼びそうになってくれている。

 思わず顔がほころんだケイトは、「ケイ先生でいいですよ。私もその方が反応しやすいです」と古峰に笑みを向けた。彼も素直に「ありがとうございます。ケイ先生」と、柔らかく返してくれる。


「若い人たちは、すぐに仲良くなれていいですね。そうだ、ケイ先生」

「はい?」


 微笑ましげに自分たちのやり取りを眺めていた葉村が、ぽんと軽く手を叩いた。


「今日はこれで、課業は終わりですよね」

「ええ」


 時刻は午後三時過ぎ。葉村が言う通り、これで今日はもう放課となる。ケイト自身も、指導日誌だけ付けて早々に帰宅しようと思っていた。


「良かったら、古峰さんを『キャシー』さんにでも案内してあげてくれませんか。お昼ご飯を召し上がっていないそうなんです」

「えっ!? 古峰さん、大丈夫なんですか?」


 意外な頼みごと以上に、その内容にケイトは目を丸くさせられた。殺人事件の捜査で忙しいのはわかるが、刑事というのは昼食を取る暇すらないのだろうか。


「ああ、いや、すみません。今日は調子に乗っていろいろ歩き回ってたので、食べる時間がなくて。じつは葉村先生の聞き込み中も、お腹が鳴っちゃったんですよ。お恥ずかしい限りです」

「大変! じゃあすぐ、キャシーさんに行きましょう! あ、キャシーさんていうのは駅前にあるピザ屋さんです。お魚のピザやタコスがとっても美味しいので!」


 じつはケイト自身、高校生の頃、昼食を抜くなどの無理なダイエットをして倒れそうになった経験があるのだった。親やスクールナース(日本では「保健の先生」というそうだ)にひどく怒られたし、あの目が回るような感覚もよく覚えている。

 気付けばケイトは指導日誌をあっという間に書き上げ、古峰の腕を取らんばかりにして、小学校を飛び出していた。




「いらっしゃいませ。あ、ケイ先生!」

「いらっしゃいませ!」


 古びたガラス扉を開けると、右手のカウンターから、顔馴染みの男女が笑顔で声をかけてきた。幸浜駅前のピザ屋『キャシー』を営む甲斐(かい)夫妻である。まだ三十代だという二人は、最近ちらほら増えているという幸浜への移住者だ。

 過疎化が進む一方で、逆にこの町へ移り住んでくる若い世代も、少数ずつながら途絶えないらしい。甲斐夫妻のように商売を始める人たちもいれば、仕事はリモートワークで続けながら田舎暮らしを楽しむ、絵本作家やプログラマーといったクリエイターもいるのだとか。


「探すと結構、面白い人たちが住んでるのよ」


 引っ越してきてすぐの頃、ケイトも杉野さんからそう聞いたことがある。もっとも直後に、


「わざわざアメリカから来てくれた、綺麗な英語の先生だっているしね」


 などと、面白そうに続けられてしまったが。

 ともあれ自宅のマンションからほど近いこと、そして何よりピザやタコス、トルティーヤといった母国でもお馴染みの料理を、手頃な価格で美味しく味わえるため、ケイトも早々にキャシーの常連となったのだった。


「こんにちは。今日は、なかで食べていってもいいですか?」


 笑顔を返しながら、ケイトは店内を見回した。キャシーはイートインとテイクアウト両方が可能なのである。


「もちろん。ちょうど空いてますし、お好きな席でどうぞ」


 店主の甲斐(せい)()(すけ)が、おどけた仕草で両手を広げてみせる。東北出身の彼は、もともと都内の有名イタリアンレストランで料理人をしていたそうだ。だが、


「値段もそれなりにするお店だったから、どうしてもお客さん層が限られちゃって。僕としてはもっと普通の人たちにも、気軽に食べて欲しいなって思ってたんです。何せ自分が庶民ですから。はは」


 とのことで、妻の()()との結婚を機に「こぢんまりした田舎」への移住を決意、良さげな街を二人で探していたところ、やはり移住者でゲストハウスを営む同世代の夫婦とSNSで繋がったのをきっかけに、幸浜を知ったのだという。そうして試しに何日か滞在してみたところ、夫婦揃ってこの土地が気に入り、三年前に移住してキャシーを構えたのだとか。

 狭い田舎町のこと、聖之輔の作るリーズナブルで美味しいフードの数々、そして彼を手伝う可奈の朗らかな人柄はすぐに地域で評判となり、今では隣町からわざわざ買いに来る人もいるほどだと聞く。

 そんな聖之輔が電話をかける仕草とともに、にこにこと教えてくれる。


「じつはさっき、葉村先生からお電話もいただいたんです。ケイ先生がお連れ様と一緒に行くはずだからって」

「そうだったんですね」


 面倒見の良い葉村らしい気遣いだ。連絡先も知っているので、お礼のメッセージでも送っておこうと思いながら、ケイトは店内を見回した。


「じゃあ、こちらのテーブルをお借りしますね。古峰さん、どうぞこちらに」

「はい、ありがとうございます」


 聖之輔の言葉に甘えて、ケイトは壁際のテーブルへとみずから古峰を案内した。

 若夫婦が二人だけで切り盛りする店ということもあり、キャシーのイートインスペースは五人程度が座れるカウンター席と、四つのテーブル席という小規模なレイアウトに抑えられている。昼時や週末には混雑するそれらも、今は夕方の早い時間だからか、カウンターの端に観光客らしき人物が一人座るだけだった。


「キャシーさんのお料理、どれも凄く美味しいんですよ。……って、私もまだ全種類は食べたことないんですけど」


 明るく説明すると、立ててあったメニューを広げた古峰も「本当だ。迷っちゃいますね。へえ、地元の食材を使われてるんだ。いいなあ」と頬を緩めてくれる。

 彼が気付いた通り、キャシーのフードは定番のマルゲリータピザや挽肉のトルティーヤだけでなく、『アジの干物ピザ』や『シーフードタコス』、『岩牡蠣のアヒージョ』といった、幸浜産の海産物を使ったオリジナルメニューが豊富で人気を博している。

 なかでもケイトの一番のお気に入りは、食材が手に入ったときにしか食べられないレアメニュー、『ポテトとイカの塩辛ピザ』だ。意外な組み合わせに見えるが、ジャガイモに塩辛の風味が見事にマッチしており、生臭さなどもまるで感じない絶妙な一品である。特に常連客は皆大好きで、今日はキャシーに塩辛が入ったという情報が出回ると、あっという間に売り切れてしまうほどの人気商品なのだとか。


「ごめんね、ケイ先生。今日は塩辛がないの」


 心を読んだわけではないだろうが、水の入ったグラスとおしぼりを運んできてくれた可奈に、済まなそうな笑顔で先に言われてしまった。しかしケイトにしてみれば、食べられればラッキーといった認識なので、逆に申し訳ないくらいである。


「とんでもないです、お気になさらないでください。他のメニューも大好きですから」


 相変わらずの流暢な日本語に、向かい合って座る古峰が小さく笑う。すると彼に視線を移した可奈が、「こんにちは」と挨拶した直後に、さらりと問いかけた。


「ひょっとして警察の方ですか? 神社の事件を調べていらっしゃる」

「えっ!? は、はい」


 無防備な笑みを浮かべていたところを、同じく笑顔で尋ねられたからか、思わずといった様子で古峰は素直に答えてしまっている。しまった、とばかりに慌てて口をつぐむ姿が、失礼ながらちょっぴり微笑ましい。

 観念したのか、古峰は苦笑とともに身分を可奈に明かした。


「仰る通り、御林神社での事件を捜査している小野原警察署の者です。今日は小学校で事情聴取させてもらってたんですが、昼食を取っていなかったので、ケイ先生にこちらを紹介していただいたというわけでして」

「まあ、そうだったんですね。ありがとうございます」


 警察の人間だとわかっても、可奈にも、話が聞こえているであろうカウンター内の聖之輔にも、少なくとも表向きは警戒するようなリアクションはまったく見られない。客に対して決して偏見を持たない二人のこういったところも、キャシーが繁盛している理由の一つだろう。

 どこかおどけた口調になった可奈が、カウンターにちらりと視線を向ける。


「私は違いますけど、きっとあの人は内心で、ケイ先生が彼氏さんを連れてきた! なんてはしゃいでたはずですよ」

「お、おい!」


 妻にからかわれて、聖之輔がわかりやすく動揺している。どうやら図星だったらしい。


「あはは、僕としては嬉しい勘違いですけど、残念ながら下っ端地方公務員ごときじゃ、ケイ先生には釣り合わないですよ」

「シタッパチホーコームイン?」


 知らない言葉だったのでケイトが訊き返すと、意外にも古峰は慣れた雰囲気で、すぐ英語に置き換えてくれた。


「ローワー・ポジションの、ローカル・パブリック・エンプロイーのことです。ローワー・ポジションを日本語にすると下っ端、 ローカル・パブリック・オフィサーや、ローカル・パブリック・エンプロイーが地方公務員ですね」

「ああ、公務員はわかります。そうか、地方の公務員さんてことか」


 ふむふむ、と納得したところで、ケイトはふと気になった。


「古峰さん、本当は英語も喋れるんですか?」


 日本人によくある母音がくっきりした感じではあったが、それでもじゅうぶんこなれた感じの発音、あとは英訳の素早さから、もしやと思ったのである。


「日常会話程度です。大学の頃、一年だけメリーランド州に留学していたので」

「へえ」


 ケイトだけでなく、可奈と聖之輔も目を丸くしている。メリーランド、という単語も一瞬だけ英語風になりかけたが、二人のことを気遣ってか、片仮名読みに切り替えたのがわかった。


「バディの野明さんは日本語オンリーだし、なんか鼻にかけてるみたいに思われたくなくて、仕事中はほとんど使いませんが。でも本当はケイ先生にも、難しかったら英語でも大丈夫です、ってお伝えしたかったんです。すみません、今になって」

「ノーウォーリーズ。ユーアーソーカインド。サンキュー」


 恐縮されてしまい、ケイトは反射的に英語で答え両手を振っていた。なんとなく意味を理解できたのか、可奈と聖之輔もうんうんと頷いてくれている。


「古峰さんて、いい意味で刑事さんぽくないですね」


 顔を傾けてにっこり伝えると、一瞬だけまぶしいものを見るような表情になってから、古峰も恥ずかしそうに笑みを返してくれた。

 その後もさらに打ち解けながら会話を重ねた結果、二人は年齢が近いどころか同い年という事実や、地元の小野原市出身で「本当は〝町のおまわりさん〟になりたかったのに」刑事課へ配属されてしまったという古峰のキャリア、逆にケイトの、メリーランド州に隣接するワシントンD.C.で長く育ったという生い立ちなどを、おたがいに知ることができた。

 注文した『ハバノリときのこのピザ』や『カレータコス』、『幸浜アジのたたき』も自然にシェアして食べ終え、甲斐夫妻に笑顔で見送られて店を出たのは、結局一時間以上も経ってからである。


 連絡先も交換しての別れ際。

 立ち止まった古峰が、心なしか緊張したような声で伝えてきた。


「ケイ先生、どうもありがとうございました。あの、もし良かったら、今日のお礼にあらためて何かご馳走させてください」

「オフコース! でも今だってご馳走してもらったし、全然気にしないでください。お礼とか抜きにして、またぜひ」


 ケイトが即座に頷いてみせると、彼は再びどこかまぶしげに、けれども嬉しそうに「はい!」と同じ仕草を返してくれた。

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