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DQN  作者: 迎ラミン
第五章 浜
22/23

浜 4

「あなたたち……」


 どう声をかけたものか、と迷うケイトに答えたのは、いつものようにサイとホウだった。


「すみません、ケイ先生」

「ケイ先生も古峰さんも、全部わかっちゃったんですね」


 はきはきと、まるでホームルームでの決定事項を報告するかのごとく、二人は至って普通に語る。「ごめんなさい」と綺麗に重なった口調で続くシーとセイもまた、普段の彼女たちと変わらない軽やかな口調だ。


「君たち……」


 逆に驚いているのは葉村である。彼の方も、サイたちが現われるとは、さすがに予想もしていなかったらしい。


「すみません、葉村先生」


 落ち着いた声とともに、ホウが目を向ける。


「でも、町長さんはいいじゃないですか」

「そうですよ。お母さんから聞きました。ケイ先生のお父さんなんでしょう?」

「それにテンは私たちと違って、まだ小学生です。この子にまでやらせることはないですよ」


 シーとセイも同調する。最後にサイが、「というか」と続けた。


「ケイ先生のお父さんであることとか、テンの年齢とかを抜きにしても、僕らはあの四件でおしまいだと思ってました。葉村先生もずっと僕たちに言ってましたよね。理由もなく人を殴ったり蹴ったりするようなクズこそ、幸浜の平和と発展のためにも消さなきゃいけない、消すべきなんだって」


 彼らしい理路整然とした話しぶりに舌を巻きつつ、ケイトはまたしても複雑な心境に見舞われる。子どもたちになんて刷り込みを、という暗澹たる気持ちと並んで、そういった人間がまさにクズであること、殺されても自業自得だという思いも、やはりどこかで抱いてしまう。


「町長さんは、そこまではやってないんですよね。反省して、後悔して、逆にそういう人間がのさばる幸浜をなんとかしたいと思っているからこそ、一度は辞職したのにまた町長になったんじゃないでしょうか。つまり今は、むしろ僕らの側に近いのかもしれません」

「な、何を言ってるんだ、サイ君。この男だって同じだ。直接手を汚すかそうじゃないかだけの話で、人を理不尽に傷付けたことには変わりない。本人だって認めている」


 今日初めて見せる動揺した様子で、反論する葉村。それはそれで当然だろうとも、ケイトは思う。ここまでずっと素直に従ってくれていた子どもたちが、みずからの意志の代行者が、もうやめよう、といきなり逆の主張をしてきたのだ。それも堂々と胸を張って。何が起こったのかと戸惑っても不思議ではない。

 サイが小さく首を振る。


「僕たちが処分するのは、本当のDQNです。なんの正当性もなしに誰かの心や身体を傷つける、生きている価値なんてない正真正銘のクズだけを消すんです。町長さんは、()()生きてていいじゃないですか」

「え」


 葉村ではないが、何を言っているんだ、といった感じでつぶやいたのは古峰だった。声こそ出さないが、ケイトもまた目を見開いてしまう。


「サイの言う通りです。対象とタイミングはしっかり選ばないと」


 ホウの補足に、シーとセイもうんうんと頷いている。


「あなたたち……」


 さっきと同じ台詞が、けれども今度は別の感情とともにケイトのなかからこぼれ出た。

 悲しみ。絶望。そして抱いてはいけない、抱きたくないと思っている、もっと嫌な気持ちとともに。

 恐怖。

 大切な教え子なのに。大好きな四人なのに。今は彼らが得体の知れない人物のようだった。湧き出てくる気味悪さや恐怖を、どうしても否定できなかった。古峰があ然としているのも、きっと似たような理由だろう。


「……まるで、原理主義者じゃないか」


 再び聞こえた古峰の言葉こそが、まさに的を射ているように思えた。そうだ。ある一点に関して過剰な正義感を刷り込まれてしまったこの子たちは、幸か不幸か、持ち前の聡明さによってそれをさらに純化させ、ストイックなほどに突き詰めている。サイの言葉を借りるならば、「正真正銘のクズ」だけを躊躇なく処分しようと。


「ノー。どうして……」


 堪えきれずに鼻と口を両手で覆い、目を閉じてしまう。気付いた古峰がそっと肩を抱いてくれたが、今は身を寄せる気にもなれない。頭のなかで、胸の内側で、同じ日本語だけが回り続ける。どうして。どうして。どうして。


「わかった。なら、仕方がないね」


 真っ先に落ち着いた反応を取り戻したのは、葉村だった。


「けれども邪魔はしないで欲しい。仮にテン君がやらなくても、とにかくこの男は処分しなければならない。それが私の意志であり、ひいては幸浜のためにもなる」

「ノー! 葉村先生!」


 我に返ったケイトだが、悲しいかな、古峰とともに一歩も動けなかった。先ほど釘を刺された通り、飛びかかってでも止めようとすれば、捨て身の葉村が父やテンごと崖下にダイブしかねない。


「さあ、テン君。どうする? 自分でやるかい? それとも私が代わりに――」


 相変わらず優しく語りかける葉村の言葉が、けれども不自然に途切れた。


「テン君?」


 目の前で起きたことが理解できないように、葉村は目と口を見開いてしまっている。

 重ねて呼びかけられたテンが、顔を上げて答える。ケイトが初めて見る堂々とした姿で。竹宮の首からロープをほどき、投げ捨て、空いた両の手をぎゅっと握り締めて。

「おかしいよ」と。


 やはり呆然とするしかない自分たちをちらりと見てから、「纏=まつる」という名を持つ少年は、はっきりと葉村に告げた。


「葉村先生、おかしいよ。サイ兄ちゃんも、お姉ちゃんたちも、みんなおかしいよ」


 おかしいよ、と重ねる声が揺れる。いつの間にか照っていた月明かりが瞳に反射する。濡れて輝く、どこまでもつぶらな瞳に


「なんでおかしくなっちゃうの? こういう話のときだけ、どうしてみんなおかしくなっちゃうの? 正しいのかもしんないけど、おかしいよ。合ってるかもしんないけど、わかるところもあるけど、けど、なんかおかしいよ」


 輝く瞳が、またこちらを見る。サイを、ホウを、シーを、セイを、自分を愛してくれる年上の友人たちをひたと見る。


「みんなのこと、僕、本当に大好き。おかしくないときのかっこいいサイ兄ちゃんが好き。おかしくないときの賢いホウちゃんと、おかしくないときの綺麗なシーちゃんと、おかしくないときの優しいセイちゃんが好き。おかしくないときの葉村先生が好き。だから学校も頑張って行ける。だから引きこもってばかりじゃなくなってきてる。だから海に行ってお魚とか蟹を見つけたり、ハマユウさんで勉強したりおやつを食べたり、内藤さんのところでラーメン食べたり、楽しく過ごせてる。おかしくないみんながいるから。おかしくない、お兄ちゃんとお姉ちゃんと先生が一緒だから」


 今度は逆に、「おかしくない」という言葉が繰り返される。何度も何度も繰り返される。そうであって欲しいと願うように。そうなって欲しいと祈るように。信じるように。

 しゃくり上げるのを堪えた、ひび割れそうな声で。何かに対してぐっと踏みとどまる、勇気と決意のこもった声で。


「だから。だから――」


 みたび振り向いたテンの視線。想いが、願いが、真っ直ぐに飛び込んでくる。目が合ったケイトの胸に。心の深い深い場所に。


「だからみんな、ケイ先生みたいでいて。どこもおかしくならないで。悪い奴をやっつけるのはいいけど、古峰さんたちと一緒にやっつけてよ。正々堂々と、胸を張ってやっつけてよ。僕、おかしいみんなをもう見たくない。おかしいみんなの声は、もう聞きたくない。僕の大好きなサイ兄ちゃんで、ホウちゃんで、シーちゃんで、セイちゃんで、葉村先生でいて欲しいの。お願い。どうかおかしくならないで!」


 叫ぶように訴えかける最後のひとことまで、きっぱりとテンは言い切った。ふっくらした頬に光るものを流しながら、拳を握りしめ、鼻をすすり上げ、胸と肩を上下に揺らし、それでもしっかりと立ち続けて。


「テン君。君は……君は、信じられなかったのか。信じていなかったのか」


 そのあとにどんな言葉が続くのか。ケイトにはわからなかった。「教えを」なのか「正義を」なのか。もしくは「私を」なのか。

 いずれにせよ、呆然とつぶやく葉村の目が一瞬うつろになる。ほんの数分前のケイトと同じように。理解できない存在を前にして、恐怖したかのように。テンから半歩、後ずさりながら。

 それだけで、じゅうぶんだった。


「テン君!」


 頭で考えるより先に、ケイトは古峰とともに足下の岩場を蹴っていた。わずか数歩で彼らの下に駆け寄り、テンを抱き締める。すぐ隣で古峰に羽交い締めされる葉村の姿は、もう目に入らない。


「テン君!」

「ケイ先生」


 いつもの朴訥とした口調に戻ったテンが、ぎゅっとしがみついてくる。小さな頭を、肩を、背中を、自分の胸に押し付けて、ケイトは何度も何度も繰り返した。


「ソーリー。ソーリー、テン君。アイム・ソー・ソーリー。ソーリー」


 喉や鼻の奥がひりひりする。さっきのテンどころではなく、完全に声がしゃくり上げてしまう。ぼろぼろと熱いものが、目の縁からこぼれ続ける。


「アイム・ソーリー。ソーリー……」


 ごめんね、とばかり繰り返すケイトから少しだけ身体を離したテンが、きょとんとこちらを見上げてきた。天使のような目で。きらきらと輝く宝石みたいな瞳で。


「ケイ先生が、なんで謝るの?」

「ああ、うん。ごめん。ごめんね」


 日本語でも同じ台詞を繰り返してしまいながら、ケイトもようやく微笑むことができた。


「私もよくわからない。でも、そっか。なんかおかしいね」


 テンの真似をするみたいに言ってから、身を屈める。頬と頬を擦り付けるようにして、さらに愛情を込めて、小さな身体を自分のすべてで包み込む。


「ありがとう」


 より相応しい言葉をささやくと、小さな友人もまた「うん! ありがとう、ケイ先生」と、華奢な腕に力を込めてくれる。

 砂浜の方から、パトカーのサイレンが聞こえてきた。

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