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DQN  作者: 迎ラミン
第五章 浜
19/23

浜 1

「知ったのは今日です。竹宮町長がバツイチということまでは把握していましたが、お相手の女性や、その方との間に生まれたお子さんについてはノーチェックでした。神輿保存会のことがわかるまでは我々も、彼と事件が繋がるなんて思ってもいませんでしたから」

「でしょうね。娘の私だって、そこは今初めて知りました」


 首を振る古峰に、ケイトは寂しく笑ってみせた。「でも、仕方ないですよ」と続ける。


「さっきもお伝えしましたけど、田舎の閉鎖的な空気が幸浜には残ってるんです。一度身内だと認めた人間には、とことん甘いところとか。町に一所懸命溶け込もうとしていたアメリカ人女性と、三歳までここで育ったハーフの娘のことを覚えていて、その過去を隠してくれてる人だって沢山いるはずです。葉村先生にしているのと同じように」

「だから、ケイ先生は……」

「はい」


 ケイトは素直に頷いてみせた。「だから」の先をみずから補足してゆく。


「日本語が得意なのは当然なんです。二十年以上前とはいえ、もともと少し喋っていたので。町の人に良くしてもらえるのも、今言った通り、私の存在を覚えてくださってる人がいるから。そして田舎らしい横の繋がりで、〝ガイジンさんと結婚してた竹宮さん〟の一人娘が、ALTとして戻ってきた話も広まっているからでしょうね」

「なるほど」

「ちなみに杉野さんも、最初に会った時点で私のことを思い出してくれたみたいです。〝あらまあ、久しぶり!〟って。あとはそれ以上、何も触れないでいてくれますけど」


 語りながら、杉野さんの顔をケイトは思い浮かべた。町の顔役でもある彼女は、野木教育長をはじめとする役場の人々や、その他各方面に対して「ケイ先生に関して、余計なことを言うんじゃないよ」と釘を刺してくれたはずだ。それが町中にも拡散し、お陰でケイトは、ただの「アメリカから来た、ケイト・ファフナー先生」として暮らせている。


「一年だけ通った保育園では、ずっと『竹宮ケイ』っていう名前で過ごしてました。『ケイト』だと、ガイジン、ガイジン、ってからかわれるかもしれないからって、母や先生たちが気を遣ってくれて」


 これもまた、田舎ならではの心配だと今ならわかる。保育園での話だろうがなんだろうが、人種差別とも取れるそんな言動は、外の街なら大問題になっていることだろう。


「そうか。ケイ先生は、本当に『ケイ』さんだったんですね」

「イエス。リアリー、アイム・ケイ」


 心苦しさをごまかすようにおどけて答えると、古峰も小さく笑ってくれた。しかもそのまま、ドキリとするようなリップサービスまでよこしてくる。


「外国人がめずらしい子どもたちもきっと、美人の同級生だとしか思ってなかったでしょうね。髪も瞳も黒くて、凄く綺麗だし」

「サンクス」


 表情を見るに、特に何かを狙ったわけではなく、純粋に褒めてくれただけみたいだ。普段はウブなくせに、と頬が少し熱くなったケイトだが、なんとか気を取り直して話を戻した。


「父――竹宮町長と母がどうして別れたのか、詳しい理由を私は知りません。ある日急に、二人は離れ離れになるからケイはマムに付いていきなさいって言われて、それからひと月も経たないうちにはもう、アメリカに渡って母の実家で暮らしてました」


 以降ケイトは、ケイト・ファフナー・竹宮からケイト・ファフナーとなり、アメリカ人としてずっと生きてきたのだった。ただし、幼い日々を過ごした日本への親近感や憧れは消えず、成長したら再びこの国を訪れたいと願い続けていた。そうして大学卒業後、アメリカでも教員の経験を数年積んだ後、満を持してJETプログラムに応募、狭き門をくぐり抜け、晴れて来日のチャンスを掴んだというわけである。


「ただ、派遣先が幸浜町だと知らされたときは、本当にびっくりしました。日本で育った経験があることはアピールしましたけど、プロファイルにはせいぜい県名くらいまでしか書いていませんから。それに、母が母国で出産したがった関係で私、生まれ自体はアメリカなんです。なので、この町に来たのはまったくの偶然です」

「へえ」

「デスティニーだねってマムは言ってくれたし、私もそう感じてますけど」


 あなたに出逢えたのも、とも付け加えたくなったが、さすがに今は自重する。代わりにケイトは、もう一つ訴えたいことがあった。


「古峰さん。単なる身贔屓かもしれませんけど――」


 言葉にしてから、ああ、「身贔屓」なんて日本語まで私は違和感なく使いこなせるんだ、と実感する。冗談でもなんでもなしに「なかに日本人が入ってる」のだなあ、と。

 すると古峰は、わかっていますとばかりに大きく頷いて、あとを引き取ってくれた。


「竹宮町長についてですよね。より正確に言うなら、竹宮町長の人柄について」

「はい!」


 思わず声が大きくなった。この人と親しくなれて良かったと、心から思う。

 安心させるような笑みを向けて、自分と同じ意見を古峰が口にする。


「神輿保存会に名を連ねているとはいえ、あの町長が復讐のターゲットになるとは正直、僕にも信じられません。何度かお会いしただけですし、もちろん若い頃のことも知りませんが、暴行や恐喝などの犯罪行為をするような人には見えないですから。どちらかと言えば――」

「大人しくて優柔不断、ってキャラクターですよね。むしろ、いじめられそうなくらいの」

「ええ。……って、すみません! ケイ先生のお父さんなのに」

「ノープロブレム。誰が見てもそうでしょうから」


 慌てる古峰に、ケイトの方は笑って首を振ってみせる。実際その通りだった。幼い頃のぼんやりした記憶と、幸浜へ来た初日、他人行儀に一度挨拶しただけの印象しかないが、竹宮が誰かを理不尽に傷付けるような乱暴者=「DQN」だとはとても思えない。

 アメリカへの移住以来すっかり疎遠になっていたので、彼が役場職員を辞めて町長になっていたことや、名簿の不正利用という不祥事を起こしたこと、さらには涙ながらの訴えとともに再当選を果たしたことなどを知ったときは、本当に驚いたものである。


 ちなみに母は元夫婦だからか、それらについてとうに把握済みだったらしい。「カジバノバカヂカラみたいなのだけは、ある人だから」と、娘同様に妙なボキャブラリーまで豊富な日本語をつぶやき、おかしそうに笑っていた。

 いずれにせよ、竹宮を守らないわけにはいかない。性格がどうであれ、ここまでの被害者たちや葉村と同世代で、しかも神輿保存会の一員という点も合致しているのだ。最後のターゲットとして、佐ヶ浜で狙われてしまう可能性は限りなく高い。


「とにかく葉村先生からもう一度、話を聞くしかないですね。確たる証拠はないので、任意での事情聴取になりますが」


 唇を引き結んで古峰が結論づけたとき。

 テーブルの片隅に置いてあった、ケイトのスマートフォンが震えた。振動の間隔が長いので通話着信だとわかる。


「ソーリー」


 古峰に断って手を伸ばしたケイトは、ディスプレイを見た途端、本体を取り落としそうになった。


「!!」

「ケイ先生……」


 発信者名が、横から見えてしまったのだろう。古峰も息を呑んでいる。


《竹宮正彦》


 漢字でしっかりと登録してあるその名を、スマートフォンは大きく表示していた。

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