役場 4
「間違いなく葉村先生が指示を出して、という形でしょう。本当は彼も殺された人間たちから、暴行や恐喝の被害を受けた過去があるのかもしれない」
五分以上経ち、ケイトがようやく落ち着いたところで、古峰はそっと話しかけてきた。ただし、まだ隣は離れないでくれている。
「けど……」
すがるように見つめ返すと、「ええ」と胸の内を察した言葉がすぐ返ってきた。
「仮に自分の手を汚したくないにしても、他にやりようはあるはずですよね。どうして先生は、子どもたちを巻き込んだのか……」
おそらくは首謀者であると判明した葉村のことを、ケイトも古峰も、それでも「先生」と呼んでしまう。特にケイトはその方が自然なのもあるし、何より彼を信じたい気持ちが消えなかった。
「大体、小中学生をヒットマンにするなんて――」
重ねてつぶやいた古峰だったが、突然「あっ!」と大きな声を出した。
「古峰さん?」
びくりと肩を震わせたケイトの眼前で、彼の喉仏がごくりと動く。
「違う」
「え?」
「小中学生だから、だ」
「はい?」
目を瞬かせるしかないケイトに、古峰は噛んで含めるような調子で、妙なことを尋ねてきた。
「サイ君たちの誕生日は、わかりますか」
一人だけではあるが、初めて彼が具体的な名前を口にした。逆に言えば、それだけ切羽詰まっているというか、急いで知りたい事柄なのだともわかる。
「は、はい。ちょっと待ってください」
真剣な眼差しに押される形で、ケイトは素早くパソコンを操作し、まずは中学の名簿を開いた。胸がちくりと痛むのを押さえつけ、同じように直接名前を出して、彼らの誕生日を日付順に読み上げていく。
「サイ君が六月三十日、シーちゃんがその一週間前、六月二十三日です。ホウちゃんは九月十二日、セイちゃんは……えっ!? 十月八日って、この間の事件の前日?」
つい最近だったことに驚いたのもつかの間、今度は自分が「あっ!」と声を上げる羽目になった。今一度、読み上げた四人の誕生日を確認する。けれども間違いない。
「セイちゃんだけじゃなくて、みんな誕生日の直前に……?」
何を、とはこの期に及んでも言いたくなかったが、照らし合わせれば明らかだった。
過去四つの殺人事件は、それぞれを担当したであろう子どもたちの、誕生日直前の週末に行われていたのだ。
「どういうことですか、古峰さん!? 偶然じゃないんですよね!?」
無意識のうちに、ケイトは彼の両腕にすがりついていた。ただでさえショックなのに、さらなる悲しみが追い打ちをかける。祝い、祝われるべき誕生日なのにどうして。
「ええ。おそらく偶然じゃありません。これも葉村先生の指示でしょう。彼はわかったうえで、そうさせたはずです」
一方で古峰は複雑そうな表情だった。痛ましさと、それでもどこかに救いを見出したような、相反する何かが混ざり合っている面持ち、とでも言えばいいだろうか。
小さく息を吐いてから、古峰はその理由について教えてくれた。
「刑法四十一条です。日本の法律では、十四歳未満の少年少女はまだ善悪の判断がつかないと見なして、刑事責任能力を問われません」
「え? じゃあ――」
ケイジセキニンノウリョク、という言葉の漢字だけは明確に思い浮かばないが、言っていることはケイトにもはっきりと理解できた。
「おそらく葉村先生は、現在中学二年のサイ君たちが十四歳になる直前、法に触れるぎりぎりまで身体も心も成長しきったところで、企てを実行するよう指示していたんでしょう」
「じゃあ、本当にあの子たちが犯人だとしても、殺人罪には問われないんですか?」
「はい。もちろん何もお咎めなしというわけではなく、『触法事件』という扱いで児童相談所や家庭裁判所が対応する形を取りますが、今も言ったように刑事事件の罪人にはならないんです。というか、一連の事件が僕らの推測通りだとしたら、小さいときからずっと親しくしている彼らを、葉村先生がなんらかの形で洗脳し、操ったとしか考えられません。サイ君たちには、被害者に対する恨みなんてないはずですから」
「そっか、そうですよね。罪には問われないんだ……良かった」
ほっとしたケイトだが、すぐに思い出した。
もう一人、残っている。
サイたち中学生四人が、十四歳になる直前を狙って行動したことはわかった。しかし。
「古峰さん、テン君は? あの子はまだ小四じゃないですか」
そう。テンはまだ小学四年生だ。十四歳を迎える直前に葉村の指示を実行する、という他の例に倣うならば、まだ何年も猶予がある。
だが一方で、うっすらと感じていた理由に、古峰もまた気付いていた。
「じつは僕もケイ先生の推理を聞いて、最初にそこだけが引っかかりました。けど次で最後なら、もう関係ないのかもしれない」
一つ頷いてから、申し訳なさそうに告げられる。「ケイ先生も言ったじゃないですか」と。
「『まつり』に関係する場所は、あとはこの佐ヶ浜だけなんでしょう」
つまり、これから佐ヶ浜で起きるかもしれない第五の殺人で、一連の事件はようやく打ち止めとなる可能性が高い。逆に言えば、首謀者である葉村の目的も完遂できるというわけだ。ならば警察の手が及ばない今のうち、一気に事を成した方が良いと考えるのではないか。さらに付け加えるなら、何年も間を置けば、ターゲットが幸浜を離れてしまう可能性だって出てきてしまう。
そのターゲットに関して、古峰の方からも新たな事実を教えてくれた。
「じつは我々の側でも、わかったことがあるんです」
「わかったこと?」
「ええ」
そういえば、事件の話をしてもいいかと訊いてきたのは古峰からだったと、ケイトは思い出した。何より彼も、それを伝えたかったのだろう。
神妙な表情のまま、古峰が再び自分のタブレットを手に取る。
「殺された者たちの、さらなる共通点が見つかったんです」
「えっ! 本当ですか?」
ケイトは目を見開いた。
「ええ。というか、お恥ずかしいことにマスコミが一足先に嗅ぎつけたようなんですが。いずれにせよ殺された高田谷、金分、佐田、柳井の四人はともに、御林祭りの『神輿保存会』のメンバーだったことが判明したんです」
「ミコシホゾンカイ?」
聞き慣れない単語に、おうむ返しで訊いてしまう。御林祭りや神輿はわかるので、その関連グループということだろうか。
「文字通り、御林祭りで使うお神輿を保存・管理する、町内在住の男性だけの組合です。といっても普段は御林神社が厳重に保管しているので、大部分の人間は本番でそれを担いで騒ぐだけみたいですけど」
「ああ、法被を着てお神輿を担いでいる人たちですね」
今年も中止になってしまったので、実際の御林祭りを見たことこそないが、すぐにケイトもイメージできた。そうでなくとも日本文化の代表的な光景として、似たような映像や写真が、様々なメディアで紹介されている。
「はい。特に田舎は、ああいうチンピラとかヤクザ者が、祭りに関わることも多いですから。幸浜も例外ではないようです。ご存知の通り、殺された四人ともにそういう人間でしたし」
「なるほど」
繰り返し頷いたケイトは、自分が発見した事実との繋がりも理解した。
「あ! だから、『まつり』に関わる場所で殺された?」
「だと思います」と古峰も首を縦に振る。
「ケイ先生の話と合わせて考えると、四つの殺害現場はつまり、お祭りどころか語源を同じくするどんな『まつり』にもお前らは相応しくないぞ、という意味を込めての選択なんでしょう。関連するニックネームを持つあの子たちを、操るためのこじつけにもなりますし」
「そういうことだったんですね……」
操る、という言葉を再び聞かされ、ケイトは着ているカットソーの胸元をぎゅっと握りしめた。サイたちは小さな頃から、葉村によって心の奥底にそうした意識を刷り込まれてきたのだろうか。
神輿保存会のなかには天罰を受けてしかるべき人間がいる、と。罰を下すことができるのは、『まつり』に縁のあるニックネームを持ち、十四歳になるまでは刑事犯罪に問われない自分たちだけだ、と。
小さな暗殺者として。葉村の秘めた意志を代行する候補者として。
「……ノー」
どうして、と思う。どうしてそんなひどいことを。子どもたちをロボットみたいに扱うような真似を。自分が知る葉村は、生徒想いで優しい教師のはずだ。
口ひげを持ち上げるようにして頬を緩める、穏やかな笑顔を思い出す。キャシーで古峰と食事をするよう勧めてくれた葉村。ハマユウ書店でテンの面倒を見ていた葉村。内藤商店に誘ってくれた葉村。そうやって移住者たちからも尊敬と信頼を集める、むしろ人格者なのに。
「あ」
移住組の人々を思い浮かべた刹那、ケイトの脳裏に光が走った。
「まさか――」
まさかと思う。けれど「だからこそ」とも言える。今日、キャシーとハマユウ書店でそれぞれの主人が語っていた台詞が甦る。
――良くも悪くも田舎なんですよね。
――自分たちだけの感覚になっちゃうんでしょう。
葉村自身もいつだったか率直に、そして嫌そうに評していた。田舎は滅私奉公が当たり前、といった風に。
ルールを守らない、守れない、不良がのさばる土地。
そんな人間が大人になっても住み着き、神事にまで堂々とかかわっている風土。
さらには、みずから「田舎しか知らない」と認めて法を犯す町長。
表立って何かをするわけではないが、それゆえ内に入らないと見えにくい部分。町のこうした側面を嫌う人々は、移住組の人たちも含めて多数いるのだろう。外の世界や現代の一般常識とはかけ離れた、様々なハラスメントが許されてしまう、ひと昔もふた昔も前のような空気を。
「――だから、みんなで?」
「ケイ先生?」
ひとりごちた自分を、古峰が心配そうに気遣ってくれる。ケイトは彼の瞳に向けてもう一度、決意とともに推測を述べた。
「ひょっとしたら町の人たちも、葉村先生に協力していたのかもしれません。もちろん全部が全部じゃないでしょうけど……」
「えっ!?」
切れ長の目を見開く古峰に、「これもカクショウはないんですが」と説明していく。
「私が言うのもなんですけど、幸浜は狭い田舎町です。葉村先生がDQNの人たちにいじめられていたのなら、それを誰も知らないなんてあり得ません。にもかかわらず、彼の計画は成功し続けています。古峰さんたちがずっと捜査を行っているのに、あの子たちの目撃情報はもちろん、葉村先生の動機に繋がる証言すら出ていない」
「つまり――」
「はい。仮に情報を持っていたとしても、警察には話さず、葉村先生やあの子たちを自分なりのやり方でケアしてる人が、町内には沢山いるんじゃないでしょうか。同じようにDQNを憎む気持ちや、彼らみたいなのがいまだにノサバる田舎の空気が許せなくて、だからこそ自分たちで変えなきゃ、っていう想いから」
「町ぐるみでの私刑、というわけですか」
「ええ。やっている側にしてみれば、クリーンナップという感覚なのかもしれませんけど」
難しい問題ね、とケイトはあらためて胸を痛めた。法治国家においてそんな行動は許されない、と正論をぶつのは簡単だ。だが、自分も幸浜にもっと長く住んでいたら、同じように考えないとは言い切れない。少なくとも葉村のサポーター(と、あえて呼ぶことにする)たちに近い行動、すなわち彼や実行犯の子どもたちを、さり気なくかばうくらいはするかもしれない。
「特にキャシーさんやハマユウ書店さん、内藤商店さんといった移住組は、葉村先生と仲がいいみたいですし」
今さらだが、事件直後にそれらの店を訪れた際は、いずれも葉村の勧めや誘いだったり、彼自身が同席していたりした。ひょっとしたら彼から計画の進捗を聞いていたり、実行犯役たる子どもたちを気遣っていたのかもしれない。実際ケイトも、ハマユウ書店ではテンと、内藤商店ではホウと一緒に穏やかな時を過ごしている。
そのことも合わせて伝えると、
「あり得ますね、残念な話ですが。あと、こんなことを言いたくはありませんが、僕がケイ先生と親しくさせていただいてるのを知って、あわよくば警察の捜査状況も探れればっていう狙いもあったのかもしれない」
と、古峰も宙を見つめながら神妙な表情で頷いてくれる。町の人々と積極的に交流している彼だからこそ、同じく思い当たる節があるのだろう。
「それで、古峰さん」
彼の意識を引き戻すように、ケイトはそっとジャケットの腕に触れた。話を戻さなければ、と思ったからだ。まだ触れていない大切な話に。
「ミコシホゾンカイのメンバー内で、次に殺されそうな人も、もうわかっているんですか?」
「!! ……はい」
ハッとなった彼が、一瞬だけ言葉を切る。なんだろう、とケイトが小さく首を傾けたタイミングで言葉が続いた。
「じつは神輿保存会のなかで、被害者たちと同世代の男性はあと一人しかいませんでした。十中八九、彼が最後のターゲットだと考えられます」
「なら、その人が……」
傾けた頭を戻しながら、ケイトはつぶやく。最後までは言葉にできなかった。その男性が、おそらくは葉村によって佐ヶ浜で殺されようとしている。無口で、大人しくて、けれど心優しい小さな男の子を使って。何かを刷り込まれてしまった、あの無垢な手で。
なんとかして止めなければ、と唇を噛みしめるなか、古峰が明かしたのは意外な名前だった。
「その人物は竹宮正彦。幸浜町長です」
「えっ!?」
言葉を詰まらせるケイトに対して、だが古峰はそれ以上は何も言わない。こちらの瞳をそっと覗き込んでくるだけだ。
切れ長の目に映る己の姿を見て、悟った。
この人に隠し事はしたくないと思ったけれど、そもそもできないのだな、と。やはり日本の警察は優秀なのだと。
「ごめんなさい」
堪えきれずに視線が逸れてしまう。
ごめんなさい。いつか告白するつもりではいたの。ごめんなさい。私はこういう人間なの。
ごめんなさい。自分もこの町に所縁があることを隠していて。
「ソーリー」
英語で重ねてから、本当の自分についてケイトは語り始めた。
「知っていたんですね。竹宮町長が、私の父だって」




