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DQN  作者: 迎ラミン
第四章 役場
16/23

役場 2

 いかに町全体が危機感に乏しいとは言え、事ここに至っては、さすがに小中学校も臨時休校となった。期間はとりあえず一週間。その間に警察は「威信を賭けて」、さらなる人員増強とともに捜査を進め、役場をはじめ公共機関も「今まで以上の態勢で全力を挙げて協力する」ということが、あらためて発表されている。

 ただ、町民にも不要不急の外出を控えて欲しいという要請が出たものの、事件から五日経った土曜日現在、こちらはさして大きな効果は上げていないようだった。町でただ一つのスーパーや二軒だけあるコンビニは、変わらず多くの人が出入りし、図書館に町民センター、町立診療所といった施設も、いつも通り高齢者たちがサロンよろしくたむろしているらしい。聞けば感染症が猛威を奮った一時期も、国からの外出自粛要請に、素直に従う人々はむしろ少なかったのだとか。


「こういうところが、良くも悪くも田舎なんですよね。常連さんが変わらず来てくださるのは、ありがたいですけど」

「閉鎖的っていうか、自分たちだけの感覚になっちゃうんでしょう。お陰でいまだに、紙の雑誌もバンバン売れるんですが」


 昼食の購入と、あとは「ヒキコモリ」生活用に本も買い足しておこうと、そそくさと外出した際。キャシーの聖之輔、そしてハマユウ書店の春夫が、苦笑しつつケイトに教えてくれた。同じ移住者組のネットワークによれば、内藤商店もやはり客足は途絶えていないという。


「でもって、テレビの人とか記者とかも来るもんだから、うちら客商売は逆に大忙しなの」

「旅館とか民宿も、むしろ夏休みシーズンみたいになってるらしいですよ」


 というのはそれぞれの夫人、可奈と美智絵の弁である。異邦人の自分は極力外へ出るのを控えているが、田舎町特有の空気というのは、やはりなかなかに厄介なようだ。

 彼らの言葉に頷くとともに、ケイトは竹宮町長のコメント動画を思い出した。皆が不安を抱き、商売をしている人々も困っていることだろう、と彼は真剣に町民を労り、それでも殺人犯には屈しないと力強く宣言していた。しかしながら結果として、あれが空回りになってしまっている。


 まあたしかに、こんなになっちゃったら普通は大人しくしてるものね……。


 なんとも複雑な感情を抱きながら、ケイトは二組の夫婦に挨拶してマンションへと戻った。




 聖之輔が作ってくれた『秋野菜と四種のチーズピザ』と、ハマユウ書店からテイクアウトしたカフェオレで昼食を済ませたケイトは、午前中に引き続いてパソコンを起ち上げた。ブラウザから地図サイトへ飛ぶと、現在地である幸浜町の全域がすぐに現われる。

 地図を拡大して町内のある場所を表示させたケイトは、画面右下のヒト型マークを、そこへドラッグ&ドロップした。目的の地点へと降り立つようなアニメーションとともに、地図全体が実写の3D画像に切り替わる。選択地点からの視野が実際に表示される、ストリートビュー・モードだ。

 十五インチのモニターに映るのは、石造りの大きな鳥居。手前には《御林神社》とかすれた文字で大書された、年季の入った看板。


「OK」


 つぶやいたケイトは、ブラウザ内に別のタブも開いた。検索窓に《神社》と入力し、こちらはネットの百科事典へとアクセスする。英語版の方が読みやすいが、日本語版にはより詳細な情報が書き込まれていることは、他の対象でも把握済みである。わからない漢字も調べながら、引き続き調査を続けるしかない。

 第三の事件のあと、古峰から「場所に着目する」というヒントをもらったケイトは、自身でもこうして、各殺害現場に関する情報を集めているのだった。

 神社、寺、港、役場といった場所の定義や、大体の歴史などについては、ざっとだが見直せた。今は二周目、それぞれ別ページへのリンクが貼られている関連単語から、気になるものをさらに詳しく調べている最中だ。素人に何かできるわけでないことは理解している、と古峰にも伝えたが、何しろ時間はたっぷりある。家にこもっている間、勝手に考えるくらいはいいだろう。


「I believe...」


 カフェオレを一口飲んだ直後に、再び英語がこぼれる。 

 真剣な眼差しでケイトはページ内の、とある単語をクリックした。




 スマートフォンが大きく震える音で、ケイトは顔を上げた。いつの間にか窓の外が薄暗くなっている。休憩を取りながらではあるが、結局夕方過ぎまで、夢中になって調べ物をしていたらしい。

 着信表示を見ると、古峰からの電話だった。


「ハロー」

「ケイ先生ですか。古峰です」

「お疲れ様です、古峰さん。アーユーOK?」


 考えるより先に、彼を気遣う言葉が出てきた。

 どこかのんびりしている町民はともかく、四件もの連続殺人を防げず、なおかつ犯人確保にも至っていない警察に対して、マスコミからの風当たりは相当強い。今朝、めずらしく点けっぱなしにしていたテレビでも、無責任なタレントや、どう見ても「モンガイカン」の元政治家などが、もっともらしい顔で非難のコメントを連発していた。

 なかには、幸浜をロケで訪れたことがあるという芸人もいて、


「私もね、幸浜が大好きなんですよ。人が温かくて魚も美味しい。あの綺麗な港町でこんなひどい事件を起こすなんて、犯人が許せません」


 などとのたまっていたが、同じ人物が竹宮町長の不祥事が発覚した際には、「所詮は過疎の田舎町ってことでしょうかねえ」などと、したり顔で述べていたこともケイトは知っている。言葉を返すようだがそれこそ、「所詮は」低俗なワイドショーね、といったところである。


「マスコミも沢山いて大変でしょう。無理しないでくださいね」


 重ねて労ると、どこか遠慮がちな口調で返された。


「ありがとうございます。ええっと、それでですね、ケイ先生――」

「はい?」


 なんだろう、とケイトが小首を傾げると、古峰は意外なことを尋ねてくる。


「ケイ先生、今、ご自宅にいらっしゃいますか?」

「え? はい、今日は朝からずっとヒキコモってます。お昼ご飯を買いには行きましたけど」

「ご自宅って役場から駅に向かう途中の、杉野さんのマンションですよね。白い壁の」


 すっかり町民に可愛がられている古峰は、ここの大家にして地域の顔役でもある杉野さんとも、馴染みになっているようだ。微笑ましく思ったケイトだが、すぐに彼の言いたいことを察した。


「ひょっとして古峰さん、近くに来てらっしゃいます?」

「はい。じつは今、マンションの前にいます。あ、いや、もちろんストーカーなんかじゃないです! 内藤商店さんに立ち寄ったら、この前ケイ先生がいらしたって仰ってて。しかもなぜか、一緒にどうぞって、お茶菓子までいただいたちゃったんです。ほんとすみません、あの、ご迷惑だったら帰りますので!」

「ワオ」


 驚きつつもケイトは、ラーメン屋の内藤商店がなんでお茶菓子なのか、などとはあえてつっこまないでおいた。きっと内藤夫妻も、自分と古峰が親しくしていることを、口さがない町内の噂で知ったのだろう。それでわざわざ気を遣ってくれたらしい。


「ノープロブレムです。私も、古峰さんに会いたいと思ってましたから」


 明るく続けながら、ケイトは部屋のなかを見回した。普段からこまめに掃除をしておいて良かった。


「お疲れでしょうし、少しお茶でも飲んでいきませんか?」


 なんでもない風を装って誘うと、「は、はい! では、お邪魔させていただきます!」と業務連絡のような返事が返ってきた。一分と経たないうちにインターフォンが鳴り、小さな紙袋を提げた古峰の姿がモニターに映る。


「はーい。今、開けますね。五階の五〇一号室です」

「失礼します」


 いまだに緊張している声色を聞いて、ケイトは思わず笑いそうになってしまった。

 エントランスの解錠ボタンを押すと、再び少しの間が空いてから、今度は部屋のチャイムが鳴る。念のためドアスコープから確認すると、ビジネスデイパックを背負った古峰が、紙袋ごと両手を前に重ねて予想通りの硬い顔で立っている。ただでさえ刑事らしくないのに、これではまるで飛び込みのセールスマンだ。

 吹き出すのを堪え、ケイトは素早くドアを開けた。


「ハイ、古峰さん。ウェルカムトゥマイルーム」

「すみません、ケイ先生。いきなり押しかけてしまって」

「いえいえ。さあ、どうぞ」


 身体を開いて促すと「じゃあ……少しだけ」と彼も素直に応じて、玄関に入り靴を脱いでくれた。


「今、お茶を淹れますね。適当に座っててください」


 ローテーブルを手で示したケイトは、カウンターキッチンの内側に入り、ドリッパーやフィルターを用意し始めた。自分と同じく古峰もコーヒー好きなのは、以前食事をともにしたときわかっている。


「ありがとうございます」


 答えてめずらしそうに室内を見回していた古峰だが、思い出したように「ケイ先生。こちら、内藤さんご夫妻からです」と持っていた紙袋を差し出してきた。デパ地下などでもよく見かける、高級バウムクーヘン店のものである。


「たまたま列が短くなってたんで、僕も遅い昼飯を食べに立ち寄ったら、いただいてしまって」

「あ、ここ知ってます! 有名ですよね。ありがとうございます!」


 様々な種類があるうえ、いずれも美味しい日本のバウムクーヘンも、ケイトの好物なのだった。にこにこ顔で紙袋を受け取ると、「でもなんで、ラーメン屋さんなのにバウムクーヘンなんですかね」と古峰は苦笑を浮かべている。

 ケイトは、わざとらしく小首を傾げてみせた。


「元芸能人さんだから、こういうちょっといいお菓子も手に入りやすいとか?」

「ああ、そうかもしれませんね。でもいまだに、お店にいると不思議な感じがします。あのフィリップ内藤さんと普通に会話して、しかも彼が目の前で作ってくれたラーメンや餃子を食べてるんだなあ、って」


 察するに古峰は、内藤商店にも複数回足を運んで、他の町民と同様に顔見知りとなっている感じだ。だからこそ夫妻も、自分との仲を取り持つような差し入れをしてくれたのだろう。少々照れ臭いが、近々あらためて客として訪れ、お礼を言っておかねばとケイトは胸の内で苦笑した。


「古峰さんは、内藤さんのコメディアン時代をご存知なんですか?」


 さっそくバウムクーヘンを取り出しつつ尋ねてみると、「失礼します」とローテーブルの向こうに正座した古峰が、記憶を探るように目を細めた。


「知ってるというか、テレビでのお姿を子どもの頃、よく拝見してたので。人気のお笑い芸人ていうだけじゃなくて、上手な俳優さんでもあったんですよ。ドラマの脇役とかで、いい味を出してらっしゃいました」

「へえ」


 もう一度、ケイトは内藤の顔を思い出す。長身で清潔感があるので、たしかに「主人公が信頼する同僚」とか、それこそ「気さくな商店の主人」みたいな役はぴったりかもしれない。


「でも今じゃ、すっかりラーメン職人さんですよね。片手間とかじゃなくて、きちんと腰を据えて何年も修行されてからお店を開いたそうですし、本当に凄いと思います」

「ええ。私もこの間、初めて食べさせてもらいましたけど、噂以上の美味しさでした。あれはたしかに、リピーターも途切れませんね」


 カウンターの外と内で和やかに会話していると、コーヒーもすぐに出来上がった。「手伝いますよ」という古峰を制して、切り分けたバウムクーヘンとともに、二人分のセットをトレイで運んでいく。


「うわあ、美味しそうだ。ありがとうございます、ケイ先生。アポなしで来てしまったのに」

「アポなし?」

「あ、すみません。No Appointmentsのことです」

「ああ、アンダースタンド。約束をしていない、って意味ですね。でも気にしないでください。古峰さんならエニタイム、ウェルカムですから。前も言ったじゃないですか、帰れなくなったりしたら、遠慮なく連絡してくださいねって」

「あれ、本気だったんですか?」


 心なしか彼の頬が赤くなっているのを見て、ケイトはまたしてもいたずら心が湧いてしまった。


「あら、ご迷惑でした? それとも何か変なことを考えて――」

「け、ケイ先生! からかわないでください!」


 裏返った声を発した古峰は、コーヒーのマグカップを口元に持っていき、不自然に顔を隠している。本当にウブな人だ。

 それでもなんとか動揺を抑え込んだらしく、実際に一口コーヒーを飲んだところで、彼の表情があらたまった。


「ケイ先生」

「はい?」

「ちょっと、事件の話をさせてもらってもいいですか」


 来た、とケイトも口元を引き締める。もともと自分も、そのために彼と早く会いたかったのだ。


「オフコース。私からも伝えたいことがあるので」


 しっかりと頷いて、ケイトは立ち上がった。

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