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DQN  作者: 迎ラミン
第四章 役場
15/23

役場 1

 殺害現場への着目という切り口は、だが残念ながら、捜査の進展には繋がらなかった。十月になっても結局、それらの場所からの遺留品はもちろん、被害者や不審者に関する新情報なども出てきていない。


《何かあるとは思うんですが……すみません》


 悔しそうに古峰は語るが、警察がこれだけ動いてもわからないものは仕方ない。町民たちも理解しているのか、もとより危機感が乏しかったことも手伝って、今や以前と変わらない空気を取り戻しつつある。もはや幸浜町では、未解決の連続殺人事件が傍らにあることが、日常と化してしまった感すらあった。

 ケイトの職場である小中学校も、教員や地域のボランティアによる通学路の見張りこそ継続しているが、授業も学校行事もほぼ通常通り。幸浜中では来月の文化の日に合わせて、例年と変わらず文化祭を開催することも決定した。さすがに外部からの観覧は、保護者のみに限定するそうだが、そもそも学校行事を訪れる部外者は大半が保護者なので、こちらも変化なしと言っていい。生徒たちも、クラスや部活ごとの展示・発表に向け活気付いている。


 というわけで、ケイト自身も英語研究部の副顧問として、少々慌ただしさが増してきていた。セイたち部員が以前から取り組んでいる、《日本のアニメを英語で吹き替えてみた》動画の制作を指導するためである。ストレートすぎるネーミングはさておき、彼女たちは今年もいくつかの動画を文化祭で上映するのだという。


「ケイ先生、今の台詞、Would youの方が合ってると思いますか?」

「ケイ先生、発音のチェックお願いします!」

「あ! この場面、shyとguyで韻を踏めば格好良くないですか? ありですよね!」


 等々、部活中も今まで以上の頻度で、質問や要望が飛んでくる。加えて活動がない日も皆で自主的に集まって、台詞の録り直しをしたり、動画を映すモニター脇に掲示する説明用のボードを作ったりと、相当に力を入れて準備中らしい。


「最優秀発表に選ばれると、景品がもらえるんです! 去年はカフェのチケットだったけど、今年はテーマパークのパスポートにグレードアップするって噂もあるし」


 目を輝かせるセイに、それが理由だったのね、とケイトは苦笑させられたものである。ともあれ、充実した様子の彼女たちを微笑ましく見つめながら、みずからも文化祭当日を楽しみに日々を過ごしていた。

 しかし。

 そんな最中に、第四の事件が発生した。




《幸浜町民の皆様。町長の竹宮です。六月から我が町で起こっている連続殺人事件ですが、大変残念なことに犯人はいまだ捕まっておりません。皆様におかれましては、事件があった現場に近寄るのが怖い、このままお子さんを学校に通わせていいものだろうか、といったご不安やご心配を抱かれている方も多いことと思います。また、ご商売をされている方は、事件の影響で町外からのお客様が減ってしまったりと、間接的ながら実害を被っていらっしゃるところもあるのではないでしょうか。かようなまでに町の治安が乱れてしまっておりますこと、町政を預かる身として心よりお詫び申し上げます。

 ですが私、竹宮は町長として、皆様に再びチャンスを頂いた者として、ここに宣言致します。幸浜町は、私たちは、殺人犯などには決して屈しない! 脅えない! 怯まない! 愛する町のため、私自身も可能な限り警察に協力し、六千五百二十人の町民を、これ以上は誰も手にかけさせません! どうか、今しばらくのご辛抱を。そして不審者や怪しい行動を見かけたら、警察もしくは役場までお気兼ねなく通報してください。我々は必ず、平和な幸浜を、美しい町を取り戻してみせます。いや、みんなの手で取り戻しましょう!》


 パソコンのなかで熱弁を奮う竹宮町長の姿を、ケイトはどこか冷めた目で眺めていた。


 意外と演説は上手なのね。


 雇い主に対して失礼な感想ではあるが、心が自然にそう思ってしまうのだから許して欲しい。

 十月の第二月曜日。スポーツの日。

 異例とも言える動画が町の公式チャンネルにアップされたのは、その竹宮の仕事場でもある町役場の駐車場で、第四の撲殺死体が発見された数時間後のことだった。ただしさすがに役場で撮影したのではなく、徒歩三分の場所にある公共施設、『町民センター』内で撮ったようだと、背景などから推測できる。

 いずれにせよ古峰たちの奮闘も空しく、またしても事件は起きてしまったのである。




 殺害されたのは(やな)()(ふとし)、五十三歳。例によって、これまでの被害者とも繋がりのある元不良で、今は実家の酒屋を手伝っていたという。とはいっても実態は、年老いた父親が道楽がてら続けている店で時折力仕事をする程度、あとは両親の年金をかじって暮らす、俗に言う「パラサイト中年」に過ぎなかったようだ。歩き煙草やゴミのポイ捨て、酔っぱらっての徘徊なども常習で、やはり近所での評判は良くない人物だったらしい。


《幸浜の連続殺人、またDQNがやられたって。ざまあ》

《まったく同情できないな。今まで殺されたのも、ヤンキー上がりのクズばっかなんでしょ》

《ま、自業自得だよね》


 ネット上の反応も、過去三つの事件をなぞるように冷ややかだった。

 今回もケイトは、多くの町民と同じくスピーカーからの町内放送によって、事件の発生と死体発見現場を知った。直後に古峰から電話が入って、安全のため自宅から出ないよう言われたのも、第三の殺人のときと同様だ。

 町役場は自宅マンションからほど近いので、じつは第一、第二の事件みたいに現場を覗こうかとも考えたのだが、彼からの連絡は、まるでそれを見越しているかのようでもあった。


「子どもたちにも、くれぐれも家から出ないよう伝えてあげてください。SNSで嗅ぎつけたようで、周辺はもうマスコミの連中も沢山来ちゃっています」

「サンクス。古峰さんもどうかお気を付けて」

「ありがとうございます。またご連絡します。それでは」


 古峰の言葉通り、スピーカーの向こうからはガヤガヤした声が漏れ聞こえていた。というか、耳を澄ますとマンションの外でも、車のクラクションなどが鳴っている気がする。建物の最上階、五階にある自室のバルコニーに出て、ケイトはあたりを見下ろしてみた。


「オー、マイゴッド……」


 案の定、この田舎町ではあり得ないはずの渋滞が、役場へと続く道路で起きている。

 思い立って室内に戻り、普段はあまり見ないテレビも点けてみる。


「ワオ!」


 こちらも、なんだか現実ではないみたいだった。画面のなかに、よく知っている町役場の建物がほぼ真上から映し出されている。ドローンによる空撮のようだ。出入り口の正面、五台程度しか駐められない狭い駐車場には、《幸浜町役場》と記したテントと、周囲を覆うブルーシート。役場から借りたらしいテントの下が殺害現場らしく、時折ブルーシートが小さくめくれ、紺色の服を着た人が出入りしている。鑑識課員だろう。

 ここからの展開もまた、少なくともケイトの周囲に関しては、第三の事件とまったく同じだった。野木教育長や小中学校の校長、教頭、学年主任から入る、子どもたち全員の無事の報告。明日からの学校運営に関しては決定次第連絡があるので、待機するようにという指示。その前に、ケイト以上に自宅の近い葉村が心配して電話をくれたのまで同様で、まるでデジャヴだとすら思ったほどである。

 しかも葉村は、今回も教え子と一緒にいた。


「ケイ先生! ケイ先生は無事? 大丈夫ですよね?」


 真剣な声はセイだった。


「セイちゃん? どうしてあなたが、葉村先生と一緒に?」

「放送がかかるより先に、なんか外が騒がしいから起こされちゃったんです。で、どうしたんだろうって外に出てみたら、葉村先生が通りがかって。私んちも役場のそばだから」

「ああ、そうだったわね」


 言われてケイトは、セイの自宅が役場から続く道の先、山石地区に入ってすぐのあたりだったと思い出した。葉村、そしてテンの家も同じ通り沿いだったはずだ。


「あ、葉村先生に代わります」と、通話相手が葉村に代わった。

「葉村です。私の方は前と同じく、朝の散歩に出かけるところでした。それでセイちゃんに会って、なんだか人も車も多いけどまさかね……なんて話してたら、本当に放送がかかったというわけでして。ああ、今はもう私の家の庭なので安心してください。この電話が終わったら、すぐにセイちゃんを家まで送り届けます。ご両親にも連絡済みですので」

「ありがとうございます」


 担任というわけではないが、スマートフォンを持ったままケイトが頭を下げると、「いえいえ。同じ町内ですし、僕にとっても大事な教え子ですから」といつもの優しい声が返ってきた。


「学校の今後については、また教育長や校長、教頭から連絡があると思います」

「ですね」

「なんだかデジャヴみたいですが、ケイ先生も引き続きお気をつけて」

「はい、葉村先生も。どうもありがとうございました」


 葉村も同じ感想を抱いていたようで、そのこともケイトの心を少しだけ落ち着かせてくれた。ただしあくまでも、少しだけだ。


 大丈夫だよね……。


 そっと胸を押さえてスマートフォンを下ろす。

 無意識のうちに動かした視線が、あの松竹石のキーホルダーを捉えていた。

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