港 4
車で迎えに来たホウの母親に揃って挨拶した後、葉村は予定通り、ケイトの自宅近くまで送ってくれた。彼の方はケイトの住むマンションからさらに十分ほど歩いた場所にある、町役場近くの古い一軒家に住んでいるそうだ。そこで「家と一緒でまだまだ元気な」両親とともに暮らしていると言う。
葉村に礼を伝えて別れ、部屋に帰ってシャワーも浴びたところで、ローテーブルに置いたスマートフォンが震えた。古峰からのメッセージだった。まさか見ているわけではないだろうが、このタイミングがすっかりお約束になりつつある。
《古峰です。今日もご無事でしたか? 変わらず毎日幸浜に来ているのに、ご挨拶もできなくてすみません。ケイ先生たちが安心して暮らせるよう、引き続き微力を尽くします》
エアコンの風に当たりながら、ビジネスメールみたい、とケイトは苦笑した。彼からの最初のメッセージはいつもこんな感じだ。真面目な性格が表われているとも言えるが、もう少し「トモダチイジョウコイビトミマン」っぽい言葉遣いでもいいのに、と勝手に思ったりしてしまう。
ただ、古峰とのメッセージが続いているお陰もあって、苦手だった漢字のボキャブラリーも飛躍的に上がってきた。今のケイトは、この程度の文面は苦も無く理解できる。
《Thanks. Can'I call you ?》
当てつけというほどではないが、わざと砕けたフレーズの英語で返してみた。すると十秒も経たないうちに、今度は長く本体が震えた。
「ハロー」
「もしもし? 今、大丈夫ですか?」
「オフコース。またお風呂上がりですよ」
「そ、そうですか」
彼がドキリとすることもわかっているので、これまた確信犯でのひとことである。職業柄仕方ないとはいえ、夏休みに食事して以降は二度目のデートもできていないので、からかうくらいは許して欲しい。
こちらのそんな気持ちを知ってか知らずか、古峰が伝えてきたのは、またしても事件絡みの報告だった。だがケイトも気にはなっているし、何より捜査関係者である彼から直接話を聞けるのは貴重なので、結局はいつも熱心に語り合ってしまうのである。
「じつは今日、野明さんがちょっと気になることを言ってたんです」
「野明さんて、古峰さんとバディだけどアローンで動いてる刑事さんですよね」
最初の事件で軽く挨拶しただけの、野明刑事の顔をケイトは思い出した。自身もあのあと何回か姿を見かけたが、神奈川県警から来ている彼は、なんとか手柄を立てようと相変わらず一人で動き回っているようだ。とはいえ古峰も古峰で、同じく一人の方がやりやすそうだというのを、ケイトも今ではよくわかっていた。
サイたちを紹介したときもそうだったが、良い意味で刑事らしくない彼は、幸浜に通うこの三ヶ月で、すっかり町の人々と顔馴染みになったらしい。聞くところによれば、「古峰君」や「古峰ちゃん」、果ては「イケメンさん」などと呼ばれて、特に昔から住んでいる中高齢者に可愛がられているのだとか。
「古峰さんでしたっけ、あの刑事さん。土曜は山石海岸で漁師さんたちと、なんだか楽しそうにしてたみたいですよ。お昼もご馳走になったりして」
「ケイ先生。昨日、彼氏さんに会ったわよ。またおばちゃんたちで囲んじゃった。ごめんねえ、みんなイケメンが大好きだから」
中学の教頭や大家の杉野さんからも、そんな風に言われたことがある。ちなみに杉野さんは、ケイトと彼の距離が縮まるきっかけとなったキャシーでの食事風景を、店の外からたまたま見かけていたそうだ。「ノー! 彼氏とかじゃありません!」と、即座に否定はしておいたが。
ともあれ古峰が町に溶け込んで、捜査もスムーズに行えているという事実は、ケイトとしても嬉しかった。逆に「私なんて毎晩お話してますよ」と、勝手に自慢したくなるくらいである。
そうしたなか、少なくともキャラクター的には古峰と正反対に見える野明が、何か新しい情報を掴んだらしい。
「野明刑事が、何か手がかりを掴んだんですか?」
なんだか悔しく思いながらケイトが尋ねると、古峰はそれを感じ取ったのか、小さく笑って答えた。
「いえ、手がかりではないんですが、新たな着眼点とでも言いますか」
「チャクガンテン?」
記憶にある単語だったので、漢字を思い出す。古峰も「すみません」とすぐに言い直してくれたので、期せずして二人の声が重なった。
「ビューポインツ、ですね」「ビューポインツ、です」
今度は揃って吹き出してしまったが、ケイトは笑顔のまま先を促した。
「野明刑事の新しいビューポインツって?」
「ああ、それはですね――」
一瞬だけだが、躊躇するような間の意味をケイトはすぐに察した。自分から話を振ったとはいえ、捜査に関係する内容をどこまで話していいものかどうか、古峰は考えているのだろう。仲良くしてくれるのに甘えて、逆に申し訳ないことをしてしまったとケイトは反省した。同時に頭をフル回転させて、これまでと違う新たな「ビューポインツ」を考える。
連続殺人事件の動機――これは被害者たちがDQNであることから、怨恨絡みだろうとはっきりしている。
凶器――そこに意味があるのかどうかはわからないが、幸浜特産の松竹石であると、これもわかっている。
殺害時刻――三件目だけ曜日が異なるものの、深夜から早朝にかけてというのは、いずれも同じ。明らかに人目を避けるためだろう。
「あっ! じゃあ――」
彼から言わせるわけにはいかない新たな着眼点を、ケイトはずばり指摘した。
「殺害現場、ですか?」
「はい。その通りです」
ビンゴだった。たしかに、まったくと言っていいほど気にしていなかった。古峰も素直に「新たな」着眼点と言っているのだから、警察も同じだったようだ。
第一の事件は御林神社。
第二の事件は竜泉寺。
第三の事件は幸浜港。
なぜ、これらの現場で事件が起こったのか。
「まず考えられるのは、いずれの場所にも凶器となる松竹石があったから、ということです。やはり犯人は松竹石での撲殺にこだわって、三人をそれぞれの現場で殺害した。どうやっておびき出したのかなどは、まだわかりませんが」
「私もそう思います。やっぱり松竹石がキーなのかな、って」
同意するケイトに、古峰はさらに続ける。その声はすっかり真面目なものになっている。
「他には動機と絡めて、ですね」
「動機と?」
「ええ。暴行や恐喝に対する復讐だとするなら、あえて同じ現場で仕返しをした、ということもじゅうぶんに考えられます」
「ああ、なるほど。たしかにどこも、人目に付かない場所がありますもんね」
ケイトが頷く通り、神社も寺も、そして港も、木や建物、墓石、舟に漁業用具といった大きなものが沢山あるため、物陰には事欠かない。殺された三人が、かつてそうした場所に誰かを連れ込んで、卑劣な行為を行っていた可能性はじゅうぶんにある。
「あ」
宙を見つめて考えていたケイトは、もう一つの事実に気が付いた。
「松竹石を使うことと、以前に襲われた場所でっていうのは、両立もしますね」
「仰る通りです」
我が意を得たり、とばかりに古峰もすかさず相づちを打ってくれたので、少しだけ早口になってしまいながら言葉を重ねる。
「昔、DQNから暴行や恐喝を受けたすべての場所に、じつは由緒正しい松竹石があった。だから、それを使ってテンチュウを加える。悪を裁く」
「ええ。そういった思考の下で、犯人は行動したのかもしれません」
彼の口ぶりからも、この合わせ技の理由を第一に考えているらしいことがわかる。
「ですからあらためて、数十年前も含めてそれぞれの現場で被害者たちを見かけた記憶がないか、暴行や恐喝めいた声を聞いたことがないか、といったところを町の人たちに聞き込んでみようかと思っています。同じようなことを覚えてる方がいらっしゃったら、ケイ先生もぜひご紹介ください」
「わかりました」
先ほどよりも力強くケイトは頷いた。殺害現場への着目。掴むまではいかないにしても、事件解決への糸口が、少しだけ手に触れたような気がする。発見したのが野明というのは悔しいが、まあ些細なことだ。何より古峰も前向きだし、やる気に満ちているのがわかる。
「何か情報があったら、必ずご連絡しますね」
伝えながら、ようやく二度目のデートができるかもしれないとも考えてしまい、慌てて頭を振った。髪が通話口に触れたようで、古峰が怪訝そうな声を出す。
「ケイ先生? 大丈夫ですか?」
「ソーリー。髪の音です。お風呂上がりで、まだ濡れてますから」
「あ、ああ、すみません」
やっぱりウブな人だ、と内心で笑ってしまう。ともあれ三つの殺害現場について、自分も町の人間としてもっと勉強してみよう。被害者の目撃談などでなくとも、この間の動画のように何かが見つかるかもしれない。
自身もやる気が湧いてきたケイトは、ストレートな誘いを口にした。
「事件が解決したら、食事だけじゃなくて、二人でどこかにお出かけしましょう」
「は、はい! 喜んで!」
嬉しそうな返事が、今日一番の早さで耳に飛び込んできた。




