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DQN  作者: 迎ラミン
第三章 港
12/23

港 2

 幸か不幸かはわからないが、小中学校ともにリモート授業化は回避された。警察も正式にコメントしている通り、怨恨殺人であろうということや、何より子どもたちと保護者、そして教員の双方がそれを避けたがったのが大きかったようだ。

 アメリカも大差ないが、感染症の流行でリモート授業を余儀なくされた際は、幸浜もまたいろいろと大変だったらしい。ネット環境が各家庭で違うことや、どこかしらで必ず起こる通信の不具合。また、授業によっては通信負荷を軽減するため、クラスを二つに分けて二部制にしなければならなかったりと、ハード・ソフト両面で、通常の対面授業の何倍もの課題が発生したという。しかも、それらをクリアしてようやく実施したにもかかわらず、「普通に授業を受けた方がわかりやすい」という声が圧倒的だったとか。


「だったらそのぶん、登下校の際の安全管理に注力した方が良いのではと思いまして」


 と野木教育長が提案し、引き続きの集団登下校に加えて、保護者や教員による通学路各所の監視、中学は部活動の日数と時間制限をより徹底するということで、即座に話はまとまったのだった。

 かくしてケイトも、週明けからいつも通りの対面授業を行い、あとは持ち回りで週に二、三日、生徒たちの通学路に立つというだけで済んでいる。


 一方で、警察の捜査は遅々として進んでいない様子だった。古峰とは変わらずメッセージをやり取りしてはいるが、彼にしては返信の遅い日が増えた気がする。また、例によって単独行動しているらしい彼のバディ、野明や、同じように目付きの鋭い男性が町内を歩いている姿も、今まで以上に見かけるようになってきた。

 追加された情報はといえば、三番目に殺されたのが()()(よう)(いち)という五十一歳の男性で、これまでの被害者である高田谷や金分とも知人の、やはり元不良ということ。そして凶器がバレーボール大の松竹石だったという、言わば予想通りのものだけである。


 そんななか。

 手がかりめいたものをケイトが発見したのは、まったくの偶然からだった。




 三つ目の事件から五日後、金曜の夜。翌日が休みということもあり、ケイトはいつもより夜更かしをして、松竹石や幸浜町の歴史、町で起きた最近の出来事などについて再び調べていた。

 すると、なんとはなしに開いた《幸浜町議会 四月》という動画に、気になる人影を見つけたのである。

 それは幸浜町の公式チャンネル(を一応は持っていたようだ)内にあるもので、同じく過去の町議会風景や、竹宮町長みずからが感染症予防ワクチンの接種を受けて、安全性をアピールする別の動画とともに投稿されていた。


「あれ?」


 つぶやきながら、ケイトはスライダーを少しだけ戻した。五ヶ月ほど前に開かれた町議会の一部分が、繰り返し再生される。

 議題に上がっているのは、役場職員時代に竹宮町長が犯した過ちに関してである。すなわち、町民名簿の不正持ち出しと選挙利用。これらは地方公務員法や公職選挙法の違反、さらには窃盗や建造物侵入といったものまで該当する立派な犯罪行為だと、何名もの議員が声を荒げて指摘している。法律用語などはさすがによくわからないが、竹宮が激しく糾弾されている様子は嫌でも理解できた。

 画面外からも、議員に同調する複数の声がマイクに拾われる。どうやら傍聴人たちのようで、多くは議員同様に町長の不正を咎めるため、集まっているようだ。


 ケイトが引っかかったのは、特に発言の多い中年の女性議員が、「町長はじめ関係者を、町として刑事告訴すべきです! 自分で自分を告発して、けじめを付けてください!」と甲高く述べた直後の部分だった。

 彼女にフォーカスすべく、カメラの角度が変わる。合わせてフレームインする、パイプ椅子が並べられただけの傍聴人席。傍聴人の数はせいぜい二十人程度だろうか。しかもさすがは過疎の町、時間に余裕があると思しき高齢者ばかりである。

 ただ、席の後方にそれよりは年の若い男性が二名、腕を組んでふてぶてしく座っていた。

 動画を全画面表示にして、男性二人の顔を今一度たしかめる。

 瞬間、思わずケイトは息を止めた。


 DQNの人たち……!


 間違いない。傍聴人席の最後列にいるのは、連続殺人の最初と二番目の被害者、たしか高田谷某と金分某とかいう名前の男性だった。

 狭い田舎町のこと、古峰から写真を提示された高田谷だけでなく金分、そして先日殺されたばかりの佐田という男についても、ケイトは顔を把握している。同僚教師や大家の杉野さんが、「この人よ」と卒業アルバムやら御林祭りの際に映り込んだ画像やらを、彼らの悪行に関する噂とともに、勝手に見せてくれたからである。


 けど、ホワイ?


 眉根を寄せて考える。ということは、彼らも竹宮の不正に対して怒りを覚えていた? もしくは単純に、町政への興味があって傍聴していた? いや、少なくとも後者はないはずだ。偏見かもしれないが、大した学歴も職歴もないチンピラが、そんな真っ当な理由で議会を傍聴するなど考えられない。


 う~ん、でも……。


 前者だとしても、ケイトには理由が今一つわからない。町民たちからも嫌われるようなDQNに、そこまでの遵法意識や郷土愛があるだろうか。それこそ時間と暇を持て余す身ということで、話題にかこつけて自分たちも町長をいじめに来た、という方がよほど納得できる。


「あっ!」


 刹那、頭のなかに光が走った。いじめ。まさか……。

 しかし本人に尋ねるわけにもいかないので、ネットを検索してあらためて確認する。

 記憶はやはり間違っていなかった。この可能性は当てはまる。

 真剣な表情で、さらにいくつかの議会動画も閲覧した後、ケイトはスマートフォンを手に取った。




「夜分にすみません、古峰です。ケイ先生、どうされました?」


《事件のことで話があるんですが》とメッセージしたところ、古峰は久しぶりに直接電話をかけてきてくれた。つい頬が緩みそうになったが、今はそれどころではない。


「ハロー、古峰さん。こちらこそ、お忙しいのにすみません」

「大丈夫ですよ。一昨日は署の仮眠室でしたけど、昨日と今日はこうして家に帰れてますし」


 明るい声からは、言葉通りそれほど疲れた印象も受けない。ほっとしながら、ケイトはさっそく本題に入った。


「あの、じつは今、町議会の動画を見てたんですけど」

「町議会?」


 さすがに予想外の単語だったのか、古峰はきょとんとした反応を返してくる。


「はい。事件について考えていたので。……あ、ごめんなさい! もちろん警察を信頼してますし、素人が何かできるわけじゃありませんから、なんとなくです!」

「いえいえ。我々が犯人を確保できていないのは、事実なので。むしろケイ先生にまでそんなことを考えさせてしまって、本当に申し訳ないです」

「ノー。お気になさらないでください。古峰さんが頑張ってくださっているのは、よくわかってますから」


 いつの間にか古峰個人に対するフォローになってしまっているが、気付かないままにケイトは続けた。


「それで、去年から今年にかけて開かれた町議会の動画にですね」

「はい」

「殺された被害者たちが、映っていたんです」

「えっ!? 本当ですか? そこまでは知りませんでした」

「はい。動画によって違いますけど、まだ被害に遭っていない、でも同じようにDQNぽい人も含めて、常に二人以上で議会をボーチョーしてました。他の人たちと一緒に、町長に野次を飛ばすシーンが映っているものもあります」

「なるほど」


 スマートフォンの向こう側から聞こえてくる古峰の声は、けれども思ったより落ち着いている。「まだ」被害に遭っていない、などという失言についても、特に指摘してこないほどだ。

 違和感を覚えたケイトは、怪訝な顔になって問いかけた。


「あの、古峰さん」

「はい?」

「ひょっとして警察でも、このことはご存知だったんですか?」

「いえ」と即座に答えた彼から、先ほどと同じ台詞が返ってくる。

「そこまでは知りませんでした。ありがとうございます」

「あっ! じゃあ……!」


 言葉の意味を察して、ケイトは目と口を丸くした。ということはいずれにせよ、自分が発見したものと同じ可能性に、古峰たちも気付いていたのだ。


「すみません。僕の方から話すわけにもいかないので」


 彼の言葉に頷いたケイトは、自分から言及することにした。下唇を少し舐めてから、はっきりと口にする。


「よく考えたら()()()()()、殺された()()()()()()()()()()()()()()()。つまり彼も、被害者にいじめられていた可能性がある」

「はい、仰る通りです。学年で言うと殺された高田谷たちの一つ下、三番目の佐田と同学年になります」


 これこそが、ケイトが気付いた事実だった。


「あの、町長へのジジョーチョーシュとかは、もうされたんですか?」


 緊張を覚えながら尋ねると、古峰はあっさり「ええ」と認めた。けれども落ち着いた声音は変わらない。


「でも安心してください、ケイ先生」

「え?」

「竹宮町長にもアリバイがありましたし、そもそも彼は、いじめられたりはしていなかったそうです」

「そうなんですか? ……良かった」

「ですから葉村先生と同じく、彼も容疑者からは外していいんじゃないでしょうか」


 古峰の口調には、いつしか優しい響きも混ざっていた。全国レベルの大問題を起こした竹宮だが、同時に彼はケイトの雇い主でもある。そういった関係も、考慮してくれているのかもしれない。


「じゃあどうして、あの人たちは町議会になんていたんでしょう」

「さあ。僕も今、ケイ先生から伺ったばかりですし、こればっかりはなんとも。ぱっと思い浮かぶのは、竹宮町長の不祥事にかこつけて強請りをかけようとか、単純に、それこそ弱いものいじめをしたくなった、とかでしょうか」

「なるほど。これからあらためて、いじめようとしてたかもしれないんですね」

「あくまでも可能性ですけどね」


 あらためていじめる、という言い方がおかしかったのか、答える古峰の声が若干揺れている。とはいえケイトも、いつものようにリラックスして話せる方が嬉しい。


「とりあえず僕の方でも、町議会の動画をチェックしてみます。殺された三人以外にも、ガラの悪そうな中年が映っているんですよね」

「はい。その人たちが本当に、狙われるかどうかはわかりませんけど」

「いえ、警戒するに越したことはありませんし、名前や身元を調べて、議会を傍聴していた理由もたしかめてみます。貴重な情報をどうもありがとうございます」

「ユーアーウェルカム。お役に立てたなら良かったです。でも引き続き、ご無理なさらないでくださいね」


 心から伝えると、例によって「はい。ケイ先生も、どうぞお気を付けて」と逆に気遣ってくれる答えが返ってくる。そのまま二人は、落ち着いたらまたどこかに出かけようとささやかな約束もして、和やかに通話を終えた。




 スマートフォンを置いたケイトは、開きっぱなしだったパソコンの画面を眺めながら、小さく息を吐いた。

 もしや、と焦った竹宮町長犯人説だったが、幸い彼も容疑者から外れるようだ。ならば本当に、犯人は何者なのだろう。三件もの連続殺人を犯しながらも、警察にすら足取りを掴ませないとは。余程の知能や、嫌な話だが殺人のノウハウを持っている者なのか。それとも……。


 ぐるぐると考えても、当然ながらさっぱりわからない。何しろ被害者たちは多くの人を傷付け、恨みを買っていたDQNである。動画のお陰で次の候補が見つかったようにも思ったが、よく考えたら彼ら以外にも、似たような者が近辺に複数いるのではないだろうか。

 具体的に誰、というのを聞いたことはない。しかし小学校の職員室で、子どもたちの大学進学率か何かの話になった際、葉村が「この町はまだ〝昭和〟なんです」と、恥ずかしそうに苦笑していた覚えがある。田舎なので、低学歴のまま水商売や肉体労働に就くしかなかったり、「デキチャッタコン」(というらしい)で、二十歳前後のうちに結婚する人間も多いのだとか。


 でも、別に治安までは悪くないんだけどなあ。


 黒髪をさらりと揺らして、ケイトは小首を傾げた。

 アメリカと比べれば、女性が夜中に一人で出歩ける時点で安全すぎるくらいだし、自分もすっかりそれに慣れて、のほほんと部屋着のままでコンビニへ出かけてしまったりしている。最初の被害者である高田谷某が、この近くで目撃されてはいたそうだが、それにしたって揉め事を起こしたとかではなく、単純に姿を見たというだけの話らしかった。


 まあ、揉め事どころかシリアル・マーダーが起きてるんだけど……。


 最近では脳内でつぶやくときも、英語と日本語が自然にブレンドされる。まだ半年も暮らしていないものの、やはり日本という国は自分に合っているのだと、こんな状況にもかかわらずケイトは微笑んでしまった。自分たちALTは基本的に一年契約の身だが、可能ならば再任用を重ねてもらい、最長とされる五年間、この国で生活してみたいとも思っている。

 連続殺人事件のことは、ALTのマネージャーたるJETプログラム運営団体『自治体国際化協会』も無論把握しており、じつは先方から、派遣を中止し帰国しても構わない、という連絡だって受けている。けれども今のところ、そんな気持ちは欠片も湧いてこない。古峰たちが必ず事件を解決してくれると信じているし、何よりサイたち五人組をはじめとする教え子の皆が、ケイト自身も大好きだからだ。


「そうだ」


 ニュースを知って、マネージャーどころではないレベルの心配をしてくれている相手を思い出し、ケイトは慌ててメールアプリを起ち上げた。


《Dear, Mom》


 母親から届いていたそれに、久しぶりにオール英文での返信を記していく。


《警察官の()()もできたから安心して》という内容のところで、単語をboyfriendにしようかと一瞬だけ迷った。が、「サキバシリはよくないわね」と苦笑して、結局friendのままキーボードを叩いていった。

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