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DQN  作者: 迎ラミン
第三章 港
11/23

港 1

【連続殺人事件、いまだ手がかり掴めず】

《K県の西端、幸浜町で六月に発生した二件の連続殺人事件だが、二ヶ月を経たにもかかわらずいまだ解決していない。現在のところ判明しているのは、


・被害者はいずれも五十代の中年男性で、元不良

・殺害方法は、神社の力石や墓場の香炉を鈍器に使った撲殺

・指紋やDNAといった犯人に繋がるものは発見されず

・深夜から早朝にかけての犯行だったため、不審者等の目撃情報はゼロ


 といった事実のみ。殺された二人の経歴から、捜査本部は怨恨による殺人と見て捜査を続けているものの、大きな進展のない状況に、住民たちからは不満の声も上がり始めている。

 なお、現場となっている幸浜町は昨年、竹宮正彦町長による住民名簿の流出、及び選挙への不正利用という事件が起きたことで、ニュースになったばかりでもある。》




 九月に入り、二学期が始まった。

 夏休み期間中、ケイトは週に二日ほどは中学校に顔を出し、英語研究部を指導したり、グラウンドに出てテントの陰から運動部の試合を応援させてもらったりと、予定通り積極的に生徒たちと触れ合った。いつだったか葉村が、望まない時間外労働はすべきでないと教えてくれたが、これらに関しては逆に自分自身が好きでやっているし、特に問題はないはずだ。お陰で生徒たちだけでなく、普段あまり話をする機会のない、サッカー部や野球部の顧問を務める体育科の先生たちとも仲良くなれた。

 また、小学校もプールの開放時間を何度か覗きに行き、サイたちに連れられて楽しそうに泳ぐ(意外にもかなり上手だった)テンの姿も見ることができた。


《自分で言うのも変ですけど、我ながら充実したSummer vacationでした。古峰さんともお食事できましたし》

《それは良かった。僕の方も、いい息抜きになりました。暑いなか、小野原まで来てもらって申し訳なかったですけど》

《夕方からでしたしノープロブレムです。とっても美味しいお店でしたね。食べられなかったメニューもあるし、また一緒に行きましょう》

《はい、必ず!》


 刑事の古峰とも変わらず親しくさせてもらっており、八月の終わりにはついに約束を果たして、彼の知り合いがオーナーシェフを務めているという、無国籍レストランに連れて行ってもらえた。今のところ友人以上の関係には発展していないが、少なくともケイトの方は焦ったりしていない。


 ていうか、日本人は「コクハク」しないと恋人になれないんだっけ。


 欧米では一緒に過ごす時間が増えれば、自然とおたがいに「付き合っている」と認識するパターンが多いのだが、日本では多くの場合、プロポーズよろしく気持ちを言葉にして、あらためて交際が始まるのだとケイトも知っている。また、それはそれではっきりしていて良いとも思うのだった。


 けどそうなるにしても、きっと事件が解決してからだよね。


 自分の幸せのためにも(?)、物騒な連続殺人事件が一日も早く解決して欲しいと、勝手な願望を抱いてしまう。

 しかし。

 驚くべきことに、第三の殺人が起こってしまった。




 今回の場所は幸浜港。殺害方法及び時刻も今までと同じで、おそらくは松竹石であろう大きな石による、深夜~早朝にかけての同現場での撲殺。そしてやはり目撃者はなし。ただ、過去二つの事件が金曜の夜から土曜の朝にかけて起きたのに対し、今回はなぜか一日ずれて、土曜夜から日曜朝の間が犯行時刻らしかった。

 従ってケイトが事件発生を知ったのも日曜の朝、それもスピーカーからの町内放送によってである。


《役場よりお知らせ致します。本日早朝、幸浜港で遺体が発見されました。刑事事件の可能性もあるので、町民の皆様は不要不急の外出を控えるようお願い致します。繰り返します。本日早朝――》


 かろうじてオブラートに包んだ言い方をしているが、そもそも朝七時前からサイレンとともに、こんな放送を流す時点で前代未聞である。ましてや立て続けの殺人が起きたばかりなのだから、「可能性もある」どころかまさに三件目のそれだと、聞いた誰もがわかるはずだ。

 サイレンの音でぼんやりと目覚めたケイトも、繰り返される日本語の内容を理解した時点で、一気に頭が覚醒した。


「リアリー!?」


 反射的に声が出たところで、ベッドサイドに置いてあったスマートフォンが震える。発信者は古峰だった。


「ハロー? 古峰さん?」

「ケイ先生、放送は聞きましたか」


 声からはっきりと緊張感が伝わってくる。少し抑えた声音なのは、現場の片隅からかけてくれているからだろうか。


「イエス。今度は港でって……」

「はい。僕も今現場に到着したところですが、十中八九、同一犯だと思われます。ケイ先生も教え子の皆さんも、不用意にご自宅から出ないようにしてください」

「は、はい」

「マジで――じゃなかった、本当に気を付けてください。じゃあ、また」


 くだけた口調がこぼれそうになったところからも、彼の焦りや忙しさが伝わってくる。そんな状況でも真っ先に心配してくれたことがひそかに嬉しくもあったが、今はそれどころではない。古峰も言ってくれた通り、子どもたちの安全を確認しなければ。

 校長か教頭か、それともやはり町内在住の誰か別の教員か、と一瞬考えたタイミングで再び着信が入った。ディスプレイには発信者番号とともに、《Yukihama town office》という表示。町役場からだ。


「もしもし」

「ケイ先生でしょうか。日曜の朝早くに申し訳ありません。教育長の野木です」

「おはようございます。放送があった事件のことですよね」


 電話をかけてきたのは、書類上の正式な上司でもある幸浜町教育長、野木だった。ケイトの転入時、大家の杉野さんにいじられていた、あの中年男性である。


「今、小中学校それぞれの校長と連絡が取れまして。現在のところ、どちらの生徒たちも全員自宅にいるそうです」

「良かった! 私もそれが気になっていたんです」


 空いている手で、ケイトは胸を撫で下ろした。


「各クラスの担任が、電話やグループメッセージで皆の無事を確認してくれました。それが学年主任、教頭、学校長と上がってきて、ようやく私のところに情報が集約された次第でして。ケイ先生にも早く状況をお伝えしたかったんですが、遅くなってしまいすみません」

「とんでもありません。私もどなたにお電話しようか考えていたので、凄く助かります。ありがとうございます」


 第一印象とは違って、野木教育長はいざというときは頼りになる人のようだ。まあそうでなければ、過疎の田舎町とはいえ行政の部門長を務めるなどできないだろう。何はともあれ、子どもたちの無事が確認できたことは本当に嬉しいし、ありがたかった。


「役場から放送もしましたが、ケイ先生もどうかお気を付けて」

「ありがとうございます。野木さんも」


 たがいに注意を促し合って、電話を切る。とにもかくにも大変なことになった。いや、これまでもじゅうぶんに大変な状況だったが、日本語で言うならば「ワヲカケテ」というやつだ。

 二ヶ月半の間に三件も発生した連続殺人事件。しかも犯人は捕まっていないどころか、容疑者すら特定できていない。自分たち素人には何もできないので、古峰たち警察に頑張ってもらうしかないのだが、彼と親しいこともあってどうにもケイトはもどかしかった。


 私のボーイフレンド候補を、こんなに働かせて。


 などという、しごく個人的な恨みまで犯人に対して湧いてくる。逆に、こう言ってはなんだが殺人そのものに対しては、あまり心が痛まないのが正直なところでもあった。過去の二件同様、おそらくは今回も「DQN」が殺されたのだろうし。

 ともあれ、早起きさせられてしまったうえに家からも出られないので、何かできることをしようと思う。

 その前にシャワーと朝食を済ませなければ、とケイトは着替えを持ってバスルームへと向かった。




松竹石しょうちくいし

《約四十万年前、近隣の火山の噴火によって流れ出た溶岩が、海まで流れ出て急速に固まったことでできた(あん)(ざん)岩石。K県幸浜町の山石村(現・山石地区)でしか取れない希少かつ質の良い石であり、古くは鎌倉幕府設立に伴う都市建設や徳川将軍歴代の墓石に、現在でも皇居の堀や外壁などに利用されている。

 ただし昭和の後期から、産出量は著しく減少。石材産業そのものの斜陽化も相まって、現在は幸浜町でも限られた地元企業が、細々と採石や加工を行うのみとなっている。》



 シャワーを浴び、トーストとハムエッグ、サラダにコーヒーといういつもながらの朝食を済ませたケイトは、パソコンで自分が作成した文書ファイルに見入っていた。すべて日本語なのは大部分をネット上の百科事典からコピーしてきたからだが、難しい漢字の読み方や意味も同時に調べておいたので、いずれもすべて理解できる。


《御林神社の力石  竜泉寺の墓石》


 松竹石の画像とともに、コピーではなく自分で書いた文字が続く。ケイトはその続きに、


《港の凶器も松竹石 probably》


 と、日本語と英語をチャンポンにして打ち込んだ。言うまでもなく、町で起きた連続殺人事件の凶器について整理したものである。そして「probably=おそらく」とはしたが、今朝発見された死体も、ほぼ間違いなく松竹石が凶器のはずだ。

 夏休み前、ハマユウ書店の美智絵にキーホルダーをもらった際、ケイトは松竹石について調べてみようと思い立ち、こうして資料まで作ってまとめておいたのだった。


「つまり、ユイショ正しい聖なる石でDQNをやっつけた、と」


 コーヒーのおかわりを口にしながら、ふむふむと頷く。今回の三人目も同様の人物と仮定しての話だが、どう考えても「DQN」への復讐殺人だし、松竹石を使ったことも確定すれば、やはりその歴史を知っていればこそのはずだ。由緒ある武器で悪を捌き、みずからの行為をより正当なものにしたいという犯人の意志が窺える。


「けど、フー?」


 こぼれ続ける独り言の通り、怨恨殺人だとわかったところで、手がかりがない限りは容疑者を絞りようがない。地域全体で評判が良くないチンピラたちである。年齢・性別問わず、恨みを抱いている人など数多く存在するだろう。

 古峰たち警察は、今度こそ犯人に繋がる糸口を掴んでくれるだろうか。DQNが殺されるのは自業自得だが、町の人や教え子たちが安心して暮らせないのは本当に困る。現にこうして、生活に支障が出てしまっているのだから。


 まだまだ聞き込みとかも、続けてくれてるんだろうけど……。


 細い顎に手を添えたタイミングで、三たびスマートフォンが震えた。

 今度の相手は、その聞き込みの対象にもなっていた人物だった。


「もしもし」

「ケイ先生ですか。幸浜小の葉村です。朝早くからすみません」


 電話をかけてきたのは葉村だった。「いえ、大丈夫です」と微笑んで首を振ったケイトだったが、直後に怪訝な顔をしてしまった。スピーカーの向こうから「ケイ先生ですか?」という、よく知っている声も聞こえてきたからである。


「葉村先生、ひょっとして港のそばにいらっしゃいます?」


 もう一つの声の主に見当を付けて、ケイトはずばり訊いてみた。果たして、予想通りの答えが返ってくる。


「ええ。ホウちゃんも一緒です。いつものように朝の散歩でこっちまで来たら、市場のところで彼女に会って。それで立ち話をしてたら、放送がかかったというわけでして。あ、ちょっと待ってください」


 電話そのものを受け取ったのだろう、続いて「おはようございます、ケイ先生」と、こんなときでも落ち着いた声音でホウが挨拶してきた。彼女の家でもある相泉旅館は港に面しており、現場のすぐそばなのだ。


「おはよう、ホウちゃん。無事なのね?」

「はい、ありがとうございます。そのことをお伝えしたくて、葉村先生に代わってもらいました。もう学校や町の方からも連絡が行ってるかもしれませんけど、少なくとも私たちのクラスはみんな無事で、きちんと自宅待機しています。生徒同士でもグループメッセージを使って男子はサイが、女子は私が全員からの返事を確認しました。私もこのあと、すぐ家に戻ります」


 ホウらしい、てきぱきとして無駄のない報告。サイの良きパートナーとしてクラスの女子たちをまとめる彼女を見ていると、ケイトはたまに「この子、本当は二十歳とかじゃないのかしら」と笑いながら疑ってしまいそうになる。ともあれ二年一組全員の無事を、学級委員の口からこうして直接聞けたことは本当に嬉しい。


「グレイト! さすがね。たしかに役場からも連絡をもらったけど、こうやってホウちゃんの声も聞けて、ソー・リリーブド・アンド・グラッドよ」

「安心して、喜んでくださってるんですね」


 吹き出しそうになったホウが、わざわざ日本語に直して確認してくれる。いけない、またやっちゃった、とケイトも小さく笑って「ソーリー」と返しておいた。


「あとサイからは、テンも無事で自分と一緒にいるから安心してくれ、って電話がありました。昨日たまたま、彼の家に泊まっていたそうです」

「そっか、従兄弟だもんね」

「はい」

「じゃあそろそろ私、家に戻ります。お客様もいらっしゃるし、さっき古峰刑事にもお会いして、出歩いちゃ駄目だよ、って重ねて注意されちゃいましたから」

「あ、古峰さんに会ったんだ」

「はい。ごめんなさい、ケイ先生を差し置いて」

「こんなときまで何を言ってるのよ、もう」


 グループの良心たる(?)この子までシーやセイみたいになっては困ると、ケイトが呆れ声を出したところで、ようやく電話が持ち主の手へと戻った。


「というわけでケイ先生、子どもたちは無事ですからどうぞ安心してください。私もこれから自宅に戻ります。おっさんの実家暮らしでやることもありませんけど、こればっかりは仕方ありませんし」

「私も同じです。一人でぼーっと、犯人がどんな人か考えてたくらいですから」

「なんにせよ、おたがい引き続き気を付けましょう。学校の運営に関しては、また追って管理職や町から連絡があると思います。最悪、一時的な閉鎖もあるかもしれませんが」

「わかりました。帰り道も、どうかお気を付けて」

「ありがとうございます。では、また」


 最後は教員同士らしい会話をして、ケイトと葉村は同時に通話を終えた。彼も言っていたが、この状況では例の感染症が猛威をふるっていた一時期のように、登校や通勤すら控えるようになるかもしれない。そうなったら自分の授業も、リモート対応に備えて教材や進め方を考え直さねば。


 ……困ったものね。


 やれやれ、と肩をすくめてケイトはスマートフォンをデスクに置いた。各クラスのリモート授業用プランを準備し、そのあとで、またあらためて事件のことを考えよう。何はともあれ時間だけはたっぷりある。

 軽く首を回すと、小物を入れる籠のなかで、松竹石のキーホルダーが綺麗に明かりを反射していた。

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