表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

探偵くんと共に

作者: カケル

燃えてなくなる。

自然なことだ。

山火事も命を巡らすためには必要なこと。

だが人類は違う。

自然の摂理にのっとったそれとは違い、己の欲望や生存競争のために易々と燃やし尽くす。

まさしく今。

「ふははははははははははッ」

大火に飲まれて燃え盛る街を見つめて、私は高らかに笑った。

「そうだ、この炎だ。私はこの光景が大好きだッ」

軒並みに下水道にガスを充満させて、時が来たと同時に時限点火。

大爆発を引き起こし、あちらこちらに巻き起こる大惨禍。

胸の掬う想いでメラメラと音を立てる光景にうっとりしていた。

「しかし、まさかここまでやるとは」

燃えている一区画。

ガスが最高潮に発揮する量で調整し、設定した場所。

そこには人はおらず、悲鳴は聞こえない。

聞えるのはその外側からだ。

下の光景を建物の屋上から眺めている。

「おやおや、ここまでたどり着くとは」

屋上へと上ってくる探偵くん。

対角する位置へと近寄ってきて止まり。

私を見る。

「お前は舞台監督や演出家じゃない。役者だ。その画を最大限楽しむことのできる場所はここだけだ」

「正解。私の好みをよく理解していらっしゃる」

外の人間どもに紛れるでも、その光景を遠くから眺めるでもなく。

間近でこの光景を体感し、脳裏に焼き付ける。

それが何よりも楽しいのだ。

「ならこれから何が起こるのか、君は理解しているだろう」

外套を翻し振り返る。

杖を握りしめ、敵を見据える。

「探偵くんも『道』を嗜んでいるはずだ」

構えた。

探偵くんは素手。

しかし、その様は堂に入っていた。

「ああ、『武道』はそれなりに」

私はにやりと笑った。

狭い屋上での喜劇的なこの状況。下は火の海。

退路はない。

しからば我々はこの場を賭けて、命を天秤に乗せ、脅威を排除しなければならない。

先に仕掛けたのは。

「ふっ!」

探偵くんだった。

走り寄って距離を詰め、顔を狙う拳。それをひらりと躱すも、二撃目が既に放たれていた。

胸。それを杖で受ける。杖の先端を押し上げ顎を狙うも、彼はステップで後ろに下がる。空振り上に向かう杖の先端。彼の足払い。片脚を上げて躱して踏みつけるも、その足払いの勢いを殺さずにそのまま回転して躱し起き上がっていた。脚を高く上げて踵を落としてくる。上げたままの杖を動かして踵を支えたが、彼は身体を支えていたもう片脚を浮かせて蹴り。腕に当てられたが、事前に横へ体重を動かしていたのでダメージは最小限。

「腕を折るつもりだったんだけれどね」

「ふふ、息を合わせるのが得意でね」

杖を中段に持ち替え。今度は私から仕掛ける。杖を突き出し、目、鳩尾、腿を狙うも、すべて躱された。首を狙った一撃は弾かれ、私は体勢を少し崩す。喉元を狙われた拳。辛うじて腕での防御が間に合い、ミシリと音が鳴る。距離を置いて、だが距離を詰められる。

「お強い方だ。私もそれなりに強いと自負しているのですが」

「まああんたの鋭い攻撃、たまったもんじゃないよ」

顔への攻撃。受けようとするもフェイントで、脚に足を大きく食らう。私は痛みに耐えながらその空いた腹に杖を突いた。

「くうっ」

杖を反転させ、持ち手を先端にして力いっぱい振りかかった。重い一撃を彼は受け、横へと小さく飛ばされる。体勢を立て直し。

「……なに仕込んでるんだよ、それ」

「鉛、でしょうかねえ」

「紳士のくせして物騒だな」

加速して安定を欠く飛び膝蹴り。

躱し、着地したその背に殴りかかる。振り返りと同時に捕まれ、そのまま組み伏された。腕を捻じられ、床に固定される。

「逮捕だ」

「それはどうでしょう」

コキンと音を鳴らし、関節を外す。

楽になった腕回り。彼は組技のままの力加減で体勢を崩し、私は立ち上がって彼に膝蹴りをお見舞いする。

「ごふっ」

「その程度で?」

関節の外れた腕に杖を持たせ、遠心力で鉛の持ち手を脚にぶつけた。すっころぶ探偵くん。足を上げて顔を踏みつぶす。

「あっぶな」

ゴロゴロと転がって回避した。

「良い動きです」

関節を戻し、杖を構える。

「ずっとこうしていたいくらいですよ」

「そう言うわけにもいかない。俺はあんたを捕まえて牢に入れる。それが仕事だ」

構える彼。

だがその構え方。あまりに前身した姿勢だ。

「おや、次の一撃で私を沈める気ですか?」

「長引かせるもんじゃない」

下から火の手が上がり始めるのを見て彼はそう言った。

「この現状が面白いのではありませんか」

ヒビの入った腕。そして腫れ上がる脚。

彼の一撃一撃が重く鋭い。

次の一撃が最大のものであるならば、受ければ特大のダメージを頂くことでしょう。

「しかし、それも一興っ」

杖の先端を外し、刃物を露出させる。

一撃で仕留めてくるならこちらも一撃で仕留めなければならない。

毒を仕込んだこの小刀。

掠れば十二分に命取り。ここから移動しても病院まではたどり着けない猛毒。

「真摯に似つかわしくない低辺な野郎だ」

「勝利という美酒は何物にも勝るのですよ」

互いに動く。

私は杖を、刃物を突き出し。

彼は踏み込んで拳を突き出す。

交わしたのは一瞬。

そして当てたのは。

「ごふっ」

「……つっ」

両者だ。

「避ける気がなかったのか?」

「肉を切らせて骨を断つ。あなたもでしょう?」

腕に突き刺さる刃。

ぼたぼたと落ちる血液。

私の口からも出るそれと床で合わさった。

「どうせならあなたと共に逝けるならと思いましてね」

「……いや、あんた一人だ」

懐から小さな錠剤を取り出し、口の中に放り込む。

「警官が殺される事件があったとき、その死因は毒だった。その毒は街一番の未知の劇薬。解毒薬を急いで開発してもらってね。携行しておいてよかった」

「ははっ……あなたは何とも凄い人だ……」

心臓が止まった。

血流が止まり、身体の機能が著しく停止していく。

仰向けに倒れ、夜空を見た。

もくもくと立ち込める黒煙が夜空を覆い隠す。

何とも綺麗で、くすんだ空だと。

私は目を瞑った。


「はあ、はあ……」

腕をベルトで縛りながら考える。

解毒薬を飲んだとはいえ、効果が発揮するまで少しばかり時間がかかる。

すぐに動けばまだ間に合う。この男が逃げる算段を考えていないわけがない。何処かに飛び立つ道具が置いてあるはずだ。

けれど下手に動けば毒が回り、最悪死ぬ。

けれど今動かなければ詰む。

「ここまでか……?」

「先生っ」

僕が上がってきた場所からひょこっと顔を出して上ってくる助手。

「……助手くん、背を貸してくれ」

「勿論です」

そう言って背に乗る俺。

先生の、先生の匂いがするッ、と鼻息荒くする彼女を俺は敢えて無視した。

「あっちに行ってくれ」

小さく指を差した煙突の陰。

そこには小さな袋が二つあった。

「何故二つなんでしょう?」

中から出て来た組み立て式グライダー。

「……さあね」

こうなることを解っていたのかもしれない。

もしくは、僕と彼が一緒に飛び立つことを目にしていたのかもしれない。

死に絶えた彼を見た。

良い死に顔だ。

「お前は死ぬべき人間だった。これは応報だ」

使われた毒から、おそらく警官を殺したのは彼だ。

警官だけでなく、政治家や貴族も何人かその毒によって死んでいる。

この惨劇も、この炎はきっと、彼の怒りだったのだろう。

「先生、完成しましたっ」

二人分のグライダーが完成し、彼女が戻ってくる。

「それにしても、お前は何故あのタイミングで顔を出した?」

手を貸してくれていれば、俺が毒を食らうことはおそらくなかったのに。

「それは勿論、痛いのは嫌いですから」

この正直さが俺は好きだった。

後日鍛錬に乗じてボコボコにしてやろう。

そう決心した。

身震いする彼女。

何かを察したのか、あははと笑った。

解毒が完了し、身体を動かすことができるようになる。

それを確認した彼女は。

「では先生っ、お先に失礼します」

譲ったり待ったりする素振りもなく、逃げるようにグライダーに身体を預けて一人で去っていった。

「ほんと、困った助手だ」

俺もグライダーに身体を預けて、助走をつけて飛び去った。

眼下に広がる火の海。

たしかに彼の言うように綺麗だ。

これまで創り上げて来た物を一遍に破壊する。

これほどの爽快感を味わうことができるなら、と。

「だがそれは間違いだ」

暴力によって得られた自由は、暴力によって破壊される。

彼はやり方を間違えたのだ。

「さよならだ、友よ」

別れの言葉を告げ。

僕は夜空を舞った。


https://ncode.syosetu.com/n3853ip/


【集】我が家の隣には神様が居る

こちらから短編集に飛ぶことができます。

お好みのお話があれば幸いです。


いいね・ブクマ・高評価してくれると作者が喜びますm(__)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ