シンデレラが迎えに来た2
ヤニゴリラもとい、担任の大門は体育教師らしく声とガタイがデカく、常にジャージにスリッパという格好で、休み時間を挟むと必ずタバコの香りを漂わせていた。
馮佳の苦手な人種でもある。
手に持っている教科書のサイズが小さく見えるが、皆と同じサイズのもので間違いはない。
「はい、じゃあ次は…出席番号5番の奥寺!続きから読んでくれ」
やはり当たってしまった。
恐る恐る立ち上がる。
太ももは鉛のように重く、心臓も本来の位置からだいぶ下がったところにあるような気がする。
いつもより猫背に拍車がかかり、もはや、たまに街で見かける腰が曲がりきったおばあさんのようだった。
「に、に……ょうで、も…」
「奥寺、もっと大きい声ではっきりと言ってくれ。いつも言ってるだろ?」
「…すい…ません…」
クラス中の視線が馮佳に刺さる。
前も後ろも関係なく、教科書で顔を隠している中でも全て伝わってくる。
ほんの3.4行読むだけで終わる…
普通に読むだけで次の生徒に変わるのに、、、
「にち、じょう…で、、も、、、やけど…など、、、お、、、おう、かのう…せ、いが………」
この3.4行を読み終わるのに2分半もかかった。
「…はい、じゃあこの続きから…」
ヤニゴリラも学習して私に音読させないように当てればいいのに…と人のせいにしてなんとか正気を保つ。
こんな時、映画の主人公なら窓際の一番後ろの席から空や校庭を眺めて思いを馳せるんだろうけど、私は廊下から2番目の列の真ん中という微妙な席。
やっぱり私なんて人間は主人公にはなれないんだろうな…
キーンコーンカーンコーン
「はい、今日はここまで!あと奥寺、このあと職員室に来てくれ」
「……はい」
広いはずの職員室の隅で、私は完全に縮こまっていた。
(まあ小鳥と家族以外と話すときは大抵こうだが)
机を挟んだ向かいのヤニゴリラからは、先ほどの授業中より濃いタバコの匂いを漂わせていた。
これからイライラすることがあるから先にヤニを注入したのだろう。
「奥寺〜、9月だぞ?まだ進路希望が真っ白は、もうお前しかいないぞ?」
「すいません・・・」
「お前の成績だと、あんまり選べる立場ではないからなぁ。うーん…」
ヤニゴリラはパソコンをポチポチしながら私が受かりそうな高校を探す。
遠近法が狂っているようなサイズ感のパソコンはいたって普通の大きさだ。
「■■高校はどうだ?今の成績でも狙えるし、3駅で着くし、制服もかわいいぞ?」
「いやあ…ちょっと…無理です…」
「うーん、じゃあ、〇〇高校はどうだ?部活動やサークルが活発な学校で、文化祭は県内一の賑わいだぞ!」
「帰宅部があるなら……」
「うーーーん、じゃあ、▲▲工業高校はどうだ?手に職をつけるならここが1番!就職率もいいし、女子生徒率も年々増加しているらしいし!」
「私にはきついと思います………」
「はあーーーーー、困ったなあ…」
ヤニゴリラは先ほど摂取したニコチンがもう不足したのか貧乏ゆすりを始めた。
「いいか、奥寺。小学校中学校は義務教育だし将来設計をしなくてもなんとかなる。でもな、これからは自分の将来を考えて行動することが求められるんだぞ?」
「………はい」
ヤニゴリラもたまにはまともなことを言うんだなと思ってしまった。
職員室は和やかな雰囲気にも関わらず、ここだけは気まずい沈黙が流れる。
「あ、大門センセ!ここにいたの〜?探したよ〜〜!」
軽い足取りと、弾んだ声で学年1の美女・河森亜美が割り込んできた。
「こら〜河森、いま面談中だぞ〜」
口では注意しているが、かわいい子を見るとデレデレして甘くなるところがヤニゴリラの嫌いなところだ。
「ごめ〜んセンセ!」
河森はウェーブのかかったポニーテールをなびかせながら、目の近くで手を合わせる。
一般人の1.5倍はありそうな大きな目と涙袋が印象的で、少しの歯並びの悪さすらも愛嬌に思えてしまう。
その歯並びが常人についていたら欠点になりそうなものだが。
やはり学年1の美女なだけあり、目線を奪われてしまう。
可愛い子を見ると脳はあまり見つめないでおこうと思っても、目が言うことを聞かないのだろう。
(ところで、自分は直毛のため癖毛の人の髪がどうなのか知らないが、根本から癖がついておらず耳らへんから“自然と”綺麗なウェーブがかかることはあるのか…?)
「これ体育館の使用許可申請書です!大門センセ、演劇部の練習見に来てよ〜!毎回体育館借りるとき言ってるのに〜」
「センセじゃなくて『先生』な?陸上部が休みの時は行くかもな」
「え〜!だってそれいつも言ってるじゃん!約束してください!約束!!」
「はいはい、約束するって」
デレデレしたヤニゴリラは河森を退席させ、その高揚した顔から急に真顔になり現実に戻ってきた。
「あー、ちょっと脱線したが…今週中に進路表埋めて提出。わかったか?」
「……はい…」