03
夕暮れ時、アイリスは家に帰り、リビングに入った瞬間、心地よい香りに包まれた。母が得意とするシチューの匂いが漂い、胸が温かくなった。ディナータイムは家族全員が集まる、アイリスにとっても特別な時間だった。
「お帰り、アイリス。」父が新聞を閉じながら微笑む。隣では、弟のレオがおもちゃのロボットで遊んでいた。彼もアイリスを見てにっこりと笑った。
「お帰りなさい。シチュー、今日も美味しくできたわよ。」母がキッチンから手を振りながら言った。
アイリスは家族とのひとときに胸が満たされる。しかし、その気持ちとは裏腹に、心の中にある質問が重くのしかかってきた。手の印のことを家族に問いただす勇気を持っているのか、まだ自信がなかった。
夕食が始まり、家族は日常の話題で盛り上がった。レオは学校の友達との出来事を楽しげに話し、母は最近の近所のゴシップを披露する。父は仕事の話をしつつ、アイリスに学校の様子を尋ねた。
「学校はどうだった?」父が質問する。
「うん、いつも通りよ。」アイリスは少し遠慮がちに答えた。
父が微笑んで「今日も暑かったろう? 手袋、大丈夫だった?」と軽く触れた。
アイリスは少し驚きながら、「うん、大丈夫だったよ。」と答える。この手袋の件を家族が気にしてくれていることに、感謝の気持ちが湧いた。しかし、その気持ちと同時に、この印についての真実を知ることへの不安も増してきた。
食事が進む中、アイリスの心は揺れ動いた。そして、ついに彼女は深呼吸をして、質問を口にした。
「お母さん、お父さん…私の手のこの印って、どうしてあるの?」
一瞬、テーブルの上は静かになった。母はゆっくりとアイリスの目を見つめ、深く息を吸った。
「アイリス、私たちもその印の全てを知っているわけではないの。でも、あなたが生まれたときから、その印はあったわ。」母は静かに答えた。
「それは…どういう意味なの?」アイリスが続ける。
父が言葉を継いだ。「私たちの家族には、何世代にも渡ってこの印を持つ者がいる。しかし、その印が持つ意味や力については、はっきりとしたことは分かっていない。」
アイリスは目を伏せた。自分の中の疑問や不安を打ち明けることはできたが、答えはまだ見えなかった。
「でも、アイリス。」母が優しく彼女の顔を上げさせた。「その印があるからと言って、あなたが特別だとか、変わっているとか思うことはないわ。あなたは私たちの大切な娘。その印を持つことで、何か特別な運命が待っているかもしれない。でも、それはあなたが自分で選ぶ道だと思ってる。」
アイリスは涙を流しながら、母の言葉に心から感謝した。自分の中の不安や疑問が完全に晴れるわけではなかったが、家族の支えと愛を感じることができた。
夜が更けて、アイリスはベッドに横たわりながら、手の印をじっと見つめた。その印が持つ真実を知るための挑戦は、これからも続くだろう。しかし、その旅を支えてくれる家族がいることを再認識し、アイリスは安心して眠りについた。