心霊スポットの罠
まずは自己紹介をさせてもらおう。俺、進藤啓斗はとある大学のオカルト研究会に所属している大学一年生だ。
研究会には二年生の先輩、真守葉摘という美人の会長に、同輩の滝田伸之がいた。
俺と滝田は高校時代の同級生で、仲が良く趣味も良く合った。学校の成績も似たようなもので、近いからという理由でこの大学へと進学した。
ぶっちゃけオカルト研究会なんて、興味はない。いまどき幽霊だ、怨霊だなんてバカバカしいと思っている。
じゃあ何でオカルト研究会に入ったんだって?
それは始めに言ったように、美人の研究会会長の葉摘先輩に誘われたからだ。真守葉摘という先輩は頭もいいし、スタイルも抜群だ。
オカルトなんかにハマっていなければ一流大学にいてもおかしくない。
俺と滝田は勧誘にあっさり乗った。こんな機会でもないと、彼女どころか大学生活も寂しい野郎二人になりかねないと思ったからだ。
「ちょっと先輩、これだと俺がかなり悲惨じゃないですか」
オカルト研究会の目玉は映像だ。説得力のある写真や映像を撮って、サイトに配信する。その手の映像はこの世にいくらでも溢れているし、最近ではCGまで駆使したリアルなものまである。
それらに比べるといくら生々しく撮ろうとも、刺激は弱いと思う。
「何言ってるの。男、進藤啓斗のデビューよ。生い立ちはカットするんだから、もっとこう闇に好かれそうな表情を寄越しなさいな」
研究会を止めていく者が多い理由がわかっただろうか。闇に好かれそうな顔ってなんだよ。ただ、真剣な葉摘先輩の顔が好きで、思わずニヤける。
「良い表情、出来るじゃない」
邪な妄想が表情に出た。滝田のやつ笑いを堪えてやがる。似たもの同士だから、俺が何を考えたかわかったんだな。
俺達は葉摘先輩の下調べをした資料を元に、朽ち果てた廃屋のあるひと気の少ない山道を進んでいる。いわゆる心霊スポットだな。
最近は物騒な噂があり、怪しい物音が鳴り響くらしい。葉摘先輩はカメラで撮影役を、滝田は照明と荷物持ち、俺はストーリーテラー役を任せられた。俺より、葉摘先輩がやった方が配信でも稼げるのに。
そんなわけで雰囲気を出しつつ、廃屋までやって来た。田舎の山の中とは言ってもあたりには人が住んでいるので街灯は点いていた。
廃屋は随分古くて、ドアが壊れ中に入れた。
「先輩、これ不法侵入になるんじゃないの」
法律に詳しくないのだが、廃屋とはいえ他人の敷地。大学生にもなって知らなかった、ごめんなさいは通らないと思う。
テレビの撮影や有名な配信者なら、事前に土地の所有者などに許可を取っているものだ。
「許可は取ってあるわよ。だから安心して逝きなさい」
こういう場所で、そういう言葉を発するから会員が引いて逃げるのだ。最近辞めた新入生は泣いていたよ。
廃屋の中に入り、それらしい所を見つけては怖がって作り笑顔ならぬ作り怖顔で使える画を撮る。
リアル配信とはいいつつ、時おり先輩が配信をジャックする形で状況を説明している間に、滝田が仕込みをしたものをそれとなく動かす。
今回は火事にならない程度に紙片を燃やして煙を発生させて、俺へと煙を流す。
完全にやりにいった演出なわけだが、葉摘先輩はグッジョブとばかり指を立てた。いいのかよ、と最初は思った。ただ、そうやって出やすい環境を整えてやる事が、幽霊や怪物を呼ぶ助けになるのだそうだ。
「あれ、なんか外から悲鳴のような音がしませんか」
機械の音····? 車とかではないよな。俺は滝田を見る。ブンブンと首を横に振っているから仕込みではないらしい。
「外に出てみましょう」
こういう時でも頼もしい葉摘先輩。ただ、俺達が外へ出ると悲鳴のような音は小さくなり離れて行く感じがした。
「逃げられたんですかね」
滝田が音の正体を探ろうとあたりを見回す。古い街灯一つでは何も見えないに等しい。持っているライトは撮影の邪魔にならないように百均のライトだしさ。
「収穫はあったし帰りましょうか」
画は取れたし街灯の近い廃屋よりも、何もない帰りの山道の方が暗くて危ないのだ。
撮影はすでに止めているのに、帰る足取りは重い。なぜなら遠のいたはずの悲鳴が獲物を見つけたかのように、俺たちに近づいて来ているからだ。
「先輩、やばくないですか」
一気に近づかないだけましかも知れない。暗い下りの山道で足を絡ませ、転んだ瞬間にバクっといかれないか、不安になる。
葉摘先輩はともかく滝田の口数が、少ないのは俺と同じ事を思っているのかも。俺たちは急ぎつつ、でも慎重に帰路についていたはずだった。
山道を降るだけなのに妙に長く感じるのは追いかけてくる音のせいかもしれない。幽霊なんか信じていないはずなのに、何かがいるかもしれないと思うと怖くてたまらない。
先を歩く俺は不意に何かに足を取られて転んだ。石か何かに躓いたのではなく、明らかに足が引っかかった。
その後ろを歩いていた先輩も足を取られ、倒れていた俺に踏みつけた。
「ゔっ」
妙な呻き声を出してしまったけれど、葉摘先輩が怪我をしないで済んで良かった。
「これは釣り糸? 来る時はなかったよな」
転んだついでにしゃがんで、足を引っ掛けたものの正体を見つける。誰かの嫌がらせだろうか。そう思った瞬間頭を強く殴られ俺は意識を失った――――。
「気がついた?」
葉摘先輩の声が聞こえた。病室なのだろうか、白い天井や壁と俺の頭の近くに先輩の姿が見えた。ズキッと頭が痛む。いったい何があって俺はここにいるのか、あの心霊スポットの帰りの夜道を少しずつ思い出した。
「進藤君は暴漢に襲われたの。今回は人数が多かったから焦ったんだね」
葉摘先輩がなにを言っているのかわからないので説明を求めた。
「君には申し訳ないけれど、心霊スポットを荒らす連中を潰すための囮になってもらったわ」
「どういう事ですか。そういえば滝田は?」
葉摘先輩が無事なのは良かったけれど、滝田の姿が見えない。葉摘先輩は首を振り、神妙な面持ちで話し始めた。
「まず、あの場所が心霊スポットと言うのはデマよ。監視カメラのない場所でそういう噂を立てて、肝試しをさせて犯罪を侵す輩がいるわけ。今回は彼らのやり方を逆手に取って私が心霊スポットを仕込んだのよ」
葉摘先輩は罠を張るためにあの廃屋を選んだ。悲鳴のような音は、暗視カメラを備えたドローンの飛行中の音だった。まず近隣の住人近くでドローンを飛ばして、噂の下地を作ったそうだ。
心霊好きの検証犯があとは勝手に広めてくれる。検証の結果は、悲鳴のような音は近隣の農家が害獣よけのサイレンの音らしいと添えて。
あとはオカルト好き、肝試し好きの配信者が面白おかしく情報を流してくれる。
「種は撒いたからあとは収穫するだけ。助手がわりに誘った二人の内の一人が、退治したい本命の仲間だったのは想定外だったよ」
こうした心霊スポット好きを利用した犯罪に、オカルト好きの葉摘先輩は怒っていた。場所が場所なので、犯罪を侵しても証拠が残りにくい。
滝田のやつは、つまりそういう事だ。始めから葉摘先輩目当てなのだけど、俺と滝田では目的意識に差があったようだ。無事とはいえ、憧れの先輩を穢されたようで悔しい。
俺を気絶させた後、潜んでいた仲間三人と葉摘先輩を犯そうとしたようだ。先輩が無事なのは罠を張っていたくらいだから、それを想定して先輩側も警察や仲間を潜ませていたのかな。
「あぁ、それでドローンなんですね。現場の証拠を映すのに。最新式なら音も出ないのあるのに」
「あの金切り声のような音がちょうどいいのよ。建物の中や静かな山間だとよく響くからね」
オカルト研究会の同士が辞めていく理由もわかった。毎回とは言わないけれど、こうした罠ありきのハードな撮影があるからだ。
「進藤君はタフそうだし、続けてくれると助かるよ」
葉摘先輩に手を握られそう言われると、痛みを忘れて騙されたくなる。でも証拠がないからと殺される可能性がある役回りなんだよな。
「捕まった奴らは傷害と婦女暴行未遂程度だから、すぐに出て来ちゃいますよね」
また狙われるかと思うと憂鬱だ。しかし、俺の質問に葉摘先輩がキョトンとした顔をしている。
「滝田とか、捕まったんじゃないんですか? もしや逃げられた?」
犯罪者側は人数もいたようだから、全員捕まえるのは無理があったのかも。
「なにを言ってるの進藤君。一緒に帰った証拠は撮ってあるのよ?」
葉摘先輩と会話が噛み合ってない。いや、わざと言葉を濁している?
真守葉摘は何のための証拠を残そうとしたのか。普通に考えれば、オカルトファンを襲う暴行魔を退治するため、映像を撮るだろう。
だけど、彼女は違った。あくまで葉摘先輩はオカルト好きであって、ホラーはそれに付随するだけの認識だ。神秘性を感じる場所に、心霊的なものが加わるのはよくある事だと理解もしている。
暴行魔を退治出来れば、彼らがその後どうなろうが、さして興味はないらしい。葉摘先輩を襲った滝田以外の連中は廃屋で焼死体の姿で、別のホラー系配信者によって見つけられた。
廃屋は燃えていない。その場で燃やすのも難しい。外部から運び入れたのだとしても、どうやって崩れやすい遺体を運びこんだのかさえ謎の状態だったらしい。
俺は出血はあったものの二日ほどで退院して、オカルト研究会で葉摘先輩の助手を務めている。どう考えても脅し、拒否ればどうなったのか知りたくはなかった。ただ、この事件を機にオカルトに興味を持ったのは事実だ。
死んだ連中によって被害を受けた人達がたくさんいる。人知れず亡くなった方もいると思うと、俺ごときで善悪の判断など出来ない。
滝田はあれから姿を見ていない。連絡のつかないことで不審に思った家族が、捜索依頼を出して一人暮らしをする彼のアパートへ行ったらしい。
部屋はもぬけの殻、消息不明の滝田の手がかりは残されたパソコンだけ。
警察に預けられ内部の情報を調べた結果、闇サイトへのアクセスと暴行魔達とのつながりが見つかる事になった。
廃屋の焼死体の身元は判明したが、消息不明の滝田が犯人かどうかは現在も捜索中とのことだ。
公式企画、夏のホラー2023の八作品目となりました。
※ 2023年10月12日現在、進藤啓斗と、先輩の真守葉摘を主役とした新たな作品を制作中。
※1 2023年11月26日現在、まだ半話。この二人を中心に物語を書きたいだけで、何をさせたいのかがはっきりしないのです。連載が一つ完結してから挑戦しますので、もうしばらくお待ちを。
これって始めていないので、エタるうちに入らないですよね。やるやる詐欺にはなるのでしょうが。
※ 2024年1月1日現在。なろうラジオ大賞5の作品に、大企業の会長として真守先輩を登場させました。ネタバレになりそうですが、二人の関係は実際ハッキリしていませんのでご安心下さい。