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第1話

 ねえねえ、知ってる?息吹山に妖怪が住んでるって話。


 知ってる知ってる。満月の夜になると山から妖怪たちが降りてきて、人間を攫っていっちゃうんでしょ?


 妖怪を見たって話、色々聞くよねえ。羽があるやつとか、尻尾のあるやつとか。物が喋ってたとかっていうのもあったっけ。


 目が合うだけで、たちまち氷漬けにされちゃう妖怪もいるって聞いたよ。


 私も知ってる。なんでも、山頂にいつも雪が積もってるのはその妖怪の所為なんだってさ。


 息吹山ってなんか変だもんね。夏でも雪はあるし、桜と紅葉が一緒に見られるって言うよね。


 …ねえ、今日って満月だよね?

 そろそろ帰った方がいいんじゃない?妖怪が降りてきちゃう。


 大丈夫、この山には”あやかし巫女”さまがいるから。私たちのことは、巫女さまが守ってくれるわ。


 ”あやかし巫女”?なあに、それ。


 あれ、知らない?

 えっとね、息吹山の中腹辺りに、神社が一つ建ってるんだって。あ、神社は深い深い森の中にあって、人間じゃ絶対に辿り着けないって言われてるから、興味本位で行こうなんて思っちゃ駄目だよ?…で、そこに一人で住んでいるのが”あやかし巫女”なの。


 一人で?あの山に?


 そう。妖怪を愛し、妖怪に寵愛(あい)された、人間の女の子。

 それが如月神社の"あやかし巫女"さま。


 満月の夜でも、笛の音が聞こえたら、もう安心。

 巫女さまが、悪い妖怪を追い払ってくれるの。だから、私たちはだいじょうぶ。



 ほら…今夜も、笛の音が……。



 ◇◇◇



 妖怪が出る山と恐れられる息吹山。その麓の小さな村。

 村人が住居を構える辺りから少し外れた場所にそびえる巨木に、一人立っていた彼女は黒塗りの横笛を口から離し、ふうと息をついた。


 腰まで伸びた赤い髪に、翡翠色の瞳。身に纏うは、白衣に緋の袴。

 そして、頭には二本の角。


 その身から放たれる物々しい気迫とは裏腹に、神秘的な光を湛えた瞳は物憂げに村を眺めている。

 視線の先にある村には人っ子一人、明かり一つなく、辺りはしんと静まり返っていた。


 その時、突如上空から聞こえてきた、バサッという羽音に彼女は顔を上げた。

 明るい満月の光に目を細めた彼女の足元に、黒い羽根が一枚、ひらりと舞い落ちる。


「終わった?紅音ちゃん」

「うん」


 彼女が見上げた先には、少女が一人。眩いばかりの月光を背に受けた少女は、静かに木の上へ舞い降りた。

 闇に紛れる黒い翼と巨大な葉っぱの団扇を携えたその少女は、彼女の友人、烏天狗の胡鳥(こちょう)である。


「じゃあ帰ろっか」


 少女が軽く頷けば、その身体はふわりと宙に浮く。

 華奢な見た目に似合わず力持ちな胡鳥が、少女を軽々と抱え上げたのである。


「いつもごめんね」

「いいのいいの、気にしないで」


 大妖怪が一人、烏天狗の胡鳥に抱き抱えられた少女の名は、如月紅音(きさらぎ あかね)

 彼女こそが、人々の噂する”あやかし巫女”その人である。



 ◇◇◇



「紅音ちゃん、そろそろそれ仕舞ったら?」

「え、まだ出てた?」

「出てたよ」


 自宅兼職場である神社へと戻る最中、胡鳥に指摘されるものの、紅音は特に慌てた様子も無い。

 頭の角に触れて目を瞑れば、瞬きする間も無く、その姿は変化していく。


 身に纏う巫女服はそのままに、腰まで伸びた赤髪と翡翠の瞳は元の黒色へ。

 二本の角はみるみるうちにその姿を消し、彼女は"人間"となった。


「便利だよね、その力」

「必要ないのが一番だよ」




 如月。



 きさらぎ。



 …(きさらぎ)




 何を隠そう、如月家の由来は”きさらぎ”。すなわち、"鬼"である。


 彼女の生家である如月家は、遠い昔大妖怪たる鬼によって興され、現代に至るまでその血を受け継いできた一族であり、とある縁により、この息吹山とその周辺を護っている。

 如月家の人間は皆、大小の差はあれど妖力を所持してこの世に生を受ける。しかし、彼女はその中でも人一倍強い妖力と霊力を併せ持って生まれた。


「初代の再来」「初代の生まれ変わり」。そう称された彼女は時に崇められ、時に疎まれて育った。

 同年代の子供たちからも、実の両親からも。彼女を崇めるのは前時代的な考えを捨てきれない世代の親族と、如月家の妄信的な信者たちだけである。


 そんな環境で育てられた少女に、人間の友達などできるだろうか?当然、答えは否だ。

 孤独に生きてきた彼女を愛するのは、妖のみ。彼らもまた、人によって生み出されながらも、人としては生きられない存在であるから。

 友達として、同族として。彼女もまた、彼らをこの上ない程に愛している。


「冷えてきちゃったね。ちょっと飛ばすけどいい?」

「いいよ、早く帰ろう」


 妖を愛し、妖に愛された、妖の血を引く巫女。

 それこそが、彼女を”あやかし巫女”と呼ばしめる所以である。

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