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「うわぁぁぁ痛いよぉぉぉぉ」
エマーリエはこれでもかと言うほどの大声を上げて叫んだ。
城の医務室には、王子の護衛騎士と、アラン王子、王妃、エマーリエの母メアリーが集まっていた。
青ざめた顔で心配そうに様子を見ていたメアリーがエマーリエの無事な方の手を握りながらも注意をする。
「大きな声をださないの。ここはお城なのよ」
「でも、痛いのぉぉ」
あまりの大声に、医務室の周りには様子を見に来た見物人たちが集まりそのたびにアラン王子がドアから顔を出して追い払っていた。
エマーリエの手から枝を丁寧に引き抜き、医者は息を吐く。
「ほい、枝は抜けた。細い枝だからよかった。手を動かしてみなさい」
「無理よぉぉ。痛くて、痛くてピクリとも動かせない」
大泣きをしながら叫ぶエマーリエにメアリーが耳を塞ぐ。
「耳が痛いわ。もう少し声の大きさを押さえてくれないかしら」
「娘が大怪我しているのに、酷い!」
「心配はしているわよ。でも、耳が痛くて」
よろよろと、エマーリエから離れて耳を撫で始めたメアリーにさすがの王妃も頷いた。
「元気なのはいいけれど、少し声が大きいわね。でも元気でいいわね」
「申し訳ございません。元気だけが取り柄なのです」
耳を押さえながら頭を下げるメアリーに王妃は手に持っていた扇子を広げて口元に当てながら微笑んだ。
「取柄はそれだけではないわね。アランの危機を救ったじゃない!それも、あらかじめ危ないのが解っていたようね。そうよね?エマーリエちゃん」
耳元で言う王妃の言葉にエマーリエは泣きながら頷いた。
手の痛みが辛く他のことなど考えられなかったが、アラン王子の映像を見たのは確かだ。
「アラン王子の右目に枝が刺さるのが見えたんです。だから危ないと思って手を伸ばしたら、こんな目に・・・。でも、王子の目が無事で良かったです」
大粒の涙を流しながら言うエマーリエにアラン王子はため息を付いて額に手を当てる。
「バカが、真面目に言うな・・・」
「アラン、何か言ったかしら?」
王妃にギロリと睨まれてアランは肩をすくめた。
「別に・・・」
「隠したいのでしょうけれどそうはいきませんよ」
王妃は広げていた扇子をゆっくりと閉じてアラン王子を横目で睨みつけてからエマーリエに微笑んだ。
「エマーリエちゃん、アランの危機を見えたのはきっと運命の相手だからよ」
「運命の相手?」
突拍子もない事を言われエマーリエはぽかんと口を開けて王妃を見る。
美しいアラン王子と同じ青い目がエマーリエを見つめる。
「王室には秘密が沢山あるのよ。その一つに伝えられていることがあるの。王族の運命の相手は、愛する者の命の危機が見えるって」
「えっ、本当ですか?」
「私も伝説だと思っていたけれど、実際あるものねぇ」
王妃は関心しながらエマーリエを見つめている。
「で、私は思ったの。運命の相手なのだからお互い結婚してしまえばいいのではないかって」
「母上!俺は反対です」
王妃の提案にアラン王子の鋭い声にエマーリエは首をすくめた。
アラン王子が運命の相手だとしたら喜ばしいが、肝心の王子が乗り気ではないなら嬉しくもない。
「貴方の危機が見えるのよ。それに可愛い子じゃないの。悪くないでしょ」
「俺と婚約したらエマーリエが・・・」
アラン王子は何かを言いかけて口を噤んだ。
王妃はアラン王子の傍に行くと、耳元で囁いた。
「大丈夫よ。もし何かあるのならアランが守ればいいでしょう。今日のエマーリエちゃんのように」
「リスクがありすぎる。俺はあの通りになるのはごめんだ」
「意気地なし。これは王家の決まりなのよ。運命の相手がいるのならそれ以外とは結ばれないって。エマーリエちゃんが可哀想でしょう。一生独身かもしれないのよ」
「クッ・・・」
王妃とアラン王子はコソコソと話しているが話し声は室内に響きエマーリエにも聞こえている。
すかさず青い顔をしたメアリーが進み出て頭を下げた。
「王妃様、お言葉ですが娘が王家に嫁ぐなどとんでもない事でございます。とても王家でやっていけるとは思えません。お恥ずかしいですが、我が家とは身分も違います」
「大丈夫ですわ。アランは次男、王族と言っても二番手、スペアよ!少しお金持ちの家に嫁いでいくと思えばいいの。政はアランがやりますわ。これは王家での決まり事です。運命の相手は間違いなく上手くいくから安心して頂戴」
王家での決まりと言われてはメアリーも反対できず頷いて頭をさげた。
エマーリエは理解できず王妃とアラン王子を交互に見た。
「えーっと、一体どういうことですか?」
「アランと結婚するのはエマーリエちゃんに決まったという事よ」
「えっ?アラン様は嫌だって・・・」
自分を否定されたような気がして落ち込むエマーリエにアラン王子は息を吐いた。
「別にお前を嫌っているわけではない。ただ、運命の相手と言うのが納得いかないんだ」
「え、嫌っていない?」
嫌われていないという言葉に目を輝かせるエマーリエにアラン王子は苦笑した。
「だからと言って好きだとは言っていないぞ」
穏やかな顔をしたアラン王子に手の痛みも忘れて顔を赤くしてボーっと眺めるエマーリエにケガの様子を見ていた医者が頷く。
「手が動いているから神経は無事だったようだな。よかったな」
エマーリエを抜かした全員が安心して息を吐く。
アランと婚約できるという喜びにすっかり手の痛みを忘れていたエマーリエ。
わずかに動かした手を見て医師はもう一度頷いた。
神経に傷がついていたら上手く動かせないなど支障が出ただろう。
アラン王子はエマーリエの隣に立ち、傷を覗き込みながら聞いた。
「良かった。どれぐらいで治りますか?」
「うーん。完治まで半年ぐらいかな」
「半年?そんなに長いの・・・。右手だとお化粧もできないわ」
また泣き出しそうなエマーリエにアラン王子は慌てて慰めるように背に手を置いて叩いた。
「不自由だろうが、傷が治るまでの我慢だ。そうだ、城に住めばいいだろ。世話をする者が沢山いる」
「そんな、お世話になるなんて」
流石のエマーリエも辞退しようとするが、なぜかアラン王子は首を振った。
「いや、俺の不注意でもある。治るまでは手助けさせてくれ」
アラン王子のお誘いはうれしいが、さすがに城で過ごすのは落ち着かない。
エマーリエは断ろうとアラン王子を見上げると、またノイズがかった映像が脳裏に流れた。
映像は白黒で、ノイズがかかっていてよく見えないが豪華な衣装をきたアラン王子が必死に何かを叫んでいる。
おそらくエマーリエに向かって叫んでいるのだろうが声も音も聞こえない。
アラン王子は叫びながら剣を抜いて走ってくるが後ろから何者かに剣で斬りつけられて倒れた。
倒れたアラン王子に数人が集まり剣で体を何か所も刺し始めた。
床に血だまりができ、それを見ているエマーリエも床に倒れた。
必死に倒れているアラン王子に手を伸ばすが届かない。
そこで意識がクリアになる。
「なに・・今の」
呟いたエマーリエにアラン王子がハッとする。
「何か視たのか?」
アラン王子の言葉に、その場にいた王妃とメアリーも険しい顔をした。
「何かはよくわからないけれど・・・、豪華な服を着たアラン様が剣で刺されているのを見ました」
「それはいつだ?俺はどんな服を着ていた?お前は何を着ていた?」
両肩に手を置いて必死に聞いてくるアラン王子にエマーリエは首を振る。
「自分の姿は見えませんでした。自分視線で、白黒映像でノイズがかかっていて鮮明ではなかったわ。アラン王子は豪華な服を着ていて騎士服の豪華版みたいな・・・」
エマーリエが思い出しながら言うとアラン王子は頷いた。
「豪華な騎士服か・・・。何かの式典か?」
「あなた達の結婚式って考えもあるわよ」
王妃が口を挟むとアラン王子は首をふる。
「それは無いな」
「どうしてわかるのですか?」
不思議そうなエマーリエにアラン王子は気まずそうに咳払いをした。
「そんな気がしただけだ。俺は結婚したくないから結婚式などありえないってことだ。それで、俺は剣で刺されていたのか?」
「はい、後ろから斬りつけられて、倒れたアラン王子に数人がかりで体を刺していました」
「なるほどな・・・。お前は、どうなったんだ?」
「私も床に倒れて必死にアラン様に手を伸ばそうとしていました。そこで見えた映像は終わりです」
エマーリエが言うと、アラン王子は険しい顔をする。
「俺の命とお前の命も危ないという事だ。とりあえず俺が豪華な服を着て出るような式典には行かない様にすれば回避できるな」
「そうね。エマーリエちゃんの見たものを回避していけばアランは無事に過ごせるわ。ありがとうエマーリエちゃん」
王妃は感激してエマーリエの両手を握って大きく上下に振った。
右手の傷口に痛みが走りエマーリエは大声を上げる。
「いたーい!痛いです」
「あら、ごめんなさい」
「母上。エマーリエはケガ人だ。丁寧に扱ってやってくれ」
初めて見た雰囲気よりもだいぶ和らいだアラン王子の様子にエマーリエは頬を赤く染める。
一目ぼれだったけれどやっぱり好き。
心の中で呟きながらアラン王子の顔を見つめる。
王妃の言う通り、運命の相手なのかもしれないとエマーリエが見つめているとアラン王子は眉をひそめた。
「具合が悪いのか?かなりの大怪我だからな。母上やはり、城で療養してもらおう」
「そうね。医者も常駐しているし、アランと仲良くなるチャンスだし。それに、一緒に居ればアランの命の危機がわかるかもしれないし。いいと思うわ」
着々と進んでいく話に、エマーリエは気持ちがついて行かれず母親を振り返った。
いくらアラン王子に一目ぼれしたとはいえ、話が進みすぎだろう。
不安な顔をしているエマーリエにメアリーは諦めた顔をしている。
「アラン王子にご協力できることがあるようだからしっかりお仕事しなさい。婚約やら結婚などはしばらく時間をおいて考えましょう」
「考えるのはいいけれど、婚約はしないとね。王家の決まりなのよ」
断言する王妃にメアリーは仕方なく頷く。
王家の決まりと何度も言われ反対できるほどの権力は持っていない。
そんなメアリーに王妃はニッコリと笑った。
「大丈夫よ。どうしてもエマーリエちゃんがアランと結婚したくなと言えばちゃんと解消させるから。乙女の心は無視しないわ、私はエマーリエちゃんの見方よ」
「はぁ・・・」
力説する王妃にエマーリエとメアリーは頷いた。
「でもね、アランの命を救ってほしいの。あ、別に命を年中狙われているわけではないの。今回みたいな事故もあるからそれを救ってくれると嬉しいわ」
「お力になれるなら、頑張ります」
一目ぼれしたアラン王子の命を救える役目になれるならとエマーリエは喜んで頭を下げた。
そんなエマーリエに王妃は喜んでまたエマーリエの両手を握る。
「ありがとう、エマーリエちゃん」
「いたーい!痛いです」
手の痛みに泣き叫ぶエマーリエを見てアラン王子はため息を付いた。
「何をやってんだ母上・・・」