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エマーリエ・ヴェッタは目の前に広がる城の庭園を見て息を吐いた。
「なんて素敵なのかしら。季節の花がちゃんと咲いていて、ウチとは大違いね!お母さま」
「静かにしなさい。ウチの恥を大きな声で言うものではありません」
エマーリエの横に立っていた母メアリーが慌てて囁いて注意をした。
「一面の薔薇っていうのはこういうことを指すのね。お城は立派だし、庭園は綺麗だし、お料理は美味しいし最高」
うっとりと庭を眺めるエマーリエに母はため息を付いた。
「今日は、アラン王子の婚約者を見定めるパーティーなのだからしっかりとして頂戴」
「でもお母さまは私がアラン王子の婚約者に選ばれたら困るでしょ」
「困るわよ。我が家は身分だけはあるけれどお金はないし。それに、エマーリエが王族として暮らせるわけないもの。数年で辛くなって、実家に帰りたいって泣きついても帰れないのよ」
母親の言葉にエマーリエは頷いた。
「そうね。お母さまの言うとおりだわ。でも、アラン王子は今年で21歳。私は20歳ちょうど年頃は合うと思うのよ。王子が私に惚れたら断れる自信がないわ」
「心配しないでも、王子が貴女みたいな礼儀のなっていない子を選ばないから大丈夫。娘の事を悪くは言いたくはないけれど、見た目も普通、礼儀作法も普通の子は選ばれません」
エマーリエは立食パーティーが開かれている庭を見回した。
アラン王子と釣り合うぐらいの年頃の女性達が着飾って上品に笑っている。
娘に付き合っている保護者達も綺麗で上品な人ばかりだ。
たしかに、自分には合わない世界かもしれないとエマーリエは頷いた。
「私たち親子とは気品が違うわね。高そうなお料理を選んで食べていないわ」
エマーリエの言葉に母のメアリーは自分の皿に取り分けたお菓子とカナッペを見て気まずい視線を娘に向ける。
高級食品が乗っているカナッペを選んでいるのはエマーリエも同じでメアリーはため息を付いた。
「親子そろって情けないわね」
「どれが一番高いかすぐ見定めてしまう、悲しいわね。お母さま」
エマーリエはできるだけ上品に取り分けたカナッペを食べた。
バケットの上にはサーモンと生バジルとオリーブオイルで味をしてあるさっぱりとしたトマトが口に広がりエマーリエは目を閉じた。
「美味しいわー。パンにはニンニクで味がしてあるのがポイントね。こういうのが毎日食べたいわ」
目を閉じて感想を言う娘の背中をつねる。
「大きな声で感想を言わないでちょうだい。食べたいなら自分で作りなさい」
「無理に決まっているじゃない。レシピ通りに作れる気がしないわ」
エマーリエも小声で言い返す。
すると、庭園に居た女性たちがざわめきベアトリス王妃がにこやかに登場した。
王妃は金色の髪の毛に青い瞳と大変美しい容姿をしており50歳にはとても見えない。
薄ピンク色のドレスもとても似合っている。
「皆様、お楽しみいただいているかしら。今日は、アランの為に集まってくれてありがとう。アランも喜んでいるわ。この中からいい人が見つかるといいのだけれど」
王妃は可愛らしくウフフと笑うと、後ろを振り返った。
「ほら、アラン早く来なさい」
王妃に促されて不機嫌な顔をしたアラン王子が進み出る。
金色の髪の毛の王妃とは対照的に、アラン王子は黒い髪の毛に黒い瞳で整った顔がエキゾチックに見えるかなりの美形だ。
アラン王子の姿に集まっていた女性達が黄色い悲鳴を上げた。
その声にますますアラン王子の機嫌が悪くなり、鋭い視線を向けた。
睨まれた女性たちはスッと押し黙る。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。どうぞ、お楽しみください」
ニコリともせずに言うアラン王子にますます女性たちは押し黙ってヒソヒソと話し始めた。
「アラン王子は噂通り、気難しい方なのね」
「顔は素敵だけれど、雰囲気が怖いわ・・・」
そんな女性達が引いている中、エマーリエは目を輝かせてアラン王子を見つめている。
「素敵、とっても素敵」
「・・・エマーリエ・・・」
ボーっと王子を見つめているエマーリエに母メアリーは軽く頭が痛くなり額に手を置いた。
「何度も言うけれど、エマーリエとアラン王子は釣り合わないのよ。分かっているわね」
念押して言うメアリーの言葉など聞いていないエマーリエは瞬きするのも忘れてアラン王子を見つめ続けている。
「では、失礼」
軽く頭を下げて立食パーティー会場を横切って去ろうとする王子の手を王妃が慌てて掴んだ。
「待ちなさい。どこへ行くと言うの?」
笑みを称えて優雅に言うが、王妃の目は笑っていない。
アラン王子はそんな王妃の顔をちらりと見て肩眉を上げる。
「挨拶は済んだので、少し庭を歩いてきます」
掴んでいた王妃の手を振り払って歩いてくる王子に女性達はさっと道を開ける。
睨みつけるように王子に見られて女性達は恐ろしくて声を掛けることができず、王子の背を見送った。
「私、ご挨拶だけでもしてくるわ」
手に持っていた皿を母に押し付けて、エマーリエは走り出す。
「待ちなさい」
母が止めるのも聞かずに、エマーリエはバラ園へと向かったアラン王子の背を追いかける。
パーティー会場から少し歩いた先にアラン王子の姿を見つけてエマーリエは声をかけた。
「アラン王子」
エマーリエの呼びかけも無視して王子は振り返ることなく歩き続けている。
「アラン王子!待ってください」
何が何でも挨拶だけでもしたいと、エマーリエはアラン王子の腕に触れた。
アラン王子の触れた指先から電流が流れたような痺れが伝って全身を襲う。
エマーリエは目を見開いたまま固まると、脳裏に映像が流れ始めた。
砂嵐のように荒い映像は白黒だ。
アラン王子が驚いた顔をしてエマーリエを見つめている。
そして2・3歩後ろに下がるアラン王子に庭園に立っていた木の枝が落ちてくる。
見上げたアラン王子の右目に木の枝が刺さり血を流す映像が見えた。
「なに・・・今の映像・・・」
視界がクリアになり、エマーリエは前に立っているアラン王子を見つめた。
先ほど見た映像と同じようにアラン王子は目を見開いてエマーリエを見つめている。
「・・・お前だったのか・・・」
驚いて呟くアラン王子はエマーリエを見つめ、ふらつきながら一歩後ろに下がった。
ノイズがった映像と同じだ。
エマーリエはアラン王子に手を伸ばす。
「アラン王子、危ないです!上から枝が落ちてきますよ」
アラン王子の腕を掴もうとエマーリエが手を伸ばすが、また一歩下がってしまった。
「枝だと?」
訝しみながらアラン王子は上を見上げる。
エマーリエもつられて上を見ると、映像で見たのと同じように枝が落ちてくるのが見えた。
「アラン王子、危ない!」
落ちてくる枝から守ろうとエマーリエはアラン王子の右目に両手を伸ばした。
伸ばしたエマーリエの手に枝が刺さり痛みが襲う。
「いっ・・・」
痛みのあまり悲鳴すら上げられず、歯を食いしばってうずくまった。
自らの右手を見ると、手のひらに刺さった木の枝が目に入り今度は大きな悲鳴を上げた。
「枝が!刺さっている・・・」
「落ち着け、動くと傷に響くぞ」
アラン王子はパニックになるエマーリエの頭を引き寄せて自分の胸に埋めさせた。
エマーリエの枝が刺さった右手から血が溢れだし、地面に血だまりを作る。
アラン王子はエマーリエの手を取って手に力を入れて止血を試みる。
「見るな、傷は浅いぞ」
アラン王子の言葉に、エマーリエは泣き叫んだ。
「嘘よぉ。枝が、手に刺さっているのよ」
「大丈夫だから」
エマーリエに傷を見させないように、アラン王子はエマーリエの頭を抱え込んだ。
大声を上げて叫んでるエマーリエの声が聞こえたのか、城の騎士達が駆け寄ってきた。
「アラン王子、どうしました」
「彼女が怪我をした。止血をしてくれ」
駆け寄ってきた騎士は枝が刺さっているエマーリエの手の平を見て顔をしかめる。
「これは・・・酷いですね」
「酷いって言ったぁ。やっぱり酷い怪我なんだわ」
「大丈夫だ。余計なことを言うな」
エマーリエを慰めつつ、後半は駆けつけた騎士を睨みつけながら言った。
騎士は頷いて、ハンカチを出すとエマーリエの腕にきつく巻いた。
巻かれた布がきちんと止血できているか確認して、アラン王子はエマーリエを抱き上げる。
「助かった。彼女を医務室に連れていく」
ふわりとした感覚にエマーリエは痛みが無い方の腕で王子の服を掴んだ。
「落とさないから暴れるなよ」
アラン王子に言われてエマーリエは泣きながら頷いた。
「痛いよー。でも王子が無事でよかったです」
わんわん泣くエマーリエに王子は頷いて歩き出した。
その後ろを騎士が付いてくる。
「一体何があったのですか?」
「木の枝が上から落ちてきたところを彼女が身を挺して助けてくれたんだ」
「この女性はどちらの方でしょうか。きっとアラン王子のお見合いパーティーに参加されている方ですよね」
騎士の言葉にアラン王子は顔をしかめる。
「さぁな」
「親御さんとご一緒でしたら、早く知らせてあげないと」
心配そうな騎士に、アラン王子は息を一つ吐いた。
「エマーリエだ。彼女の名前はエマーリエだと思う」
「すぐに保護者の方に知らせてきます」
騎士は敬礼をすると走ってパーティー会場へと向かった。
腕の中で大泣きしているエマーリエの顔を見てアラン王子は呟く。
「まったく、お前だったとは・・・・」