第2-17話 野球と命
6月16日(奈緒)
今日は夏の大会の抽選会に、私と監督とキャプテンが行く事になっていた。
抽選会かあ
私は後部座席に座り、キャプテンは助手席に座る。
「監督、どれくらいのチームが参加するんですか?」
「東西どちらも約130校が参加する。シード校で6回、ノーシードだと8回勝てば甲子園に行ける。」
ふ〜ん、2回も多く勝たないといけないんだ
「シード校って何校あるんですか?」
「第1シードが事前大会で一番強くて、第3シードまであるんだ」
「でも甲子園に行くには、どこと当たろうと一緒ですよね?」
「まあそう言う事だな」
大会の事を聞きながら、渋谷区にある赤山学園講堂に着いた。
東京都の全校が集まるので、会場は熱気で埋め尽くされる。
壇上には1から130までの数字が書かれた大きな板がある。
1番には既に高校名の書いた札が掛けてあった。
講堂の席に座ると
「もう高校名が書かれた札が描けてありますね?」
「あれはシード校だよ。一番の高校は第一シードの東京三校だよ。」
「やっぱり強いんですか?」
「まだ君達が入部する前にやった練習試合では、ボロボロだったよ。」
「そうなんだ。でも今なら勝てますよね?」
「う〜ん。絶対では無いけど、いい試合は出来ると思う」
そんなに強いんだ
キャプテンが呼ばれて、いよいよ抽選が始まる。心城学園は中間の55番目にくじを引く事になった。
55と言えば、勝利の誕生日の5月5日を連想する。
よし!いい番号だ!
心の中でガッツポーズをする。
私の受験番号も55だったし、きっといい事が起こる気がして、ワクワクしていた。
くじが始まった。
それぞれが自分の高校名が書かれた札を持ってクジを引く。そして壇上にある、番号が書かれた板に、自分が引いた番号の場所に高校名が書かれた札を掛ける。
最初の方は会場も静かだったが、対戦相手が決まると会場が騒がしくなる。
いよいよ心城学園の順番がやって来た。
マイクで番号が伝えられる。
「心城学園、3番」
監督が
「あちゃー」
顔を手で覆った。
何で監督がそんなリアクションをとったのか分からず
「どうしたんですか?」
「いや、3回戦で第一シードの東京三校と対戦になってしまった。
出来れば決勝で当たりたかった」
「どうしてですか?」
「あまりにも、この前の試合内容が酷かったから、自信をつけて臨んで欲しかった」
「そんなに酷かったんですか?」
すると監督が渋そうな顔をして、
「うん、最悪だった」
そして2番と4番の高校が埋まると、私達の前の席が騒ぐ
「やったー」
?
「3回戦までは楽な試合になるな」
平日なのに5人も会場に来ていた東京三校の選手達が騒いでいた。
その舐め切った態度に怒りを感じる。
そしてキャプテンが席に戻って来る。
「すいません」
監督と同じ考えだったのだろう、暗い表情で監督に謝った。
すると前の東京三校の選手が
「川田、よろしくな。せめて2回勝ち抜いて来いよ」
「菊池達も、よく練習しないと3回戦で俺達に負ける事になるぞ!」
「おーそうだな、頑張るよ」
ニヤけた顔で返事をした。
何かムカつく
私は川田さんに
「先輩、夏の大会では本気で戦うんですよね?シード校って大した事無いチームでしたよね。確か甲子園で2回戦負けのチームですよね?」
すると川田さんに話しかけて来た選手が
「バカ!甲子園に出るのが大変なんだよ!心城学園のマネージャーは、そんな事も知らないのか?」
すると川田さんが
「俺達はお前達の事を相手になんかしてないんだよ!目指すのは甲子園で優勝する事だけなんだ。」
キャプテンの言葉を馬鹿にした様に笑う。
監督「もうその辺にしておけ、勝負はグラウンドだけだ。こんな所で言い合ったってしょうがない。」
するとキャプテンも東京三校の選手も黙り、抽選会に注目した。
少し気掛かりな事があったので川田さんに、小さい声で質問する。
「先輩、あの東京三校の人と知り合い何ですか?」
「家が近所で、小さい頃から一緒に野球をやって遊んでたんだよ」
「幼馴染?」
「まあそう言う事。ただ一緒に東京三校に行こうと言われたんだけど、俺が断ったんだ」
?
「どうしてですか?」
「アイツは、基本は凄く優しい奴で、出来の悪い俺を必死に野球を教えてくれたんだよ。ただ、俺と違って野球センスに優れているアイツが自分の為に、もっと時間を使って欲しかったんだ。
だから俺は高校で一緒に野球をやるのを拒んだんだよ。」
「ヘェ〜友情ですね。でも、その事は言って無いんですか?」
すると微笑みながら
「さすがに言えないよ」
確かに言いづらいかな
抽選会が終わり、会場を後にする。
そして監督の車の中
監督「1回戦が7月6日の日曜日で2回戦が7月9日、そして東京三校との試合が7月15日だ。
もう3週間しか無いから頑張らないとな」
川田さんが、力がこもった返事をする。
「はい!」
「ただ3回戦が終わっても、4、5回戦、準々決勝までは、中1日の厳しい日程になって、中2日空いてから準決勝、決勝だ。
この1ヶ月は、みんなも気を引き締めていかないとな」
川田「でも第一シードのブロックは、本当に東京三校に勝てれば、準々決勝までシード校と当たらないから、3回戦が勝負ですね」
監督「うちと同じ様に、今までの戦力とは、まるっきり違う高校もあるから、気は抜くなよ」
何かワクワクしてきた。
学校に戻り、抽選結果を伝える。
最初は困惑していたが、3回戦の壁さえクリアすれば、甲子園に近づく事をキャプテンが伝えると、打倒東京三校にみんなが燃えた。
わあ、楽しみ
帰りも大会の事で盛り上がり、家に着く。
すると、詩音から着信が入った。
「もしもしどうしたの?」
えっ!
(勝利)
7月6日かあ
抽選が終わると、勝負の瞬間が近づいてくるのをヒシヒシと感じる。
家に着くとすぐにお風呂に入って汗を流して、サッパリとした状態で食卓に座る。
僕が座ったと同時に母が話し掛けてくる。
「ねえ勝利、さっき携帯が鳴ってたわよ」
「えっ俺?」
誰だろう?
TV横で充電していた携帯を確認する。
奈緒?
何だろう?普段は留守電なんて入れないのに、留守電になっている。
僕は留守電を聞いた。
(勝利、すぐに電話頂戴)
何だろう?
僕は奈緒に電話を掛けた。
着信音が鳴らない間に奈緒の声がしてビックリする。携帯が鳴るのを待っていたんだろう。
「勝利!大変だよ!」
「どうしたんだよ、そんなに慌てて」
「勝利の・・勝利の血液が適合したみたいよ」
いきなりの言葉でよく分からない
「適合?」
「何言ってるの、莉乃ちゃんの骨髄適性が合ったのよ」
「えっ本当!」
「本当に本当よ」
これで莉乃を助けれる
「やったー」
すると奈緒の声質が変わる
「でも勝利、これから検査を受けたりして、一番早くて7月16日だって」
「そんなにかかるの?」
「うん」
「でも、1日でも早く手術しないと・・・」
「うん」
奈緒が返事をする
電話が終わり食卓に座る。
母「どうしたの?顔色が悪いわよ」
心配そうに声を掛けてきた。
「俺の骨髄が莉乃の骨髄に適合したみたいなんだ。」
「あら、やったわね。良かったね」
笑顔で言ってきた。
「うん、ただ最速でも夏の大会が始まっている7月16日みたいなんだ。
・・でも、莉乃の命の方が大事だから野球部のみんなには迷惑をかけてしまうけど、僕は1日でも早く莉乃を助けたい」
「大丈夫よ、みんなも分かってくれるわよ」
莉乃の命に比べる物なんてある訳が無い。
とは言っても言いづらい。
さっきまでお腹が空いて、待ち切れなかったのが嘘の様に食欲が無くなった。
でもその反面、莉乃を助けれるかもしれない事に喜びを感じていた。
よし!明日、皆んなに伝えよう!
翌日の朝
それにしても、昨日は考えすぎて寝れなかった。
いつもより早く家を出る。
そして待ち合わせ場所に向かって歩いて行く
あれ?
耕太と奈緒が既に待っていた。
僕が近づくと耕太が
「勝利、良かったな。」
笑顔で言ってきた。
奈緒「監督にも私から言ったわよ」
耕太も続いて
「俺もキャプテンと近藤に電話しておいたよ」
やはりこの大会で引退する3年生の気持ちが気になる。
「キャプテンは何て言ってた?」
「電話では喜んでる感じだったぞ」
ちょっと胸の突っかかりが少し取れた感じだった。
朝練の為、教室に向かわず、直接グラウンドに向かう。
するとキャプテンが、ユニフォームに着替えず部室の前で待っていた。
僕達はキャプテンの所に走って向かう。
「キャプテン、すいませんでした。」
最初に謝った。
「謝る必要なんて無いよ。彼女の命の方が大事なのは、当たり前だよ。ただ、今日の朝練は、話し合いをしたい。」
そして全員が集まると、キャプテンが事情を説明した。
すると3年レフトの副キャプテンである是永さんが
「移植は大会の後でも大丈夫だと思うけど、そんなにすぐにやる必要があるのかよ?」
僕は真剣な表情をして
「いつ急変して命を落とすか分からないんです。」
すると安川さんが続く
「俺達だって命かけてるんだよ!」
気持ちは分かる。分かるだけにみんなの言葉が痛い。
でも・・・
みんなも体力の限界を越えて頑張っているのだ、なかには女性との関係を絶って頑張っている選手もいるのは知っている。
だけど・・・
もう僕は何を言っていいのか分からない。
自然とその場で、土下座をした。
「ごめんなさい。どうしても彼女を失いたく無いんです。もし移植が遅れた事で彼女を失ってしまう事は絶対に嫌なんです。
もし許されないのなら、僕は野球部を辞めます。」
耕太がそれを聞いて
「勝利!
でもそうだよな。お前の一番大事な事だもんな。」
耕太も土下座をしながら
「みんな、分かって下さい。勝利の思う通りにさせて下さい。」
すると奈緒も続いて土下座する。
「先輩達、すいません。勝利の思いを分かって下さい。」
さすがにみんな黙り込んだ。
そこへ監督がやって来た。
「お前達何やってるんだ!」
いきなり大きな声で皆んなに怒る。
「監督、僕が勝手に土下座したんです。皆んなが土下座させた訳では無いんです。」
「そうなのか、勝手に決めつけてすまん。」
少し間隔を開けて、再度監督が話し始める。
「俺なりに考えたんだが、小野には病院で二つの事を聞いてきて欲しい。
早くて7月16日の手術になると言っていたけど、7月15日の試合に出る事が出来るか聞いて欲しいのと、復帰出来るのは早くていつになるのか聞いてきて欲しい。
もし7月15日の試合が出れて、復帰が可能なら、希望は有る」
僕は監督の言葉に返事をする。
「はい、これから病院に行って聞いてきます。」
監督が皆んなにゲキを飛ばす。
「7月15日を越えれれば、お前達で4、5回戦を勝たなくてはならない。シード校とは当たらないんだから、勝てるだろ?」
返事が無い
「勝てないのか?」
するとキャプテンが
「絶対に勝ちます。」
近藤も続く
「当たり前です。打って打って打ちまくってやる!」
先程まで否定的だった是永さんも
「とにかく、やるしかない!」
よかった
僕の頬に涙が流れた。
「みんなありがとうございます。」
土下座の姿勢のまま、深々と頭を下げた。
近藤が
「男がみんなの前で泣くんじゃねえよ!
そのかわり絶対に彼女を助けろよ!」
「おう、絶対に助ける」




