第2-9話 白いバク
5月(祐輔)
5月に入ると他県との練習試合が多く組み込まれる。
このゴールデンウィークは、他県の強豪高校との練習試合が増える。
稲川実業も、今年は松原の加入で注目を浴びていて、複数の高校から練習試合を申し込まれていた。
監督が投球練習場にやって来て投手を集めた。
「今年もこれから本番に向けて、練習試合が多く組み込まれる。
県内の強豪高校との練習試合では大野は使わない。県外の高校だけ大野を使う。
相手の弱点を探る為にも球種を多様する事になるから、そのつもりで練習してくれ。
勿論、ベンチ入りする投手は、本番も全員が投げる機会があるだろうから、絶対に気を抜かないように!」
すると全員で気合の入った返事をする。
1年生を混ぜると10人以上いる投手の中でベンチに入れるのは3人なので、かなり熾烈な争いになる。
特に練習試合で結果を残さなければ、ベンチ入りは出来ない。
5月1日
相手は同じ地区の久我海学園、去年の代表校で甲子園の準優勝校。そして今年の第一シード校になる学校だ。
3年生の柏木投手と4番打者でキャッチャーの佐田が全国区の選手で、特に柏木はプロからも注目を浴びている。
うちの先発は元エースの黒川さんだ。
今年の久我海学園は、去年で自信を持ったせいか、一回りも二回りも貫禄と実力を兼ね揃っていた。
黒川さんは丁寧にコーナーをつくピッチングをしたのだが、久我海学園に5回までに3点を取られてしまった。
柏木も5回でマウンドを降りたが、稲川打線をヒット2本の0点に抑えた。
そして稲川実業の2番手にはサイドスローの伊藤さんが投げたが、予定の3回を持たず、2回で4点取られて降板した。
そして急遽マウンドに立ったのは一般入部の1年生の田村だった。
田村は中学では茨城県優勝チームのエースであり、妙にプライドが高く、やたらと俺にも突っ掛かって来る。投球フォームは勝利と同じアンダースローだが、どの球を見ても勝利の足元にも及ばない。
ただ、殆どの投手がオーバースローなので、田村は一般入部の1年の中で、ただ一人だけ投球練習に参加していた。
その田村が1回を3人で仕留めて8回が終了した。
そして9回の表は、3年の左腕の高橋さんがランナーを出すものの0点に抑えた。
稲川打線は、2番手投手から3点を取ったものの、反撃はそこまでで終わった。
結局試合は、7ー3の完敗で終わった。
その日の夜
同室の松原は、柏木からヒット1本を打ったが、試合に負けたので落ち込んでいると思いきや妙に上機嫌だ。
部屋に戻っていつもなら、横の非常階段で下に降りて素振りをするのが日課なのだが、今日の松原は違った。
「どうした?やけに今日は嬉しそうだけど、いい事でもあったっけ?」
「いや〜、あれが前年の準優勝校って、あの程度だったら、俺達の方が強い」
「ウチは柏木から1点も奪えなかったのに、何を言ってんだよ」
「大丈夫だ。4打席もあれば俺がホームランを打ってやる。そして、お前が0点で抑えれば勝てる。」
松原が言うと本当にそう思えてくるから不思議だ。
「本番で久我海と対戦する時は頼んだぞ。俺も完封するから」
「おう、約束だぞ!忘れるなよ」
5月1日(莉乃)
抗癌剤治療は4月25日に終わり、翌日から無菌室を出て個室に移った。
そして、状態を診て一旦退院となる。
ただ、副作用の影響から1週間後に退院する事になっていて、その予定日が5月2日である。
今日の午後2時に親を交えて先生からの話を聞く事になっている。
先生の話がある時間より、かなり前に父と母が病室に来ていた。
父が話し掛けてくる
「母が家に戻って来てくれる事になったんだ。今働いている職場がかなり遠いから会社を辞めてからウチに戻ってくる。」
「パパ、ママ?」
二人して
「何?」
「また一緒に暮らせるんだね。」
母「莉乃ごめんね。今まで莉乃が苦しんでいたのに何もしてあげる事が出来なくて」
「ううん。これから今までの分、いっぱい甘えるから」
すると母が涙を溜めながら
「うん。いっぱい甘えてね。」
良かった。両親が戻ってくれて。
病気になった事で、唯一嬉しい出来事だった。
午後2時看護師が病室に入ってくる。
「先生が見えましたので、ナースステーション横の部屋に来てください。」
そして3人で看護師に言われた部屋に入ると、医師と看護師が先に部屋で待っていた。
医師からは、今のところ骨髄の適合者がいない事と、悪い細胞が消えて、これから作られる血液が正常であれば治る事を告げられる。
自宅に帰ってから気をつける事、定期的に検査を受けにくる事を告げられる。
もし正常な血液が出来なかった場合、まだ抗癌剤治療、放射線治療を行う事。
そして急変した時には救急車を呼んででも病院に受診する事を伝えられる。
そして、骨髄適合者が見つかったら、一刻も早く骨髄移植を行う必要がある事を告げられた。
急変して全身状態が悪くなり、死に至る事が考えられるからだと医師は言った。
5月5日(勝利の誕生日)
今日は勝利の誕生日だが、勿論まだ逢いに行く事は出来ない。
勝利に逢いたいなあ
そんな逢いたい思いが顔に出ていたのか、母が話しかけてくる。
母「どうしたの?」
「今日、勝利の誕生日なんだけど、会えなくて寂しいなあと思っていたの」
「う〜ん。今はまだ会えないもんね。
あっそうだ!莉乃が手作りで何かを作ったら?私が作った物を届けてあげるわ」
「でも今から何かを作るには、時間が無いよ」
母は悩んでいると、ゴールデンウィークで今日だけ休んでいる父が
「手紙でも書いたらどうだ?」
母「でもメールやLINEで、文章も写真も送り合っているのよ、確かに携帯が普及していない時は、手紙を貰うと嬉しかったけど・・・」
「でも手紙は心をこもった字で送られるから、同じ文章でも全然違うものだと思うよ。
パパも、ママから貰った手紙を今でも大事にしまっているぐらいだから」
「手紙かあ?勝利は気持ちを込めても、分かってくれないんじゃあ無いかな?」
父「いや、きっと分かるよ」
「そうかなあ?でも今から何かを作るのも難しいし、手紙を書いてみようかな」
父「小野さんの家は分かるから、書き終わったら持ってくよ。」
「ありがとう。気持ちを込めて書いてみるね」
私は部屋に行き、机に向かった。
5月5日(勝利)
ゴールデンウィークは、甲子園を目指す高校にとっては、二ヶ月後に始まる夏の選手権に向けて集中した練習を行う。
心城学園も徹底した守備練習を行い、夏の本番に向けて今日は仕上げの練習試合を予定していた。
僕達は実績も無いうえにノーシードの高校なので、強豪校は相手にもしてくれない。
結局、親交の深い和声高校との試合に決まった。去年の夏の大会では心城学園は3回戦、和声高校は2回戦で敗退。
しかし和声高校は、心城学園の事をライバル視している。
学校は近いが明らかに違う事がある。和声高校は男子校で心城学園は共学という事だ。
相手にしなければいいのだが、心城学園にも和声高校に対して闘志を燃やす人物がいる。紛れもない監督である。和声高校の野球部の監督とは学生時代からの友人なのだが、野球部でも和声高校の監督はエースで、ウチの監督は3番手投手だったらしい。
まったく大人気ない話である。
10時から試合が行われるのだが、早く来る様に指示されていたので、いつも学校に行く時間にいつもの場所で待ち合わせをしていた。
そしていつもと同じ様に約束の時間の15分前に着く様に家を出た。
マンションを出て待ち合わせ場所までは、2、3分の距離を歩くと、いつもの様に誰も居なかった。
待ち合わせ場所が見えるベンチに向かって歩き、ベンチに座った。
すると後ろの草むらから声が聞こえた。
「誕生日おめでとう!」
そしてクラッカーが鳴り、ビックリして耳を塞ぐ。
すると草むらから奈緒と耕太
!
それと彩香ちゃんと祐輔の姿があった。
「えっどうしたの?彩香ちゃんと祐輔まで?」
祐輔「元気が無い勝利に元気をつけに来た。」
「あ・・ありがとう」
奈緒「はい、プレゼント」
奈緒の手からキーホルダーを渡された。
?
白いゾウ?
ちょっと違うな。
それにしてもヤケにグロテスクな動物だな。
「これ何?」
祐輔「バクだよ、バク!」
「えっバク?」
祐輔「俺達が今、一番欲しい物なんだよ」
「えっ欲しい物?」
祐輔「まだ分かんないのかよ!」
僕は首を捻る
「夢だよ夢」
「だって、バクって夢を食べちゃうんじゃあ?」
耕太「本当に勝利は馬鹿だな!その白いバクは、悪い夢を食べると言われているんだよ」
「さっき祐輔が俺達って言ってたけど・・・俺だけ貰っちゃっていいの?」
すると、4人も同じキーホルダーを見せて
彩香「勿論、私達の分も買ったわよ」
あれ?
確か俺の誕生日では無かったのか?
祐輔「ほら、これ」
祐輔がもう一つキーホルダーを差し出して来た。
「えっこれは?」
祐輔「それは莉乃ちゃんの分だよ。これが本当の誕生日プレゼントだよ。」
キーホルダーを受け取り、莉乃が幼馴染の一員に加わったみたいで、嬉しかった。
それにしても祐輔が、物で縁起を担ぐのは意外だった。
「もしかして、祐輔も信じてるの?」
「あ〜夢が叶うなら、神頼みでも何でもしてやるよ。
俺は絶対に甲子園で優勝してやる。」
祐輔の言葉は中学の時の様に軽い口調では無く、甲子園で優勝するという夢を叶えようとする本気が伝わってきた。
「祐輔?」
「どうした勝利」
「僕も夢を叶えるよ。例え祐輔と優勝旗を争う事になっても、叶えてみせる。」
祐輔「当たり前だ!俺は絶対に負けないからな!
祐輔の言葉を聞き、いよいよ僕達の戦いが始まるのだと、実感したのであった。
そこで祐輔と彩香と別れて、心城学園に辿り着いた。




