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夢を叶えろ!  作者: 鈴月桜
第2章 高校1年夏
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第2-4話 松原と小鳥

4月6日 稲川実業 (祐輔)


日曜日の今日は入寮する日となっているので、昨夜から衣類を詰め込んだ、大型のスーツケースと旅行用ボストンバッグを持って家を出た。


寮は野球部専用の寮と学校が運営している、他の学生も入寮出来る寮と分かれているのだが、俺は野球部専用の寮への入寮が決まっていた。

野球部専用の寮は25室あり、3階は3年で10室、2階は2年で10室、1階は1年で5室となっている。

野球部でも野球部寮に入れない生徒は、一般寮に入寮する事になる。

野球部寮の選定は年に2回あり、夏の大会終了時と春の県予選終了時に行われる。

これも監督の判断で決められるのだ。


1年は推薦入学者の6人が選ばれた。

他の推薦入学で入寮を希望していた生徒は一般寮への入寮となった。

俺の球を受けてくれたキャッチャーの森山は野球部寮にはおらず、一般寮への入寮となっていた。


重たい荷物を持って寮に着いた。


寮の入口は建物の真ん中にあるので、玄関を開けて中に入ると、正面に階段が見える。

階段の前が廊下になっていて左右に伸びている。

玄関の左に寮の部屋番が書かれた下駄箱があり、右に事務室だろうか、受付窓口用の小窓があったので、小窓から声をかける。

「すいません。今日、入寮する大野です。」


・・・・


小窓の奥の部屋には誰もいないらしい。


すると1階の右に伸びる廊下から


「ちょっと待っててね。今行くから」

と女性の声がした。


玄関に向かって走ってくるスリッパの音が近づいてくる。


そして40歳くらいだろうか、女性が右廊下から出て来た。


母と同じくらいの歳の女性は、髪は後ろで結んでいて、目は二重で大きい、背は低いものの、体は大人の魅力を感じる。


「寮母?」

とつい声が出てしまう。


「そうよ、寮母の北原さつきよ。え〜と大野君って言ったわよね?」


「はい」


「君は105号室よ。松原君と同室よ」


「えっ松原と!」


「あら、嫌なの?」


「いえ、でかい者同志が同じ部屋だと息苦しいかなと思って」


「なるほど、確かにそうね。ただ右の一番奥の部屋は、他の部屋より大きいのよ。

310号室と210号室そして105号室へは、その歳の主軸が入る部屋になっているわ。

それとね、ベランダから右の非常階段にも出れるのよ。

あっ!でも、きちんと玄関を利用してね。


じゃあ、下駄箱の105号室に靴をしまって」


俺は靴を脱ぎ、寮母の後を追った。


そして105号室に入ると、寮の説明用のパンフレットに書かれている机とベッドしか無い部屋と違って、正面に勉強机が左右に置いてあり、右にも部屋がある。

右の部屋は二段ベッドと、衣類用のタンスが二つ置いてあった。


「ねっ、ここの部屋だけ2部屋あるのよ。寝室は少し狭いけど、寝るだけなら十分でしょ?」


「じゃあタンスに衣類をしまいながら寮の説明をするわね」


衣類をしまうのを手伝ってもらいながら、掃除当番、入浴、食事の時間、門限等を聞いた。


すると松原の声が聞こえてきた。

「お〜大野、同じ部屋だって?よろしくな」


「あ〜よろしく」

と一言返す。


衣類はしまい終わり、机に文房具類をしまおうと部屋を移動する。


すると松原がA4サイズぐらいある、写真を壁に貼り付けようとしていた。


「あら、松原君!壁に物を貼ったらダメよ!」

と寮母が注意する。


A4の写真を見ると、ちょっと小太りな小学生の女の子が写った写真であった。

「妹?」

「いや、俺の彼女」

「いやいや、それはマズイだろ」

寮母も何て言っていいか迷っている。


「正確に言うと、俺の初恋の相手だよ。今の俺を作ってくれた子なんだ」



寮母も気になるようで

「どう言う事?」

と聞くと、松原が話し始める。


「小学校の低学年の時は、ここまで体も大きくなくて、高学年の球を見えるんだけど、弾き返す力が無かった。俺は限界を勝手に感じて辞めようとしたんだけど、横の家の同級生の「小鳥(コトリ)が、清ちゃんは絶対に凄い選手になるんだから、頑張ってと、いつも励ましてくれた。

学校が終わって、小鳥をおんぶして走ったり、小鳥の親が持っていたダンベルを一生懸命外に持ってきてくれて、筋力トレーニングしたりして、徐々に力がついてきて、高等部の生徒の球を打てるようになってきた。

スランプになると、親のビデオを持ってきて、フォームのチェックを分からないながらも一緒にやってくれたんだ。


本当に野球が楽しくて楽しくてしょうがなかった。小鳥と野球をやるのが楽しくて楽しくてしょうがなかった。


でも、俺が小学校6年の時、小鳥は交通事故で重傷を負って、後で聞いたんだけど、アメリカでしか出来ない治療みたいで、アメリカに行ってしまった。


アメリカに行くのと同時期に隣の家も売りに出されていて、一切情報が無くなったんだ。

ただ、小鳥からいつも言われていた事があるんだ。



「清ちゃん、絶対に日本一のバッターになってね。」


「俺はその約束を絶対に守るんだ。だから、人一倍練習して、人一倍実績をつける事に執着している。」


そんな事があったのか、俺はただのワガママな一人よがりの人間だと思っていたが、勝負した時の指のマメは、そういう事だったのかと、小鳥との約束、小鳥への愛情が伝わった。


「お前にも、何か気の利いたエピソードは無いのかよ?」


寮母が

「そんなに松原君みたいなエピソード持って、高校に入学する子なんて、そういないわよ」


松原程では無いけど、彩香との事を松原と寮母に話し始めた。


俺の話が終わると、寮母さんが感動したみたいで、

「二人とも頑張ってね。部屋に彼女の写真を貼る事を認めるわ。」


「いや俺はいいです。」

寮母が不思議そうに

「何で?」


小鳥の写真を見ながら

「俺の彼女は、見た目も物凄く可愛いから、松原に悪いので」


松原はそれを聞き、怒りながら

「女は顔じゃあ無いんだよ!


「いやいや、さらに可愛い方が、いいに決まってるだろ!」


とふざけあった。


何となく、松原ともうまくやっていける気がした。



4月7日(奈緒)


入学式も終わり、少しグラウンドにいる勝利と耕太を少し見て彩香と待ち合わせしている御茶ノ水駅に向かった。


駅の改札口で待っていると、彩香の声が聞こえた。


「奈緒!」


声のする方を向くと


あれ?

3人?


よく見ると美希ちゃんの他に、莉乃ちゃんを探しに行った時に、莉乃ちゃんを呼んでくるように指示した女の子が一緒にいた。


3人が近づくと、挨拶をしてから、自己紹介をした。

あの妙に権力がありそうな女の子の名前は菱沼詩音。

詩音ちゃんと呼んで欲しかったみたいなので、詩音ちゃんと呼ぶ事にした。


そして莉乃ちゃんの面会に行くと、抗癌剤の副作用で身体中の毛が抜け落ちた莉乃ちゃんの姿を見る。


本人は大丈夫そうに振舞っていたが、毛が抜け落ちる程の薬を使用しているのだから、大丈夫な筈が無い。

笑顔も無理矢理作っていたが、無理に作る笑顔は余計に痛々しく感じた。


本人は勝利との面会を、毛が無い姿を見せるのを嫌がっていたが・・・・


両親から骨髄型が合わず、バンク登録者とも合わなかった事を明かされ、抗癌剤治療に全てが掛かっている事を本人も知っていると言う。


莉乃ちゃんの事は任せてと言っておきながら、何もできない自分がもどかしく、そして情けない。


どうしたら・・・


そんな両親の言葉を聞いても、詩音は諦めない。

絶対に莉乃を助けるの一点張りだ。


両親との話を終えて、病院の外で詩音の莉乃に対する愛情を知った。


少し意味合いが違うが、届かない愛という事では、私と同じだった。


この日は、ここで別れる。


家に帰り、今日の事を勝利に伝えるため電話をかけた。


勝利はすぐに電話に出た

「勝利?」

「俺に電話したんだから、当たり前だろ」


相変わらずいつもの勝利の返事が返ってくる。

「莉乃ちゃんの事何だけど、骨髄が両親ともバンク登録者とも合わなかった。」

「えっ!じゃあ莉乃は?」

「抗癌剤で治すしか手立てが無いみたいなの」

「そんな〜。莉乃の様子は?」

「無理に笑顔を作ってたけど、かなり苦しいと思うわ。抗癌剤の副作用で毛も抜け落ちちゃってる。」

「俺も面会に行きたい!」

「それがダメなの。毛が無い姿を勝利に見せたく無いみたいなの。」

「えっ毛なんて有ったって無くたって関係ないじゃん。」

「本当に、勝利は乙女心が分からないわよね!好きな人には恥ずかしい姿を見られたく無いのよ。」


「でも、会えない方が、もっと嫌だよ・・・」


「まったく、子供みたいな事区を言わないで・・・でも分かるわ。私も大事な人がそうなったら、自分の髪の毛を剃ってでも行くだろうから」



そっか、髪の毛が無い方が、普通ならいいんだ。


「ねえ、勝利。次の野球部の休みっていつ?」


「確か、4月20日の日曜日が、グラウンドが使えないから午後から休みだと思う。」


「そっか、じゃあ耕太も連れて、一緒に行こうよ」


「大丈夫なのか?」


「うん。莉乃ちゃんは、勝利に匹敵する人だから」


「何言ってるんだ?」


「何でも無いわよ」 



翌日は、耕太にも4月20日に莉乃ちゃんの病室にお見舞いに行く事を伝える。


そして授業が終わると、今日は池袋でビラ配りを予定していたので、急いで池袋に向かう。


池袋の駅前では、昨日一緒に面会に行った3人が既に骨髄バンク登録をお願いする内容のビラを配っていた。


いつも、そんなに減らないビラが、かなり少なくなっている。

理由を聞くと、池女の生徒がビラを持って行った事を聞かされ納得する。


そして、彩香から池女で起こった事を聞いた。

「えっ!それって凄いね。でも費用はどうするの?保険では出来ないって言ってたけど?」

詩音「それは、私が出すわ。それにウチのグループ内病院に任せてあるから大丈夫よ。」

「詩音ちゃんって、お嬢様なんだね。」

彩香「菱沼グループ社長の一人娘よ」

「菱沼グループ?何だっけ?」

彩香「奈緒は、世の中の事何にも分からないんだから、菱沼銀行とか菱沼自動車とかあるでしょ!それら全部が菱沼グループなのよ」

「へえ〜そうなんだ。どうりで同じ様な会社名だと思った。納得したよ。

でもそれだったら大丈夫ね。

良かった。私のお小遣いでは足らないもんね。」


詩音が笑いながら、

「奈緒ちゃんって、面白いわね」

美希ちゃんが慌てて

「言葉使いには気をつけないとダメよ。」


「何で?

詩音は詩音でしょ?

私は親の事は知らないもん。

それではダメ?」

と詩音に聞くと、詩音は笑顔で

「ありがとう奈緒ちゃん。それでいいのよ。


私は私だから。ねっ」


その後もビラ配りを再開する。

そして帰り際に、7月20日に莉乃ちゃんの面会に勝利と耕太を連れて行く事を伝える。

詩音は嫌がっていた莉乃の事を思い微妙な表情だった。


皆んなと別れて家に帰ると詩音から電話が掛かってきた。私は慌てて電話に出る。

「もしもし」

「あっ奈緒ちゃん?」

「うん。どうしたの?莉乃ちゃんの事?」

「うん。莉乃が恥ずかしがってたから、連れて行くのはどうかと思って、電話しちゃった。」

「わたし思ったの。髪が無いのが異常じゃ無ければいいって事に」

「どういう事?」

「勝利も耕太も、髪を剃って面会に行けばいいんだよ。」

「男と女は違うわよ。」

「勿論、私も剃るわよ。そうすれば、それが普通になるでしょ。」

「剃るって?本当に剃るの?」

「うん。剃るよ」

「えっえっ!坊主に?」

「うん。」

「親は大丈夫なの?それにそれで学校行くの?」


「だって、私を見てもらいたい人は勝利だけだもん。他の人は関係ないわよ。

それに、どんな姿だって、私は私なんだから」


「言葉ではそうだけど・・・」


「詩音ちゃん、心配してくれてありがとうね。本当に大丈夫よ。だって私野球部のマネージャーだから」


「それは関係ないと思うよ。」


「そうだよね」


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