第6話 勝利の過去
大テントでは、女性達が食事の準備をしていたので、僕は肝試しの仕掛け装着が終わると、自分のテントに戻る。しかしテントの中で過ごすには、暑すぎるので、パイプ椅子に腰掛けた。
椅子に座り、社長の娘の態度で乱れた心を落ち着かせる。
社長の娘は、肝試しの脅かし役の配置場所が僕と近くなのを嫌がっていたが、あまりにも拒否をするので、嫌がられている僕が悪者みたく思えてくる。
僕だって一緒になんか居たく無いのに・・・・
僕は幼稚園の時から家族同士で付き合いのある、同級生の彩香ちゃんに恋をしている。
勿論、告白もしていないし付き合ってもいない。
僕が幼稚園の時にマンション群が建設されて、そこに同世代の子供がいる家族が多く引っ越して来た。
そのマンション群で、同じ幼稚園で母同士が意気投合した集まりが、僕達の家族ぐるみの付き合いの発端である。
家族ぐるみの付き合いをしているのは5家族で、僕の同級生は、男3人と女2人であり、男は僕と秋山耕太と大野祐輔の3人、女は一条彩香と飯嶋奈緒の2人で計5人が、親が集合する度に呼ばれていた。
小学生までは、春はバーベキュー、夏は夏祭り、冬はクリスマス会、それに学校行事(運動会等)がある度に集まっていたが、中学校に入ってからは、子供達が全員揃う事は少なくなっている。
ただ、男は野球部、女は吹奏楽部と男女毎に同じ部活に入っていたので、部活の用事が無い時は、家族会に参加していた。
ただ大野は、中学3年になってからは、殆んど親の集まりに顔を出さないどころか、僕とも会話をしなくなっていた。
子供が全員揃わなくても、母達は何かと行動を共にしているみたいだったので、個々の近況は母から伝わってくる。
彩香ちゃんの近況も母から聞かされていたのだが、中学2年の時、彩香ちゃんは、大野の事が好きだと言う情報も母から聞かされた。
しばらくは落ち込んだが、好きな気持ちを無くす事は出来なかった。
せめて、この想いだけは伝えようと考え、以前彩香ちゃんから聞いた、理想のタイプの条件の一つである。
背が高い人の条件をクリアして、ほんの少しでも付き合える可能性が高まってから、想いを伝えようと思っている。
彼女は160cmを少し超えていて、僕は160cmピッタリの身長だ。
あと少しだ!
彩香ちゃんの理想を聞いたのは小学校3年の冬休み。
彩香ちゃんの母親から一緒に初詣に行こうと誘われて、双方の母親と子供の4人で初詣に行った時の事である。
お参りが終わり、出店で昼ご飯を食べる事になり、出店が用意した4人掛け用のテーブルチェアーに彩香ちゃんと座って、母達が食べ物を買ってくるのを2人で待っていた時の事である。
少し女性を意識し始めていた僕は、照れながら
「ねえ?彩香ちゃん?」
「何?ショウリ君?」
僕は顔を真っ赤にしながら
「彩香ちゃんは、どんな男の子が好きなの?」
少し驚いた様子だったが
「私?」
「うん」
「私はね。優しくて、格好良くて、背が高くて、凄い人」
「凄い人?」
「うん」
「凄い人ってどんな人?分からないよ」
「誰にも負けない強い人」
「プロレスラー?」
「ううん。プロ野球選手」
と笑顔で答えてくれた。
僕の人生は、間違いなくここで変わった。
3歳から習っていた水泳を父の反対を押しのけて辞めてしまい。
そこから野球を始めた。
そんな不純な理由から野球を始め、プロ野球選手を目指したのであった。
今考えれば、大野は既に野球をやっていて、身長も高かった。
彩香ちゃんは、大野をイメージして言ったのだと、今では分かるが、その時は分からなかった。
その時に気づいていれば、僕の人生は大きく変わっていたのだろう。
そんな事を考えていると、大テントの方から母がやってくる。
母「ショウリ!もうすぐご飯出来るから、大テントまで来なさい。」
僕はため息をつきながら、大テントに向かったのだが、大テントに近づくにつれてカレーのいい匂いが強くなってくる。具の無い焼きそばしか食べていなかった僕のお腹が鳴り出した。
いい匂いだ
僕は母の横の席に座るとカレーライスが席に運ばれる。そしてカレーライスの美味しさに声を上げる
「うまい!」
「ショウリ、たくさん作ったから、おかわりしても大丈夫よ」
僕は、その言葉を聞き、一気にカレーを食べ終えた。
そして、2杯目のカレーも食べ終えるとお腹が満たされる
「ショウリ、まだ食べる?」
「もういいよ。食べ過ぎちゃったから」
そして皆んなが食べ終えると、父がみんなに向って
「これから、肝試しを開催します。15分後に管理棟近くの登山道入口まで集まって下さい。」
その言葉に、カレーを食べて良くなってきた気分が、また悪くなってきてしまった。
辺りは、すっかり暗くなっている。僕は、一旦テントに戻り、懐中電灯を持ってから集合場所に向かった。