第5話 親子の絆
昼食の焼きそばを食べ終わると、それぞれの家族が自由に遊び始めた。
「莉乃。ちょっと小野さんと肝試しの準備に出掛けるけど、お前も来るか?」
「私はパスするわ。ちょっとテントで休んでくる」
「そっか、分かった。せっかく自然が多い所に来てるんだから、散歩でもしてきな。」
「分かった。」
私は父に伝えたが、別に自然に興味がある訳でも無いので、テントで音楽でも聴こうと思っていた。
テントの前に着くと、アイツがテントの前に自宅から持って来ただろう椅子に座ってる。
「起きたの?」
「うん」
とだけ返事が返って来た。
私は、勇気を振り絞り
「ちょっとあんたに聞きたい事があるんだけど!」
キョトンとしている。
「何、聞きたい事って?」
「何で美希を振ったの?美希は何で振られたか分からず、凄く落ち込んだのよ。ちゃんと理由を言ってあげなよ。黙ってるなんて、男のやる事じゃあないでしょ!」
すると予想外の答えが返って来た。
「美希って誰?」
その言葉に怒りが頂点に達する。
「あんたねえ、ふざけないでよ!」
「いやいや、本当に知らないって」
(まだとぼける気?)
「あんた、海江中学校のエースで4番でしょ!さっき美希にも確認したのよ!」
悪びれた様子もない
「もしかして、電話で確認した?」
「そうよ。電話よ!それが何か?」
「うちの中学校のエースで4番は「大野」だよ。僕は小さい方の小野だよ。よく間違われるんだ。あいつは有名人だから」
(えっ?)
「だって、うちの父があんたの事エースで4番だと言ってたわ」
「それは、うちの父さんが見栄を張ってたんだと思うよ。僕はエースで4番の控え投手だから」
?
「えっ!本当に違うの?」
「何なら、その美希さんにLINEで聞いてみれば?
それに僕は、まだ誰とも付き合った事が無いから、100%僕では無いよ。
恥ずかしい事だけどね
どう?疑いは晴れたかな?
僕は昼食の余りでも探しに行ってくるから、これで話はおしまいでいいよね?
さすがの僕も、この事で大野のリリーフは出来ないから」
そう言って、大テントの方に歩いて行った。
?
私は美希にLINEを送る。
(美希の元彼って、小野だよね)
すぐに既読がついて
(残念。大野だよ。)
アイツの言った事は、本当だった。
ただの補欠?
決めつけてしまって、少しだけ悪い事をしたなと反省した。
まあいいか
アイツも生意気な事ばかり言ってきたんだから、私だけが悪い訳では無いわよ!
と自身を擁護した。
しばらく椅子に座って、心地良い山の涼風に当たっていると、いつの間にか寝てしまった。
勝利は彼女から「勘違いされている話」を終えて大テントに昼食の残りが無いか聞きに歩き出す。
そこに父と社長が大テント方面から歩いて来た。
「勝利!肝試しの準備しに行くの手伝ってくれないか?」
「お腹が空いているから、何か食べないと倒れちゃうよ」
「一食ぐらい抜いたって死なないだろ。さっき助けてやったろ」
確かにさっきは助かったが・・・
すると父達の後ろから母の声がする。
「食べ物ならあるわよ。」
焼きそばの残りを入れた、プラスチックの容器を差し出される。
「私も行っていい?」
父が社長に
「妻も行ってもいいですか?」
「もちろん大歓迎です。」
「じゃあ勝利の昼もあったし行こうか?」
「これを食べてからでいい?」
「歩きながら食べればいいだろう!」
こうなったら、まず僕の意見を聞かない
しょうがないか!
僕は諦める事にした。
すると母が僕達のテントの方に走って行く
「莉乃ちゃん呼んでくるね」
社長が困惑したように
「あの子は行かないって・・・」
しかし母は社長の声なぞ聞かずに走っていく。
そして無理やり起こされたのであろう、眠たそうに目を擦る莉乃を連れてきた
「一緒に行ってくれるって」
母の行動力にはいつも感心させられる。
このキャンプ場の管理棟がある場所の横に山道入口と書かれた看板がある。
どうやら、そこを肝試しのコースにするらしい。
管理棟に向かって、僕の家族と社長の家族だけで歩いて行く
「先に運んであった荷物を管理棟から貰ってくるから、管理棟に行きますよ」
「はーい」
母のハイテンションに、社長も莉乃もついていけない様子だ。
息子の僕でさえ、親のテンションについていけないんだから。
テンションが低い僕達に母がふくれっ面をしてる。これは決まって誰かを巻き込む前兆だ。
すると一番やってはいけない人の手を掴んだ。
社長だ!
「はい、社長も一緒に」
社長の手を掴み持ち上げる
「はーい」
少し遅れて社長の恥ずかしそうな声が聞こえた
「はーい」
その姿に莉乃が笑う。いや、笑い過ぎる程笑う。
涙が流れ始める。
「おい莉乃。いくらなんでも笑い過ぎだろ!」
「ごめんごめん。でもパパのそんな姿を見れて、可笑しいのと嬉しいのが重なって、止まらなくなっちゃった。」
「嬉しいって?」
「だってパパが心の底から楽しそうな表情をしている所を久しぶりに見たから、嬉しくて・・・
ママと別れてから、そんな姿を見せなかったから」
「そうだな。確かにそうかもしれないな。心配掛けてごめんな」
「ううん。でも、そんな姿を見れただけでもキャンプに来て良かった。」
そんな親子の感動シーンは、母には通用しない。
「もう、しんみりしちゃうでしょ!」
今度は社長と莉乃の手を噛む
「管理棟まで走りましょう」
強引に2人の手を掴んで走り出した。
「ママは、本当に天才だな」
「何が?」
「社長は娘に負い目があって、親子なのに壁を感じていたみたいなんだ。」
「へえ〜」
「ママは、そんなの考えすぎよ。と言っていたが、本当にそうだったんだな」
「あとは・・・」
「えっ?何?」
「何でも無い。俺たちも行くぞ!」
僕と父も管理棟に向かって走り出した。
管理棟に社長と莉乃が待っている。
「あれ?家内は?」
社長がトイレを指差す。
自分がトイレに行きたくて走り出したのか、計算なのか、僕には分からないが、明らかに社長親子の表情は変わっていた。
社長と父が管理棟に入って行く。
僕と莉乃は、外で待っていた。
「あんたのお母さんって、本当にいい人ね!あんたも少しは親の様にいい人になりなさいよ!」
!
僕への態度は変わらなかったみたいだ
「君の性格が良くなれば考えるよ!」
「本当にアンタって最低ね」
「君もな!」
そこへ母がやって来た。
「どうしたの二人して、顔が怒っているわよ」
「何でも無いよ。分からず屋に説教していただけだよ」
「分からず屋?」
「それは私のセリフよ!」
「あらあら、二人共いつの間に仲良しになっていたの?」
二人声が合う
「仲良しなんかでは無い!」
「あら、息までピッタリね」
すると父と社長が大荷物を持って管理棟から出て来た。
「なんか楽しそうだな」
社長が言うと
二人して
「楽しくなんか無い!」
父が
「社長に向かってなんて口の聞き方をするんだ!」
僕は我に返り
「すいません」
社長に謝った。
一瞬、社長の顔が曇った感じがした。
そして僕達は、登山道に向かう。
紐を引っ張ると音が鳴る仕掛けや、ボタンを押すと灯りがつき、幽霊に扮した母の姿を照らす仕掛け等、全部で5箇所の仕掛けを取り付ける。
5箇所?
「ねえ、もしかして、僕達が仕掛けを動かすの?」
「当たり前だろ!」
と父が言うと、莉乃が反論する
「一人で草陰に潜むんですか?ちょっと怖いです。」
強がっていても、そこは女の子らしい意見だ。
「そうだよ。女の子や子供に、それは無理だよ。」
何気なく自分も逃れられる様に反論した。
「じゃあお前達は、近くにしてやるから、それでいいだろう?」
「ねえパパ!何とか言ってよ」
「莉乃なら大丈夫だよ」
「せめて、近くにいる人はパパがいて」
「パパと小野さんは、ゴールの近くに居ないとダメなんだよ。」
「じゃあ圭子さんは?」
「私は、入口近くのお化けよ」
圭子さんは意味深な笑顔で嬉しそうに答えた。
大きくため息を吐く
「ふう」
反論するのを諦めた
そして、仕掛けを取り付け終わると、夕食の準備に母と莉乃は戻っていった。