第1-20話 彩香を絶対に渡さない
1月1日(元旦)(彩香)
祐輔達と別れて、神社に祈祷してからおみくじを引いて、家族の短い初詣を終えて家に帰る道を歩き始める。
毎年元旦は、家族だけで過ごして、2日に親戚の家に行ったり、ウチに親戚が来たりするのが、一条家の正月だった。
しかし
父「今日は江古田病院の院長家族と夕食を食べに行く事になってるんだ。」
母も聞いていなかったらしく、
「えっ?元旦に?」
「うん。江古田君が、今日しか空いてないらしいんだ。」
「でも何処に行くの?ウチは嫌よ、片付けて無いから」
「うん。江古田君の行きつけの寿司屋が、特別に開けてくれるみたいなんだよ」
「わざわざ元旦に会う必要があるの?」
「元旦は、家族が確実に揃う日だし、それにめでたい日だからな」
私は余り行く気がしないので
「私は先に帰っていい?」
すると父が慌てて
「ダメだよ。家族全員で会う約束しているんだから」
?
余り拘束しない父が、珍しい。
そんな父の態度に不信感を抱いた母が
「何か隠してる?」
「いや何も隠してないよ。江古田君とは、病院間も患者の連携もしているし、ゴルフも、いや会議も一緒によく行く仲だから」
「まあいいわ、でも今度は事前に言ってよ!」
「じゃあタクシーで行っちゃおうか?」
「えっこの格好で行くの?」
「大丈夫だよ。充分綺麗だから」
と完全に父の口車に乗ってしまっている。
私達はタクシーに乗り、父達が待ち合わせしている寿司屋に着いた。
店屋は閉店の看板が下げてあったが、父はお構い無しに店に入っていく。
私と母も父の後を追って店に入った。
「いらっしゃい。奥の座敷で待ってるよ」
「ありがとう」
父が店の奥にある座敷に向かった。
店の奥に部屋が3室あって、両端の2つは障子がしまっているので、真ん中の部屋に父の友人が居るのだろう。
部屋の前に着いて、靴を脱ぎ部屋の障子を父が開けた。
すると中には大きなテーブルがあって、真ん中に父の友人が居て、左に妻であろう女性が居て、右側に私と同じくらいの年の男の子がテーブルより向こう側に、こっちの方に向かって座っている。
私達も必然的に同じ様に座る。
私の前には息子だろう男の子が座っている。
かなり痩せていて、メガネをかけていて、髪は7:3分けの、いかにもおぼっちゃまと言った感じの男の子だった。
昆虫に例えるとカマキリみたいな男だ。
私達が座ると、店の人が料理を運び始める。
それにしても前の男は何者?ずっと私を見てニヤニヤしている。
気持ち悪い
父の乾杯の音頭で会食が始まった。私は目の前にある食事を食べ始めた。
「彩香さん料理美味しいですか?」
えっ
名前も伝えて無いのに、いきなり名前を呼ばれてビックリした。
「うん。美味しいよ」
と愛想笑いを浮かべて、返答した。
「でも良かった。来てくれないと思いました。」
?
何言ってるの?
「父に前から頼んでいたんです。彩香さんと食事がしたいって」
!
えっ!
「そうなんだ」
今度は無愛想に返事をする。
何となく魂胆が見えて来た。
この男が父親に頼んで、ウチの父が承諾したのね。それで私が帰ろうとした時に、慌てていた父の行動が理解できた。
私は席を立ち、母の所に行き、母の耳元に顔を近づけて、小声で話し掛ける。
「ママ、私帰るね。お年玉があるから自分でタクシーで帰るから大丈夫だから」
すると母が私の耳元に顔を寄せて、同じ様に小声で
「後でタクシー代、返すから。トイレに行くとか言って、帰って良いわよ」
このまま帰ると母が責められてしまいそうだったので、一度席に戻る。
取り敢えず食べ終わったら帰ろう
と思い、食事を食べ始めた。
「彩香さんは、何処の高校に行くの?」
私が回答を無視してると、父が
「池岡女学園だろ。緊張して忘れちゃったか?」
お酒を飲んでいるせいか、妙にハイテンションの父が代わりに答えた。
ふう
「緊張しないでいいよ。」
アンタ何者?
取り敢えず食べる。
「僕も食事中に喋る女性は好きではないから、僕達気が合いそうだね」
どこまでポジティブな奴
大体食べ終わり、お茶を飲む。
さあて帰ろう!
その時
「彩香さんは、彼氏いるの?」
何でアンタにそんな事を答えなくては行けないの?でも、ここで釘を刺しておこうと考えた
「うん。いるよ。」
ビックリした表情をしたところで
「ちょっとトイレに行ってくる」
席を立つ。
私はそのまま早足で店を出た。
店を出た私は、この場から離れようと走った。店が見えなくなった所で、タクシーを拾い家に帰った。
まったく何考えてるのよ!
家に着いた私は、お風呂に入り、イライラしながら、リビングで正月のお笑い特番を見て、嫌な事を忘れようとしていた。
そして父達が帰って来た。
父は顔を真っ赤にして、私の所に近づいてくる。
酒くさっ!
「何で先に帰ったんだ。真人君が悲しんでたぞ!」
「あれは何なの?お見合いでもさせる気?」
「彼はかなり優秀な子なんだ。ああいう子と結婚すれば、お前も幸せになれるだろう!」
「いくら勉強が出来ても、私は嫌よ!」
「ところでお前、誰と付き合ってるんだ!パパは聞いてないぞ!」
酔っ払ってるのか本心なのか分からない。
この時は、私も頭に血が登っていたので、父に反発した。
「そんな恋愛の事を父に報告する訳ないでしょう!」
「だから、誰なんだ!」
「祐輔よ!大野祐輔。これでいい?」
「そんなのパパが認める訳が無いだろう!そんな子より真人君の方がお前を幸せに出来るのは確実だ!」
母が口を挟む
「祐輔君だって、優秀なのよ。稲川実業に野球推薦で入ったんだから」
「野球推薦で高校に入る子なんて、ごまんといるだろう」
私は冷静さを失って
「祐輔はその中でも特別な選手よ。」
「じゃあ、甲子園で優勝できる程の選手で、プロ野球選手にでもなれるのか?」
「なれるわ!」
「なれなかったら?」
「そうしたら、別れるわ!それでいいでしょ!」
私は自分の部屋に駆け込んだ。
本当にこの日は、冷静さを欠き思い切った行動にでた。
携帯を取り出し、祐輔のところに電話をかける。
着信音が流れる
祐輔は自分の部屋のテレビを観ていると携帯が鳴った。
滅多に友達からも電話なんて掛かってこないので、間違い電話だと思い携帯の画面を確認する
彩香・・
咄嗟に電話に出る
「もしもし、ど・・・」
話し終わる前に彩香の声が聞こえた
「祐輔、今すぐ会いたいよ」
!
彩香がこんな事を言うのは、到底信じられない。何かは分からないが、余程重要な事なのだろう
「分かった、これからお前のマンションの下まで行く」
電話を切る。
部屋着のスウェットにクローゼットにあるジャンバーを取り出して羽織り、部屋を出て行く。
玄関に行く途中
母「祐輔何処行くの?」
「ちょっと」
と言って玄関を出た。
エレベーターがちょうど10階を通り過ぎたため、階段で走って降りて行く。
1階まで降りると彩香のマンションまで走った。
マンションのエントランス入口が見えて来た。
!
既に彩香が立っているのが見える。
更にスピードを上げて彩香の所へ走った。
彩香との距離が近くなると、彩香がこっちに向かって走って来る。
俺は飛び込んでくる彩香を受け止めた。彩香は、胸の中で叫ぶように泣き始める。
こんな彩香を見るのは初めてで、戸惑ってしまったが彼女を包み込む様に抱いた。
彼女が泣き止むまで
しばらく泣くと段々と落ち着いて来たのが、抱く腕の感触と吐息で分かる。
彩香が埋めていた顔を離し、俺を見つめる。
「ごめんね。取り乱しちゃった。」
「うん。相当な」
「ちょっとあそこに座ろう」
エントランス入口横にあるベンチに歩き出す。
「ああ」
彩香の後に続いてベンチまで歩きベンチに座った。
彩香が俺達と別れてから起こった事を話し始める。
何だそんな事か
「彩香、そんな事で悩むな」
「そんな事って!」
「俺が甲子園で優勝するようなチームのエースで、そしてプロ野球選手になればいいんだろう?
全国で注目されて、ドラフト1位で指名されれば親父さんだって文句は無いだろう」
彩香は不安そうな顔をする
「そうだけど・・・」
「親父さんが言う様に、俺がそれぐらいにならないと、そいつと結婚した方が、幸せになれると思ってるんだろ?だったら、親父さんも認める選手になってやる。」
彩香の表情が曇った顔から笑顔になり、俺の顔を下から覗き込む様にして、話し掛けてくる。
「付き合っても無いのに?」
!
完全に忘れていた。
もう恋人気分になってしまっていた。
「祐輔の気持ちはどうなの?私の気持ちは伝わったと思うけど」
ここで言うのか?
「今の話で、もう分かっただろ」
「ちゃんと想いを聞かせて?言えないなら私が先に想いをきちんと伝えるね。」
彩香が息を整えて告白しようとするのが分かった。
それはさすがに男として言わせる訳にはいかない。
彩香が告白し始める。
「私は祐輔の・・・」
慌てて、彩香の口に右手を当てて、喋らせない様にしながら
「俺から先に言わせろ」
彩香が頷く。
彩香の口を塞いでいた手を離して
「彩香の事が好きだ。俺と付き合ってくれ」
彩香の目から涙が溢れ流れ出す
「私も祐輔が好き。私と付き合って下さい。」
!
「おい、俺が先に告白したんだから、そこは「はい」とか「いいえ」だろ?」
「だって、自分の気持ちを伝えたかったんだもん。」
彩香は泣きながら真剣な顔をして
「私、祐輔を信じるから、絶対に二人で幸せになろうね。」
俺の胸に飛び込んで来た。
座りながらだけど、さっきと同じ体勢になる。
彩香の頭が目の前にあり、さっきは感じなかった、シャンプーのいい香りがする。
彩香の肩を抱きながら、彩香に聞こえる様に
「絶対に離さない。」
真剣に彩香へ誓った。
その言葉に彩香の俺に抱きついている手の力が強くなった。
「それにしても、勝利の夢を言っている様だな」
「勝利の母とウチの母は仲が良いから、たまに勝利の夢の話が会話に出るのよ」
「そういう事か。まったく勝利の夢にも困ったもんだ」
「本当だね」
そしてしばらくしてから、互いに温もりを感じながら、別れたのであった。
祐輔にとって、自分の想いだけでは無く、二人の為に野球というスポーツに取り組む事になった瞬間であった。




