第1-16話 祐輔の夢
(莉乃)
私の男性恐怖症は、知らない男子との間で発症する。
特に母が出て行ってからは男性への恐怖心が強かったが、中学2年ぐらいからは震えや恐怖心を抱く事は少なくなっていた
はずなのに・・・
今までは男子との接触を避けていたので、恋愛まで発展する事など無かった。
男性恐怖症なんて男性を避ければ良いと思うぐらいだった。
しかし、キャンプで恋の病に罹った私は、この病気を心から憎んだ。
まさかこんな日が来るとは、思いも知れずに、この病気と向き合う事をしなかったのである。
治したい
その思いが強くなって来ている。
今回の温泉で男性のキーケースを拾ったのも、今まで避けていた男性への距離を少しでも近づけて行こうと思った矢先の出来事だった。
今日は彩香ちゃんが居てくれたから、良かったものの、もし一人だったらと思うと、少しでも免疫をつけようとする行動も難しいと半分諦めてしまう。
彩香ちゃんとお風呂に入り、背中を流してくれていた時に、そんな私の事を哀れんで欲しくなくて、彩香ちゃんに伝えると、彩香ちゃんも理解してくれた様であった。
そして温泉から上がると二人は、荷物入れから携帯を持って、のぼせた身体を冷ますためリラックスルームに行った。
そこで勝利に返信を送るため入力してあった文章を読み返す
(勝利、もう連絡しないで下さい。私はもう貴方と話したくありません。)
どうしようか
画面を見て固まっている私に彩香ちゃんが声を掛けてきた。
「どうしたの?携帯の画面を見て、そんな真剣な顔をして?」
「ううん。何でも無いよ」
「もしかして勝利?」
一瞬どう返事しようか迷う
「図星ね。デートの誘い?」
「ううん。奈緒ちゃんから聞いてない?」
「うん。何にも」
「そうなんだ。実はね・・・」
と渋谷での出来事と昨日の学校で奈緒ちゃんと話した事も伝えた。
「そんな事があったんだ!奈緒は自分の事を話さない子だから。それで、勝利からは何て連絡が来たの?」
「うん。弁解をしたいって内容だったんだけど、もう奈緒ちゃんから聞いているから、別に聞かなくていいの」
「でもさっき、何か悩んでいたわよね」
「うん。返信を打ったんだけど・・・」
すると彩香ちゃんが、
「もしかして、もう会わないとか送ろうとしてる?」
えっ
「また図星だった?諦めてはダメだよ。病気に負けたらダメだよ。さっき、病気を哀れまないでって莉乃ちゃんが言ったんだよね。それって病気なんかに負けないって意味では無いの?」
言葉が出ない
「諦めないで。まだ莉乃ちゃん、何にもしてないでしょ!やれるところからやって行こうよ。
それが嫌だと言う男だったら、莉乃ちゃんを幸せに出来ない男なんだよ。でも勝利は、そんな男では無いと思うわよ」
涙が流れ出した。
「私だって諦めたく無い。私だって勝利が好きだから、大好きだから!」
彩香ちゃんも涙を浮かべて、私を抱きしめながら、
「一緒に考えよう、絶対に何かいい方法があるから、一緒に考えよう」
二人は抱き合いながら泣いた。
さっきも風呂場で泣いたところを不思議そうに見ていたおばさんが、また不思議そうに私達を見ている。
その不思議そうに見ているおばさんの顔を見て、思わず笑ってしまった。
「私達、泣いてばかりだね。今日で泣くのを止めようね。」
彩香ちゃんの言葉は、私を勇気づけてくれた。
よし!
私は送ろうとしていた文章を削除した。
「ねえ莉乃ちゃん。話すのも会うのも出来なくても、LINEは平気なの?」
確かにLINEで手が震えたり、気持ちが悪くなった事は無かった。
「うん。LINEは平気かも」
「じゃあ、しばらくはLINEでつきあっていけば?それで、会えそうだったら会うってのは、どうかしら?」
「でもそれって勝利にも迷惑だよね?もしかしたら一生会えないかも知れないし」
「でも、聞くだけ聞いてみれば?そして本当にダメだったら、また考えようよ。今度は同じ高校なんだから。」
「うん。じゃあそうしてみる」
私は勝利にLINEを送った
(ごめんね。私、男性恐怖症が酷くなってしまって、しばらく勝利と会えないし、電話も出来ません。
ただLINEで良かったら、今まで通り仲良くしていきたいです。)
するとすぐにLINEが届く
(治らなくても、ずっと待ってるから。僕には莉乃しかいないから)
勝利のLINEを見て、また涙が押し寄せて来た。
横の彩香ちゃんに抱きつき
「ごめんね。もう一回、胸を貸して」
私は彩香の胸を借りて泣き続けた。
(勝利)
莉乃からLINEが届いた僕は喜んだ
「やったー」
しばらくは、LINEでのやり取りになりそうだけど、莉乃と離れないで済んだ事が何よりも嬉しかった。
希望が見えてきた。
そうだ心城学園に受かった事を伝えよう。
(まだ伝えていなかったけど、心城学園に野球推薦で入学が決まったよ。)
するとすぐに返信が来た。
(うん。奈緒ちゃんと彩香ちゃんから聞いたよ)
?
あれ?
何で?
すると、またLINEが届く
彩香ちゃんと莉乃のツーショットの画像が送られて来た。
?
すると今度は母から電話が来る
「今日は彩香ちゃんと莉乃ちゃんとご飯食べて帰るから、勝利は勝手に一人で食べてね」
「えっ、何・・・」
といい掛けたが電話を切られた。
温泉へ一緒に行ったんだ。
行かなかった事を後悔するのであった。
まあいいか。
莉乃と離れずに済んだのだから
そして月曜日
いつものように3人で学校まで行き、いつものように僕の教室で別れ、いつものように席に座る。
ただいつもと違うのは、横の席に違うクラスの彩香ちゃんがいる事と、コンタクトに変えた筈の奈緒がメガネに戻っている事だった。
奈緒「勝利、遅いよ」
「えっいつもと同じだよ」
奈緒「ねえ、莉乃ちゃんと上手くやってよ。私と勝利が渋谷に行って、鉢合わせしてから、莉乃ちゃんは勝利にも男性恐怖症の症状が出ちゃったのよ。だから諦めずに治るまで一緒にいてあげてよ!ねっ彩香」
彩香「うん」
あれ?
彩香ちゃんが不機嫌?
でもそういう事だったんだ。
それで、いきなり電話にも出てくれなかったんだ。
「うん。分かった。絶対に治るまで諦めないよ」
奈緒「そうだよ、莉乃ちゃんには、勝利が必要なんだから。ねっ彩香」
「うん」
やっぱり彩香ちゃんは機嫌が悪そうだ。
奈緒「約束だからね!」
「うん、分かった」
彩香「奈緒は、勝利と話している時が一番生き生きしてるね。ところで、勝利?」
どうしたんだろう?
まだ彩香ちゃんは、不機嫌である。
「何?」
「勝利を必要としてるのは、決して莉乃ちゃんだけでは無い事だけは覚えておいてね」
と言って教室を出て行った。
!
僕はある事に気付いた。
「ねえ、奈緒?」
「な・なに?」
何故か奈緒の顔が真っ赤になっている。
僕は周りに聞こえない様に、小さな声で話し掛ける
「もしかして、彩香ちゃん、ヤキモチ妬いているのかな?」
「えっ」
奈緒は驚いた表情をして、微笑みながら
「良かった、勝利がバカで」
?
そして先生が教室に入って来て授業が始まったのだが、訳も分からずバカ扱いされて複雑な気持ちだ。
まったく馬鹿にして!
そして授業が終わり、帰り仕度をしていると、珍しく祐輔がやって来た。
「勝利、ちょっといいか?」
耕太と一緒なら分かるが、一人で来るなんて本当に珍しい。
下駄箱で靴に履き替えて、祐輔が歩く方向について行く。
目的地はグラウンドで、バックネットの裏側に誘われる。
バックネット裏のネット中心部分にある鉄柱の下を指差し
「ここ」
僕は祐輔が指差している先をみた。
そこには汚い字で
「全国優勝」と書かれていて、更にその下には「誰にも負けない!」
と書いてある。
「これが俺の夢だ。中学時代は全国優勝もしていないし、エース争いでも勝利に勝って無い。だから高校で勝負しよう」
?
「中学だって、俺に勝っただろ?」
「それは、実績しか監督が見ていなかったからだ。6月の練習試合で、近藤を三振に取っただろ?
それも、バットに一度もかすらせずに」
「うん。あれが俺の中学時代の武勇伝だからな」
「俺は近藤を三振させた事が無かった。あの時の近藤は、大事な局面だったから、力を抜いていない。
それが悔しくて、練習に励んだ。」
「それで6月から無視してたのかよ?」
「別に無視していた訳では無い、勝負していたんだ」
祐輔の勝負は、野球だけでは無く私生活にまで、影響を及ぼしてしまうのか?
それを突き詰めると面倒くさそうだったので、敢えて聞くのを止めた。
「だから、別のチームになる高校で、正々堂々勝負しよう。」
このままでは、また無視されてしまうので、
「でも、勝負はグラウンドだけにしような」
「勿論」
まあ、6月からの祐輔の態度の事も分かったし、良しとしよう。
夏の甲子園予選は東京都では、東西に地区が分かれているので、東京都としては2校出場出来る。
僕達の心城学園は、東地区で祐輔の稲川実業は、西地区となっている。
祐輔が勝負と言っているのは、甲子園という事になるのだろう。
さて、僕達の行く心城学園は、そもそも甲子園を目指せるのかな?
そんな事を考えていた。
「あっこんな所にいたのか?」
耕太が僕達の所にやって来た。
「さっき、心城学園の先生から電話があって、今週の日曜日に東京三校との練習試合が、心城学園で13:00からあるので来て下さい。って連絡があったみたいだよ」
東京三校と言えば、今年の東東京の甲子園代表校で、甲子園でもベスト4に入った強豪校である。
中でも1年生左腕の澤田が、注目されている。
「うん。行こう!」
これは、本当に甲子園を目指せる高校なのか、確かめるには絶好の機会であった。
祐輔「俺も行ってもいいか?澤田を直に見てみたい。」
こうして3人で試合を観に行く事になった。




