第4話 川の事故
嘔吐した茂みから、父親と離れた莉乃は車に戻り、父から荷物をテントまで運ぶように頼まれた。
「莉乃は荷物をテントに運んでくれるか?
ここはA区画だから、A-1のテントがうちのテントだから、頼んだよ」
人前なので、明るく振る舞う
「うん。分かった。」
車から荷物を取り出すが重たい。
(何が入ってるの?何でこんなに重いのよ!)
私のバックと重たい父のバックを持ってテントへ向かった。
やっとの思いでテントまで荷物を運ぶ。
テントは締め切っていたので、中は蒸し風呂状態だ。
テントの入口を開け、中の小窓になっている場所も開けて空気を通す。
私達のエリアの中に、鉄で出来たオシャレなテーブルと4つの椅子が置かれている。
ガーデニングコーナー等によく置いてあるテーブルセットだろう。
他のエリアには置いてないので、きっと職員が気を利かせてくれたのだろうと感じた。
私はしばらく椅子に座り、山から吹く風に癒されていると、こっちを指差している親子が目に入る。
あっ!アイツだ!
アイツは、川の方へ向かって歩いて行く。
しばらく椅子に座ってると、川の方で女性の叫び声が聞こえた。
少し高い位置にテントが張ってあるので、川の様子が見渡せる。
私は小さい女の子が川に落ちたのを目撃して、立ち上がる。
「あっ!危ない!」
その言葉に小野さんの奥さんが
「どうしたの?」
「子供が川に落ちました。息子さんが助けに向かってます。」
少し大きな声で伝える。
すると小野さんに電話を掛ける。
すぐに電話に出たのか、さっきまでのおっとりとした口調とは違い
「あなた!すぐに川に行って!子供が流されてる。助けてあげて!」
それだけ言って電話を切る。
「これで大丈夫よ。あの人は水泳選手で、オリンピックの最終選考までいった人だから」
やっぱり、この人は能天気な人だと思った。
この状況は泳ぎがどうのって感じでは無いのに
視線を川に戻す
(アイツが子供を掴んだ。)
次の瞬間、子供をまるでバーベルを持ち上げる様に頭の上まで持ち上げると、岸近くまで両手で投げた。
まるでサッカーのスローイングのようだ。
するとアイツは、転んでしまった。
!
「転んだ!」
つい叫んでしまう。
横では
「大丈夫よ。」
相変わらず能天気に、まるで映画を見ている様に椅子に座って足を組んで眺めている。
えっ!
小野さんが大きな木を持って溺れ掛けている、アイツに差し出す。
(えっ!ちょっと!あんな大きな木、アイツが掴んでも引き上げられないわ!)
小野さんが差し出した大きな木をアイツが掴むと、体ごと岸まで引き上げた。
!
(凄い力!)
「ねっ大丈夫だったでしょ。水泳の選手だったんだから」
誇らしげに笑顔で言った。
(水泳とは明らかに関係ないのに)
しばらくして、アイツが一人でテントまで歩いて来る。
別にアイツを心配している訳ではないが、命懸けで子供を助けて、疲れ切っているのに、せめて肩ぐらい貸してあげればいいのに、と思った。
多分、私だけでなく、この現場を見た人は、皆がそう思っていたと思う。
そして、テントの前まで来た時、母親が声を掛ける
「大丈夫?」
すると疲れきった表情で
「うん」
とだけ答える。
まあそうだろう。相当体力を使って、疲れきっているのだから、あの返事しか出来ない
しかし母親は違った
「本当にウチの息子は、愛想が悪いよね!えっと?」
私の顔を見つめる。
名前を伝えていなかった事に気付いたので名前を伝えた。
「あっ私、莉乃です」
「私は圭子よ。じゃあ一緒にご飯を作りに行きましょう」
「あの?息子さんは、大丈夫ですか?」
「えっ何で?」
この人に、これ以上なにを言ってもしょうがないと思って、これ以上聞くのをやめた
(でも、本当にコイツが美希を振ったのかな?なんか、この親達からひねくれた子供が出来そうな気がしない。
それに、ひねくれている中学3年の息子が理由はどうであれ、親の会社の行事に参加するか?)
私は圭子さんと大テントに行くと、圭子さんは旦那さんの所に行って、何かを話し終わると、笑顔で私に向かって走って来る
「男性が焼きそば作ってくれるんだって、食べるだけでいいんだって。ラッキーね。」
おかしい
絶対におかしい
私は、この場所から少し離れて、美希に電話を掛ける。
「もしもし美希?」
「どうしたの?」
「今、大丈夫?」
「うん。今、駅のホームで電車を待っているとこ」
「ごめんね。聞きづらい事なんだけど」
「なに?」
「前の彼氏の事なんだけど。海江中学校野球部のエースで4番の小野君だよね。」
「えっ!ごめんね。聞こえずらいわ。でも莉乃が言った男で合ってるわ。莉乃が男の事を聞くなんて珍しいね。もしかして好きになっちゃった?」
「そんな訳ないでしょ!」
「ごめんごめん。冗談よ、冗談」
「そんな冗談を言ってないで、しっかり勉強頑張ってよ」
圭子さんが私を呼んでいる。
「あっ呼んでるから切るね」
「えっ!ところで莉乃どこにいるの?」
「キャンプよ、キャンプ。丹沢でキャンプしてるのよ」
「えっ嘘でしょ?」
「後で詳しい事は話すから、ごめんね。
あっ!それと、美希の仇は取るからね」
電話を切る。
私に手を振る圭子さんを見ながら
(親と子供は違うのね)