第1-8話 セレクション
土曜日
朝早く起きると、もしかしたらセレクションかも知れないと親に伝えて家を出た。
余裕を持って起きたつもりだっったが、結局ギリギリになってしまった。
先に駅で待っていた二人に
「ごめん、待たせちゃって」
耕太「いいから、行くぞ。やっぱり心城学園のセレクションだって、頑張ろうな!」
その言葉に嬉しさと不安が僕の心を襲った。
電車に乗り心城学園に向かうのだが、心城学園に近づくにつれて、先程抱いた感情の嬉しさは消え失せて不安だけが心を占拠する。
表情に出ていたのだろう、耕太が僕を気遣う
「おい勝利、大丈夫か?」
耕太の声は上の空だ。
「う・・うん」
返事をするのが精一杯である。
とうとう心城学園は目と鼻の先だ。
3人は校門を過ぎて、グランドに向かう。
その途中、スーツを着た小太りの中年男性が声を掛けて来た。
近藤がその人に向かって
「校長先生、今日はよろしくお願いします。」
校長!
僕と耕太は、慌てて挨拶をする。
そこへユニフォームを着た、監督だろう人が近づいて来た。
年齢は30代後半だろうか、身長が180cmぐらいで体が引き締まって、穏やかそうな人だった。
「監督の丸山です。今日は君達を見せてもらうよ。」
「はい。よろしくお願いします。」
3人の声が揃った。
すると監督が僕に近づいて来て
「君が小野君か、楽しみにしてるよ」
肩を軽く2回叩いた。
?
よく分からないが、こうなったら全力でやるしか無い。
僕達3人はユニフォームに着替えて、グランドにいる監督の所に走って行った。
心城学園は今年の夏の大会では、3回戦で負けている。
ただし、2年生レギュラーは3名、1年生レギュラーは1名と、約半分が2年生以下のチームなので、来年は期待が持てる構成だ。
エースも2年生の本格的なオーバースローの投手で、ストレート、カーブ、スライダーを中心に配給を組み立てている投手だ。
僕達は、まず体をほぐすため、ランニング、準備体操、キャッチボールの順に体をほぐした。
準備が終わり監督の元に行くと、監督はグランドにいる選手を集めた。
全員が監督の前で円陣を組むと、監督が選手達に僕達が来た目的を伝える。
「この3人が、セレクションを受けに来た中学生だ。
右から内野手の近藤君とキャッチャーの秋山君、そして投手の小野君だ。」
続いて今日のセレクションの内容を全員に伝えた。
「まずは、近藤君と秋山君の打撃をテストする。
レギュラーが守備につき、エースの安川が2人に対して5打席づつ投げる。
2人の打撃が終わったら、近藤君と秋山君は守備に入り、小野君はレギュラーと1打席づつ対戦してテストは終了する。
それと、審判は俺がやるからな。分かったか」
すると全員で
「はい」
レギュラーは走って守備位置についた。
エースの安川さんが投球練習を始める。近藤と秋山も素振りをして準備を始めた。
このグランドは、両翼100mぐらいあり、高さ10mぐらいの防球ネットに囲まれている。
ネットに当たるには、相当の飛距離が必要である。
そして監督の一声でテストが始まる。
「もう入っていいぞ」
近藤が打席に向かう
「じゃあ俺から行くぞ」
近藤は右投げ左打ちなので、左打席に入る。
いくらいいバッターとは言え、野球から少し離れていたら、そう簡単に打てるものでは無い、と思っていた僕の予想は1球目で見事に外れた。
初球
鋭い金属音が流れる。
打球は鋭い当たりでセカンドの頭上を越えて、ライト、センター間を抜けていった。
2打席目も初級にカーブをファーストの頭上を越えてライト前
3打席目、安川さんも打たれたショックでボールが先行して、ストライクを取りに来たストレートをライトの頭上を越えて、防球ネットまで達した。
4、5打席は、鋭い打球をセンターの好守備によって、センターフライに終わった。
近藤の打撃は文句のつけようが無い。
それにしても、あのセンターの足は尋常では無い。
あのセンターで無ければ、全て抜けていただろう。
次は耕太だ。
耕太が右打席に立つ。
第1打席
慎重に2球見送り、3球目をレフト前、2打席目はカーブを流したがセカンドゴロ、3打席目、4打席目はレフト、センター間を抜けそうな打球をセンターが飛び込んでキャッチした。
耕太は悔しがっていたが、本当にあのセンターは上手い。
そして最後の5打席目
安川の肩口から入ってくるカーブを見事に捉えて、打球はレフトの頭上を越えた。
近藤程のインパクトは無かったにしろ、上出来な内容だった。
そして、いよいよ僕はマウンドに上がる。
守備も控え選手に近藤と耕太が守りに着く。
僕はマスクを被る耕太に向けて、投球練習を始めた。
レギュラー達の声が耳に入ってくる。
(サブマリンか?)
(結構速いな)
普段は他人の評価などを気にした事など無かったが、今日はやけに気になってしまう。
「そろそろ大丈夫か?」
監督から声が掛かり
「はい」
僕のテストが始まった。
レギュラー全員との1打席勝負だが、僕みたいな変則投法の場合は、見慣れない球道に加えてタイミングも取りずらい。
1番打者が打席に向かおうとした時である。安川さんが
「監督、こんな変則投手だと1打席勝負では打者が不利だと思います。」
痛いところを指摘してきた。
監督が考える。
「確かにそうだな。じゃあ5回を投げて、合格ラインは1点以内に抑える。でどうだ?」
えっ!経験も少ないし、硬球にも慣れていないのに。
ちょっと不安が過ぎる。
すると耕太が
「監督ちょっといいですか?」
さすが耕太、僕をフォローしてくれるんだ。
監督「何だ?」
「いや、1点では甘いと思いますよ。0点が合格ラインでいいと思います。」
え〜そんな馬鹿な。
僕はサードの近藤に助け舟を出してもらおうと、近藤を見つめる。
すると目が合って、近藤がうなづいた。
「監督!」
「何なんだ一体。何だ近藤」
「ヒットを打たれたらアウトってのは、どうでしょう?」
おいおい、それはいくら何でも無いだろう。
監督「分かった。」
へっ?
監督「さすがにノーヒットは厳しすぎるから、0点で抑えられれば合格にしよう」
何で?
それに今のやり取りで、レギュラー達の怒りがヒシヒシとここまで伝わって来る。
「すいません。後3球だけ投球練習させて下さい」
監督「分かった」
もう破れかぶれだ!
僕は思いっ切り硬球を確かめる様にミットを目掛けて投げ込む
キャッチャーミットの音が響きわたる。
耕太が
「やっと戻ったな」
訳の分からない事を言って、ボールを返して来た。
3球の練習が終わり
いざ!テスト!
1番打者はセンターの本田さんで、左打席にはいる。
さっきの守備といい、この人が一番怖い気がする。
第1球
何とセフティーバントだ。
打球は三塁前に転がる。
近藤がダッシュして投げる右手でボールを掴み、倒れながらファーストに投げた。
「アウト!」
凄い、近藤も凄いが、あれだけ早く処理されて、間一髪とは、何て足が速いんだ。
2、3番打者は連続三振。
4番打者が2、3番の選手に、球の特徴を聞く。
「さっきの投球練習より早いし、何か物凄く手前で伸びて来るというか、ボールが浮き上がる感じだよ。
とにかく今まで見た事ない球だよ」
4番打者のファーストの後藤が右打席に立つ、さすがに迫力がある。
何とかファールで追い込む。
秋山のリードは、内角のストレート。
僕は思いっ切り内角を投げる。
ズボッ!
「バッターアウト」
そして、5番はピッチャーゴロ、6番は三振。
続く3回も下位打線をノーヒットで抑えた。
4回
2巡目の攻撃が始まる。
本田さんだ。
バッターボックスに入ると耕太に
「本当に舐めてるのか?ストレートしか投げて無いよな」
「はい。1、2巡目で、あいつの球は掴めませんよ。」
「大した自身だな」
そして1球目、
カキーン!
金属音が鳴り響く。
ライトの頭上を越えたがボールは右にきれてファールになった。
「これでも、さっきまでの強気でいられるか?」
「はい。まだまだあんなボールでは無いですよ。アイツの球は」
2球目、ファールチップ
3球目、耕太のミットが内角に要求している。
僕は思いっ切り投げ込む。
ズボッ!
「バッターアウト」
耕太は調子に乗って
「ねっ、いい球投げるでしょ先輩」
その言葉に本田は悔しがった。
結局ヒットを打たれず5回を投げきってしまった。
僕はベンチの先輩方に向けてお辞儀をして
「ありがとうございました。」
と挨拶をする。
すると監督が
「ナイスピッチング」
手を叩いて祝福してくれた。
本田さんも後藤さんも拍手をしてくれた。
「最初から5回と聞いていたので、試合だったら、こんなに上手くいきませんでした。」
と言って、お辞儀した。
ここで円満に終わるはずだった。
いきなり近藤がベンチに走り、バットを持ち、バッターボックスに入って
「おい!1球でいいから勝負しろ!」
えっ何で?
せっかくいい感じで終わったのに
耕太「勝利、一球だけ投げてやれよ。」
と言って、僕に向かってウィンクをした。
!
そうか、キャンプで知って、何度か耕太に受けてもらったナックルを試すんだな。
耕太のウィンクを理解した。
バッターボックスの近藤は
バットを僕の方に向けて
「お前の最高の球を投げろ!」
と威嚇してくる。
監督が「一球だけだぞ」
耕太が面を被り座った。
ミットはど真ん中を構えている。
よし!
僕は振りかぶり、ミットに目掛けてナックルを投げ込んだ。
ボールはど真ん中
「もらった」
と言ってバットを振りだす。
ボールはそこから左右に揺れ始めて、ストンと落ちてホームベース上に落ちた。
近藤のバットは空を切る。
ワンバウンドしたボールは耕太のミットに収まった。
監督「何だあれは?」
呆然と呟く
耕太「ナックルです。監督、凄いでしょ。これで甲子園行きましょう」
納得していないのは、バッターボックスの近藤だ。
「お前、ずるいぞ!あんな球を隠しているなんて聞いて無い。もう一球だ!」
そこへさっき会った校長がグランドに入って来て
「近藤君、その続きはこの心城学園のグランドで好きなだけやりなさい」
って事は?
校長「3人共、推薦状を学校に送っておきます。ただし、近藤君と秋山君はチームワークを乱さない事が条件だけどね」
やったー!
何より、これで勉強から解放される。
僕の頭には莉乃の顔が浮かんだ。
これから莉乃といっぱい遊べるぞ〜
そんな晴れやかな気持ちが翌日には真っ黒な雲に覆われる事になるとは・・・




