第3話 森の茂みにて
私達の車を先頭にキャンプ場に向かっていたが、高速を降りて更にキャンプ場に向かう細い道を通る頃から、吐き気を感じ始めていた。
車酔いだ。
「莉乃、大丈夫か?顔が真っ青だぞ?」
喋ると限界を迎えそうになっていたので、ただ頷いて大丈夫をアピールした。
「もうすぐだからな。我慢できるか?」
話しかけないでと貰いたいところだが、同じようにただ頷いた。
これは本当にマズイ
それから10分後、車はキャンプ場に着いた。
まだ後続の車は着いていない。
私はトイレを目指そうとしたが、とてもトイレまでもたないと判断して近くの茂みに向かった。
(せめて、木の裏に)
木の裏で嘔吐する。
吐き終わった私は、ハンカチで口を吹き、茂みを出ようとした時、誰かが茂みに向かって走ってくる。
私は急いで別の木の陰に隠れる。
勝利も途中で車酔いを起こして、キャンプ場に車が停まると同時に森へ駆け込んだのである。
最初はトイレで吐こうと思ったが、胃の中の内容物が喉の所まで押し寄せて来たので、慌てて茂みへと進路を変更したのであった
なんとか、人の目が届かない所で胃の内容物を吐き出す
(ふう)
人の目に触れない場所で吐けた事で安堵感を得る
そんな姿を見た莉乃は、そんな勝利を見て呆れ果てる。
まったく、こんな所で吐いたのに満足感に浸っているのよ!
何とも言えない匂いが充満する。その匂いは木の裏に隠れている私の所までやってきた。
(臭い!)
心の中で呟く
あまりにも近いので、動く事も出来ない。
(このまま、ここに隠れているのも変ね。それにこの匂いをずっと嗅ぐなんて無理だ)
私はそう思うと、音をたてないように、茂みを抜けようと足を踏み出した。
(バキッ!)
小枝を踏んで音を出してしまった。
(バレる!もうヤケクソだ!)
私は、アイツの前に出て行き嫌味を言う。
「あんた、それでも海江中学校のエースで4番なの情けない!」
すると私の顔を見つめて言い返される
「あれ?君の口にも嘔吐物が付いてるよ」
「えっ!私はちゃんと拭いたわ・・・」
(はめられた!)
「やっぱり僕と同じだったんだね。こんな人気の無いところに一人で来るはずが無いと思った。」
勝ち誇った顔をしている。
その顔を見て、無性に腹が立った。
「何を勝ち誇ったような顔してるの?か弱い女の子が吐いた所を見て、そんな顔するなんて性格の悪さが滲み出ているわ!本当に最低」
父の声が聞こえた。
「おーい。莉乃はいるか?」
「パパ!助けて!」
アイツは森に入って木陰に身を隠す
父が私の声を聞いて駆けつける
「大丈夫か?」
「パパ、私ここで吐いちゃった。ごめんね」
「そんな事か、誰かに襲われたんのでは無いかと心配したよ」
そうだ!ちょっと面白い事を考えてしまう。
「でもね、私が吐いたのを馬鹿にした小学生がいたのよ」
「小学生では仕方ないだろ。知能指数が低いんだから」
「じゃあ莉乃行くぞ。みんなテントを張り始めたからな。」
「うん」
父が茂みを出たので、一言嫌味を追加した。もちろん木の陰に隠れているアイツに向かってである。
「知能指数が低いからしょうがないか!
もしかして今も自分の事だと分かって無いのかな?」
そして私は、父の後を追って、みんながいる場所へ戻って行く。
莉乃の嫌味を聞いた勝利は莉乃の行為にお腹を立てる
本当に性格が悪い女だ!
社長の娘が立ち去ってから、僕もマイクロバスに向かって歩き出す。
キャンプ場はA〜Dの区域に分かれていて、1区域20〜40のエリアとなっている。
会社でA区域全部借りていて、A区域は30近くテントを張れるエリアとなっていた。
ただ会社で来ている家族は20家族で、余った10エリアに運動会などで来賓席に用意する大きなテントを3個も横に並べて、そこに会議室に置いてある様な長机が並べてある。
全家族が座れるエリアが作られているのだ。
なんか凄いな
僕はテントを眺めながら歩いていると、母の声が聞こえてくる。
「ここよ」
母の声がする方を見ると、僕に向かって手を振る母が見える。
僕は母の所に行き、母に質問する
「あんなにテントや長机を持って来てた?」
「あそこのトラックで運んで来たみたいよ。」
トラックを指差す。
そこには2tトラックがあった。
割り当てられたエリアも1家族1エリア使えるので、充分に広さがある。
家から持って来たテントを張る家族もいれば、僕達みたいに、事前に申し込みをして、キャンプ場で張ってあるテントを使用する家族もいる。
ただし、キャンプ場のテントを申し込んだ家族は、事前にテントが張られているので、場所を選ぶ事は出来ない。
「僕達のテントは?」
「え〜とね。A-2番よ。ほら、あそこよ」
A-2番の場所を指差す。
僕は母の指差すA-2番を見ると
えっ!
僕達の横のエリアに、あの社長の娘が目に写った。
「えっ!社長のテントの横?」
「だって、お父さんが社長のお世話をしないといけないから、しょうがないわ。」
マジか!
さすがに今行くとバツが悪い。
それに、彼女と話したくもない
「ちょっと川を見てくるよ。」
「ちょっと待ちなさい。挨拶ぐらいしてから行きなさいよ。」
「いいよ。さっき、二人に挨拶したから」
僕はそれだけ言って、すぐ近くを流れる川に向かった。
アイツと一緒にいた、多分母親だろう女性が横のテントまで荷物を持って歩いて来た。
「こんにちは。よろしくね。」
登って来た女性が声を掛けてきた
おっとりとしていて、優しそうな女性だ。
「こちらこそ宜しくお願いします。」
アイツの母親だが、母親には恨みはないので普通に接する
(それにしても、横のテントにアイツがいるのか)
アイツの母親がテントの中に荷物を置きに入って行くと、私と同じ反応を見せる。
「わあ〜暑い!」
そう言って、私と同じように小窓を開けて、入口も開けっ放しにして空気を通す。
そして、汗をかきながらテントから出てきた。
「暑いわね。死ぬかと思っちゃった。」
笑顔で話し掛けてくる。
「はい。もしよかったら、こっちの椅子に座りますか?」
「えっいいの?ありがとう。うちもキャンプ用の椅子を持って来たけど、テントの中に置いちゃったから、出すのが嫌だなぁと思ってたの。助かっちゃう」
話しやすい人だな。
父親も母親もいい人なのに、何で息子だけ性格がひん曲がっているんだろう?
社長の娘を母親に相手させて、僕は川に向かう
川の水を触る。
(冷たっ!)
こんなに川の水って冷たいんだ?
真夏なのに、まるで氷水を触った様だ。
昨日まで雨が降っていたせいで川の流れも早く水笠も深い。半ズボンを履いているので、服に水が掛からないように水に浸る。
「お~気持ちいい~」
強い水流が足に当たるとマッサージを受けている様で心地いい。
外気の暑さで熱を帯びた体を川の水が冷やしてくれているのを感じた。
そして体の心地良さに、周りの子供達の笑い声が癒しを与えてくれる。
何気なく子供の笑い声がする方を眺める。10mぐらい上流の方で、子供の笑い声が聞こえ、別に来ている家族が、楽しそうに水で遊んでいる。
はあ~本当にのどかだな
僕は、夏休み前までは野球に打ち込み、それが終わってから勉強一筋だったので、この様に自然と触れ合うことなど無い日々を送っていた。
すると、上流から悲鳴が聞こえる
(キャー!のどか!)
叫び声が響く
まだ幼稚園にも行っていない女の子が川に落ちて流されている。
僕は川の中に入り受け止めようと、子供が流されてくる川の真ん中まで移動し始める。
少し本流の方に足を踏み入れると、いきなり膝程の深さから胸ぐらいの深さに水深が一気に深くなった。
更に川の流れによる水圧も強い。その場に立っているのもやっとだ。
これはまずいかな?
子供が流れてくる。
子供の方へ流れに逆らい、一歩一歩足を進めて行く。
そして、流れて来た子供を掴んだ。
足がよろける。
まずい転ぶ!
転んだら、待ち受けるのは死だと感じる。
一人でやっと動けたのに、子供を抱えて動くのは難しい。
ただ、子供は小さいので体重が軽い。
僕は一か八かの賭けに出る。
僕は必死に子供を両手で頭の上まで持ち上げて、思いっきり子供を膝ぐらいまでの浅瀬まで投げ飛ばした。
子供は膝までの水深の所まで投げれたので、近くにいた大人が子供を保護した。
しかし子供を投げた反動で、踏ん張りが効かず倒れてしまう。
川の流れは早く、体が斜めになっているせいか、足がつかない。
これは本当にヤバイ
「死」を感じた、その時である。
目の前に腕ぐらいある大きな木の棒が目に入った。