第2話 ソフトクリーム
キャンプ当日
25人乗りのマイクロバスを2台借りて、東京の江戸川区にある父の会社から大型免許を持っている父が運転して丹沢に向かうプランであった。
会社に続々と人が集まってきたが、殆どの家族連れは小学生以下である。見る限り中学生は僕だけだ。
「ねえ母さん?」
「何?」
「中学生なんていないね。」
「そうね。キャンプに参加する人は、大体が小さい子が多くて中学生以上の子供は親の行事には参加しないのよ」
「普通そうだよね。」
僕は苦笑いを浮かべた。
「でも何で父さんは、あんな必死に俺を誘ったのかな?」
「さっきも言ったけど、ここに来る子は、小さい子ばかりだから、大きい子が面倒を見ないといけないのよ。」
「えっ!そんな話は聞いてないよ。」
「親だけのイベントも企画しているから、その間の子守が必要だったと言ってたわ」
さっと数えても見守りが必要な子供は10人前後いる。
「ねえ。本当にこの人数を子守しないといけないの?」
「そういう事ね。頑張ってね。」
父の声が聞こえる。
「皆さん。全員揃ったので、車に乗って下さい。」
「さあ、勝利。私達もバスに乗りましょう。」
こうして、キャンプ場を目指して2台のマイクロバスは出発した。
車中で母に質問する。
「そういえば社長は?」
「社長は、現地に直行するの?」
「そうよ。何だか娘さんも来るみたいよ。多分、勝利と同じくらいの女の子よ。」
「ふ〜ん」
「そんな無関心な顔して、期待しているんでしょ!」
「してないよ」
母親にいじられながら高速道路を進む
マイクロバスは首都高速を抜けて東名高速に入る。途中の海老名パーキングでトイレ休憩を取ってから、高速を降りる事になっている御殿場インターを目指していた。
職員達と別行動をとっている莉乃達も職員が休憩する海老名パーキングに向かって車を走らせていた。
「パパ、海老名パーキングって、店舗が多い場所だっけ?」
「おっ!よく知ってるな」
「まあね。前にTV番組でやっていたから」
「何か食べるか?」
「暑そうだから、ソフトクリームでも食べたいな」
ちょっと甘えてみた。
「よし、特大のソフトクリームを買おう」
「そんな大きかったら、溶けて大変な事になっちゃうよ」
二人は笑う。
久しぶりに親子で出掛けて、久しぶりに父に甘えた。
( これも有りね )
そして海老名パーキングに到着した。
その5分前
会社の車もパーキングに着いて、15分の休憩に入っていた。
僕はトイレを済ませて、パーキング内の店舗を、なんの気も無しに見て回る。
すると外の店舗でソフトクリームの看板に目がいった。
(ソフトクリームか。食べようかな?)
僕はポケットから財布を取り出し、ソフトクリームを買う為に店舗へ並ぶ。
今日は日差しも強く、他の客も考える事が同じなのだろう。ソフトクリーム屋の前には行列が出来ていた。
休憩時間に間に合うかな?
少しずつ前に進み、何とか休憩時間内に順番が訪れる。
良かった、何とか休憩時間内で間に合った
「ソフトクリームを1つ下さい。」
店員からソフトクリームを受け取り、僕はソフトクリームを買う行列から外れた。
勝利がソフトクリームの行列に並んでいる時である。
莉乃は海老名パーキングで車を停めてから混雑しているサービスエリア内を軽く廻って外に出た。
「おーい、莉乃!」
私は父の元に行き、話していた相手の人に挨拶した。
「娘の莉乃です。よろしくお願いします。」
「礼儀正しいお嬢さんですね。」
父も満更でもない様子で調子に乗る
「外向けだけですよ」
「そんなご謙遜を」
「そうだ莉乃、ソフトクリーム買いに行くか?」
「うん」
そして3人でソフトクリーム売り場に向かう。
ソフトクリーム売り場が外にあり、まだ昼前だというのに、行列が出来ている。
「莉乃、ソフトクリームは辞めようか?」
そこまでして食べたく無かったので、
「そうだね。冷たいものなら、他にもあるし」
すると父と話していた男性が
「あれ?ちょっと待ってて下さいね」
父と話していた男性はソフトクリーム売場の行列の前方に走り出した。
それを見て私は
「ねえパパ?あの人は誰?」
「亀戸の総務課長の小野さんだよ。
ほら、この前言ってた、お前と同学年の息子がいる人だよ」
(アイツの父親か)
その言葉を聞き、美希を振った彼氏の親だと知った。
そして、ソフトクリーム売り場に行った小野さんが、ソフトクリームと男の子を連れて、私達の所に歩いてくる。
一緒にいる男が、美希を・・・
その男は、身長は私と同じぐらいなので、男にしては背が小さい。目はくっきりしているが少し垂れていて、凛々しいと言うよりか弱々しい顔立ちだ。
髪はスポーツ刈りなのか、五分刈りの髪が伸びた状態なのか分からないが、かなり短くて髪の毛が立っている。
その髪の毛を隠すように帽子を被っていた。
小野さんがアイツに話し掛ける
「勝利!そのソフトクリームを譲ってくれ。」
この暑いなか並んでいた勝利は、父の突然の願いに戸惑う
えっ?
ソフトクリームに口を付ける前だったので、ソフトクリームを持ったまま父の方を向いた。
父の姿が見え、その横には背が高くて引き締まった体をしている中年男性と、いかにもお嬢様といった白いワンピースを来て、髪はストレートのロング、くっきりとした二重瞼で、少し切れ長の目が大人の雰囲気を演出している女性の姿があった。
高校生だろうか?ちょっと僕より年上の様に感じた。
(それにしても綺麗な子だな)
父は、僕の買ったソフトクリームを取り上げる。
あっ!
そして、白いワンピースを着た女の子にソフトクリームを差し出した。
ソフトクリームを差し出された莉乃は親友の事を振った勝利に怒りを感じていて、勝利が手にした物など食べる気にはなれない。
目の前にソフトクリームを差し出されたが受け取る事は出来ない。
「要らないわ!あの子が触っていたのを食べるなんて、死んでも嫌よ!」
「莉乃!失礼だろ!」
美希を振った男の物なんて絶対に受け取れない。
「じゃあパパは、私に嘘をつけって言うの?」
「言い方の問題だ!人を傷つける様な言い方をするなと言う事だ!」
「じゃあ、その子が持ったソフトクリームを、どうしても食べたいと言えばいいの?」
「話をすり替えるな!死んでも嫌などと言う表現を止めろと言っているだけだ」
「はいはい、分かったわ。」
父から強引にソフトクリームを渡される。すぐに返そうと彼を睨らみながら近づいて文句を言う
「アンタが触った物は食べたく無いのよ」
しかし、勝利も何でそこまで文句を言われているのか分からない
莉乃は、溶け出したソフトクリームを僕の方に差し出す。
「要らないわ!」
あまり人に怒った事がない僕だが、理不尽な態度に頭に血が登り、文句を言い返した
「君が触った物なんて食べれないよ。何処かに捨てといて!」
それだけ言って、背を向いてその場を離れた。
その態度に莉乃も頭に血が登る
生まれて初めて、どうしようもない怒りが押し寄せる。
手に持っているソフトクリームが暑さで溶けだして、私の手に流れて来た。私は咄嗟にソフトクリームを地面に叩きつけた。
それを拾う小野さんには、申し訳ない事をしたと反省する。
ソフトクリームをゴミ箱に捨てて戻ってきた大野さんに謝罪する
「あの~。すいませんでした。」
「いえいえ大丈夫だよ。うちの息子が失礼な事をして本当に悪かったね。」
笑顔で私を気遣ってくれた。
父がアイツの親に話し掛ける
「あの子がエースで4番の、小野さんの息子さんですか?」
「はい」
「イメージとかなり違かったので意外でしたよ」
「体が小さいので良く言われるんです。」
嫌な顔を一つ見せず父と話している。
親はこんなにいい人なのに・・・
「小野さん、でも本当にすまなかった。」
「いえいえ、娘さんははっきりしていて気持ちがいいですよ。
うちの息子に少しでも娘さんの様に積極的な所があればいいのですが・・・」
美希を簡単に振る男なのに、親の前では気が小さい態度をとっているんだわ。
外では違うのに・・・
こんなにいいお父さんを騙しているなんて、益々アイツの事が嫌いになった。
そんな会話をしているとは知らない勝利は、気分がモヤモヤしながらバスに乗り込んだ。
怪訝な表情をしている母が心配そうに話しかけてくる
「勝利どうしたの?何か怒ってる?」
「なんか嫌な人に会って、気分悪くなっちゃった。」
(そういえば、あれって誰だったのだろう?)
「あっ!勝利」
「何?」
「あれが社長よ」
僕は母が見つめる方向に目を向けると、さっきの親子がそこに居た。
何とも前途多難なキャンプの幕開けだった。