第3-45話 セカンド○○
モヤモヤした気持ちのまま自宅に帰えうと、いつもの様に莉乃に勝利した事を報告する。
今日はLINEではなく、直接電話しよう。
着信音が鳴ったのと同時に莉乃の声が聞こえる。
「勝利!勝ったんだね!」
どうやら速報で知ったみたいだった。
「うん、何とか勝ったよ」
「もう甲子園に行けるの?」
まるで高校野球の事が分かっていない莉乃らしい質問だ。
「後1回勝てば甲子園だよ」
「夏は東京で2校出れるのに、何で春は出れないの?」
確かに言われてみればそうなのだが、僕も詳しい事は分からない。
「選抜って事だから、1位では無いチームも出れるんだよ、きっと・・・」
適当に言ってみたが、何の疑いも無く
「そっか、じゃあ後1回勝てば、取り敢えず甲子園には行けるんだ」
やけに軽い乗りで話す莉乃
「まあ、そうなんだけどね」
「頑張れ!」
何か莉乃のいつもと変わらない言葉に、胸に引っかかっていたモヤモヤが浄化されていく。
「うん。頑張るよ」
「そうだよ、頑張ってね。勝利の夢は全国で一番の投手になる事なんでしょ?」
「うん」
莉乃の言葉がいつもの僕に戻してくれる。
会いたい、莉乃に会いたい!
何だろう、この気持ちは、純粋に会いたい気持ちだけでは無く、自分の気持ちを確かめたい気持ちが強い
でもここで会わなければ、莉乃への気持ちが負けてしまう気がした。
「莉乃?」
「なに?」
「これから会いたい」
「どうしたの勝利?」
「ダメかな?」
「ううん。私も会いたいわ」
「じゃあこれから莉乃の家の前まで行くね」
電話を切った僕は、無我夢中に莉乃の家に向かって走り出した。
電車に乗った事も、どこをどう全力で走ったかさえ分からない。
会って何をする訳でも無い。
ただただ莉乃に会いたい想いだけで莉乃の家に向かう。
莉乃の家の前に辿り着いた僕は、チャイムを鳴らそうとするが、玄関の戸が開いて莉乃の顔が目の前に現れる。
!
「莉乃・・・」
靴を履いて出てきた莉乃を、僕は抱きしめる。
「どうしたの勝利」
僕は莉乃を抱く腕に力が入る。
「どうしたの?勝利痛いよ!」
「莉乃!」
莉乃の声が聞こえない。
僕は莉乃を腕の中で抱きしめて、莉乃の温もりを肌で感じたい。
莉乃の肌の香りが僕の鼻を刺激する。
僕は莉乃の顔に近づく。
「勝利・・・」
莉乃が目を閉じる。
僕は更に顔を近づけていき、そして、莉乃の唇と僕の唇が重なった。
頭の中が莉乃一色に広がる。
僅か10秒くらいだろうか?
それでも僕には何分、何十分にも感じた。
いきなりのキスで、さすがに莉乃も驚いたのと同時に不安が脳裏を過ったのだろう
「どうしたの勝利?」
何となく寂しそうな顔をしている様に見えてしまう。
「ごめん、莉乃に会いたくて、会ったらつい・・」
莉乃が思い出し笑いを浮かべる。
「どうしたの?」
「だって、ファーストキスも突然だったから、まだ突然のキスなんだもん」
「ごめん」
「前は付き合ってもいない時のキスだったから怒ったけど、今度はいいわ。
でも今度はムードも大事にしてね」
「ごめん」
「でっ?何があったの?」
「ううん。何にも無いよ」
「嘘はつかないで、嘘は怒るわよ!」
「・・・・・」
こんな事、素直に言える訳がない
「女の子の事ね?」
えっ!
「相手は奈緒ちゃんね」
えっ?
「その表情はズバリね」
「何で?」
「そんなの分かるわ。いつか勝利が悩む時が来るのは分かっていたから」
「えっどういう事?」
「本当に勝利は鈍感なんだから。相手の気持ちに鈍感なら分かるけど、自分の気持ちに鈍感なのは犯罪よ!」
「えっ?分からないよ」
「勝利は私と会うずーっと前から、奈緒ちゃんの事が好きだったのよ」
そんな、そんな事は
確かに奈緒とは気心が知れていたが・・
中3の夏に莉乃と出会った時の感情は絶対に嘘では無い。
莉乃には僕と奈緒の関係が男女間の馴れ合いの様に感じていたのか?
莉乃と会えない距離感は、僕と同じ様に莉乃も感じていたのだと直感した。
僕は莉乃の両肩を抱いて
「莉乃ごめんね。心配掛けちゃったよね?
でも僕は莉乃の事が好きだ。誰よりも莉乃の事が好きなんだ。
それだけは信じて欲しい。
莉乃が不安になる様に、僕も不安になってしまった。君の方が苦しいのに、ごめんね」
莉乃の目から涙が零れ落ちる。
「勝利には命を助けて貰って、これ以上勝利を苦しめる訳にはいかないの。もし奈緒ちゃんの事が好きなら、私は勝利を止める事なんて出来ない」
「そんな事を言わないでくれよ。僕は病気を治したのではなく。病気になる前の莉乃に戻る事に喜んだんだよ。この事で引目を感じてしまったら、前の莉乃には戻れないでしょ。」
「勝利・・・」
「だから病気になった事じたい忘れて欲しい。
それが僕の願いです。」
「勝利・・ありがとう」
二人は自然と近づく
莉乃が目を瞑り、僕と莉乃の唇が重なった。
莉乃との絆が、より深まり家に帰った。
翌日からは来週の東京三校戦に向けて雑念は消え去り、野球に集中したのであった。