第3-2話 新たなスタート
(A病院)
8月6日
甲子園の開幕だ
入場行進を行う稲川実業には祐輔の姿は無かった。
祐輔の代わりに2年の伊藤さんがベンチ入りを果たした。
手術も終わり、早くもリハビリを開始し始めた祐輔も、テレビで稲川実業を応援する事になってしまった。
面会時間になると彩香が病室に訪れる。
そんな毎日が続いていた。
8月8日
稲川実業の一回戦の相手は、香川代表の初出場の土器高校
先発は黒川さんが務めて、田村、伊藤、そして抑えの高橋が投げ切って、6対2の4点差で勝利した。
打撃も3番の足利、4番の松原が本塁打を放ち、打撃のチームとして全国に名を響かせた。
翌日のスポーツの一面も松原を取り上げる。
「さすが松原は凄いなあ、敵では無くて本当に良かったよ」
あまり野球が分からない彩香は「そんなに凄いんだ。」と相槌をうった。
そんな話をしていると、病室に主治医が入ってきた。
甲子園も始まり、体が疼いていた祐輔が主治医に質問する
「先生、完治までどれくらい掛かりますか?」
「う~ん。リハビリ次第だけど、完全に治るのは半年ぐらい必要かも知れない。」
思っていたより期間が掛かる事を知って
「えっ半年ですか?」
「普通の生活をするのなら3,4ヶ月ぐらいだが、激しい運動となると、それぐらい必要だと思う。あまり無理をしてリハビリをすると、神経が痛む場合もあるから、徐々に筋力を増やしながら関節部分を広げていかないとならないんだよ」
まだ傷口が塞がっていないので、本格的に動かしていないが、関節が曲がらず歩きづらい。
でも、そんなに期間が必要なのか、春の選抜予選にも間に合わない。
考えてもしょうがない、来年の夏の大会を目指すしか道は無い。
医師が部屋から出て行った
「祐輔、ごめんね」
「彩香のせいでは無いよ、夏には間に合いそうだから大丈夫、大丈夫」
8月14日
稲川実業2回戦
相手は広島代表の平和学園
彩香とテレビを見ながら稲川実業の応援をする。
「平和学園なんて聞いた事無いなあ。」
「そうなの?」と必死に話を合わせようと彩香が返事をする。
試合が始まると、黒川さんが打ち込まれて、2点を先制される。
4回に松原のタイムリーヒットで1点を返すものの、5回に2番手の田村から3点を追加点を奪われた。
結局田村は1回で降板して、7、8回を伊藤が抑えた。
打撃も6回に1点、8回に1点を返していたが、追い付かない。
9回の表は高橋が登板したが、更に1点を追加される。
9回裏に松原のソロホームランを放ったが、反撃もそこまでで終了して、6対4で惜敗した。
稲川実業の夏は2回戦で終わりを迎えたのであった。
(心城学園)
夏の大会でベスト16まで勝ち進んだおかげで、様々な高校から練習試合を申し込まれていた。
勝利も練習に復帰して、8月に入ってからは練習試合にも参加している。
これだけ申し込みが増えたのは、3回戦で優勝候補ナンバー1であった東京三校を下したのは勿論の事なのだが、アンダースローで140km以上のストレートを投げて、不規則な球筋のナックルが武器である勝利の存在が大きい。
各強豪校は9月から始まる秋の大会を見据えて、視察を目的として練習試合を申し込んでいるのだ。
この秋の大会は、西東京と東東京のチームが同じトーナメントで戦い、優勝したチームは春の選抜の甲子園に、東京代表として出場出来る。
夏の大会よりも出場校が多いのだが、夏の大会と違って、9月の初旬から11月までの土日を使って行われる大会なので、約1ヶ月で行われる夏の大会よりも体力的な過酷さは少ない。
勿論、心城学園も新主将の本田さんを中心に、目標の甲子園に向けてチーム一丸となって練習に励んでいる。
夏の大会で急遽、投手を努めた加藤は、本来のファーストに戻りレギュラーメンバーとして、試合にも出場し、2年の安川さんも、以前とは比べ物にならない程、球のキレが良くなっている。
チーム全体も試合を重ねる度に成長を感じさせ、我がチームながら強いチームになりつつある。
よーし、このメンバーで秋の大会を優勝するぞ!
と心で呟く。
そして今日は土曜日なので、コーチが来る日であった。
練習前、僕と耕太の所に奈緒が近づいてきた。
「ねえ、コーチにこの前ランチを食べたマスターの事伝える?」
耕太「そうだな、祐輔の事があったからすっかり忘れていたよ。何か知り合いみたいだったもんな」
この前から気になっていた事を伝える。
「ただ、マスターの人相から、例の事件の犯人って事は無いよな?」
耕太も奈緒も同じ事を考えていたのだろう、言葉が途絶えた。
奈緒が苦笑いを浮かべながら
「やっぱり、伝えるの止めとこうか?」
その言葉に僕も耕太も頷いた。
そして練習が始まり、コーチもグラウンドにやって来た。
そしてコーチがグラウンドに入ると、大きな声でコーチがみんなを呼んだ
「全員、集合!」
選手がコーチの前に集まる。
「これからノックするから守備につけ!」
「おう!」
耕太はキャッチャーなので、コーチにボールを渡す役も兼ねる。
耕太はコーチを意識しているのが、はたから見ても分かる。
コーチ「秋山どうした?何か俺に用事があるのか?」
耕太は慌てて誤魔化す。
コーチは、そんな耕太を見て、首を傾げながらノックを続けた。
そしてノックが終わるとコーチは一旦グラウンドを出てベンチに座ると奈緒が冷たい麦茶をコーチに渡す。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
「なあ飯嶋?」
奈緒はコーチに呼びかけられて、慌ててビックリした様に返事をする。
「は、はい!」
その慌てようにコーチが察した。
「秋山も飯嶋も、何か俺に隠し事して無いか?」
コーチの質問に戸惑う奈緒
「あ、あの・・・・」
コーチも何の事だか分からず首を捻っている。
耕太が奈緒の困っている様子に気づき、話している二人のもとに走って行った。
「コーチ、すいません!」
耕太の声にコーチが驚く
「な、何だ?」
「いや、学校の近くの喫茶店のマスターから、コーチによろしくと言われたんですが、そのマスターの人相から例の事件の犯人かと思って伝えるのを悩んでいたんです。」
コーチはため息を吐いて
「あ〜それって喫茶店では無くて、レストラン三つ葉だよな」
「は、はい」
「あそこのマスターは、野球部の同期だよ。それに事件の犯人は不良だって言ったと思うけど?」
「そうなんですが、本当に野球部だったのか信用出来なくて」
「確かに見た目は野球をやってた様には見えないもんな」
「それではコーチも結構行くんですか?僕達も始めて入ったんですが、ハンバーグが美味しくてビックリしたんですよ」
「そうか、美味しいんだ」
?
「もしかして入った事ないんですか?」
「まあ、ちょっと色々あって物別れ状態なんだよ。」
コーチの顔色が見るからに曇っていくのが分かった。
これ以上聞いてはいけない
その日の帰り道、3人で駅に向かっている最中、奈緒が話し始める。
「ねえ、三つ葉に寄ってかない?」
グラウンドでのやり取りを知らない勝利は反対する
「え〜やだよ!」
耕太「この前夏休み中に、もう一度来いよと言ってただろ?」
「そうだけど・・・」
奈緒「じゃあ私が奢ってあげるわよ!」
勝利の頬が緩み「本当?本当にいいの?」
「飲み物だけよ!」
「え〜ハンバーグは?」
そんな会話をしながら「三つ葉」の前に着いたが、勝利は引き続き行くのをゴネていたが、勝利の言葉を無視して耕太と奈緒が店に入って行った。




