ルスト、運河船に乗る
私はオルレアの実家を離れると隠れ家に立ち寄った。侍女のメイラと一緒に出発支度を済ませて隠れ家の戸締りも全て終える。
「お嬢様、出発準備終わりました。建物の水回り、湯沸かし用のボイラー、その他戸締りなど全て完了しております」
「私の旅支度は?」
「そちらも滞りなく」
そう言いながら、彼女は私の長旅用のフード付きロングコートと愛用の武器、そしてさらに長期行動を前提とした背嚢カバンを出してきた。
準備は万端だった。
それらを身につけて完全に旅支度を終える。
気持ちを新たにしたことで、私は呟いた。
「次にここに戻ってこれるのは一体いつかしらね」
すると私の傍にいたメイラが言う。
「そうですね、今度ばかりは私も予想がつきません」
いつものことだが、メイラは私の行動の先を読んで、複数存在する隠れ家に先回りして準備をしてくれていた。
だが今回だけは彼女にとっても想定外なのだろう。
「大丈夫だ――、とは軽々しく言えないけど。戻る時があったら必ず連絡するわ」
「承知いたしました。可搬用の小型の念話装置を用意しておきます。いつでもご連絡ください」
「お願いね」
「はい」
「それじゃ行きましょうか」
「かしこまりました」
隠れ家を出て入り口の扉の鍵を閉める。そして私たちは荷物を携えて、頼んでおいた呼び出し馬車に乗り込む。
向かう場所はマティチエ発着場、何日か前に私が船を降りたところだ。
マティチエはオルレアの中心地から少し北側の方に入った場所にある運河船の発着場だ。
大きい円形のプール状になっており、そこが複数の船の接岸場になっている。円形プールの周囲は船関係の業者の事務所や、乗り継ぎ用の馬車の発着場。飲食店や宿泊施設などが軒を並べている。
さらに発着場の円形プールからは、水路が北と東西の3方向へと伸びている。東は近隣の中規模都市へと向かっており、西は複数のルートで西武都市のミッターホルムに繋がっている。
そして、北に延びているのが北部都市のイベルタルにつながる水路だ。
フェンデリオル最大の商業都市イベルタル。
イベルタルとオルレアを結ぶ水路は、中央首都と大規模商業都市をつなぐ最重要ルートなので、幅も広く構造もしっかりしている。運河船の通行量は多く、移動の時間短縮を図るために、複数の予備ルートが設けられているのが特徴だ。
私たちは最優先でイベルタルに向かうために、寝台付きの運河船をチャーターする。寝ている間に目的地に着こうという算段だ。
当然ながら船の中には船員たちと私たち二人しかいない。誰にも余計なことを聞かれずに話をするにはちょうどいい状況だ。
船は静かに水路へと滑り出すように出発する。
一昔前までは運河船と言うと無動力で櫓を漕ぐか棹をさすか、護岸から家畜などにロープで引かせて運用していた。だが今では精術武具の技術の応用で、火精系の精術を用いた水蒸気爆発の蒸気噴射機関が設けられている。そのため、水路の流れによっては馬車よりも速い速度で進むことが可能だ。これもまた文明の発達と言うものだ。
だが、文明の発達は幸せだけにつながっているとは限らない。北の凍てついた海を軍艦が踏破するように、災厄を運んでくることもあり得るのだ。
船の中には簡易式のベッドにできるソファーとテーブルがある。私たちはそこに向かい合わせに座る。時計の針をみれば夕方6時。そろそろ夕食の時間だがその前にやりたいことがあった。
「それにしても、集まった情報の量が多いわ」
「そうなのですか?」
「ええ、一つのことが分かると、次の問題がすぐに見えてくる。結果として非常に重要な情報が数多く集まったけど、それらを一度整理する必要があるわね。そうでないと次の行動に移る時に判断を間違いかねないわ」
「それでしたら」
メイラが私に提案してきた。
「私と会話しながら、情報を選り分けてみませんか?」
私は意表を突かれた。でも考え方としては間違いではない。
「会話しながら?」
「ええ、お嬢様が自分の頭の中だけでは気づいてらっしゃらない点について、私が客観的にご指摘することが可能だと思います」
「いいわねそれ」
「はい。実はこれ、昔侍女長をやっていた時に、お屋敷の奥様の所で複数の問題が生じた時にやっていた方法なんです」
メイラは元侍女長だ。実に色々なことを知っている。彼女のその智栄には本当に感心させられる。
「それじゃあお願いね」
「はい。それでは早速」
こうしてメイラを交えて、これまでに集まった情報の整理が始まった。







