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無記名の白い封筒と、ミライル極秘の外出

 ルストが旅立ってから、ミライルは自分の部屋にずっと篭っていた。

 塞ぎ込んでいたというわけではない。

 気持ちを切り替えていたのだ。


 複数ある自室の中の一つ、邸宅の庭園が見渡せるテラスのある談話室。そこが彼女の定番の場所だった。

 侍女に持って来させた黒茶を傾けながら、彼女は冬模様の庭園の花々を一人静かに眺めていた。


「あの子がまた来るまで母親の顔は終わり」


 湯気の立ち上るティーカップから茶を飲みながら、ルストの母ミライルは落ち着いた声で言った。


「この館の女主人に戻らないと」


 この部屋で一人で過ごすひとときは彼女が気持ちを切り替えるためのひと時だったのだ。

 ミライルは思う。


「大人になったわね。だんだん自分で道を見つけて行くのね」


 そう呟いてから軽くため息をつく。


「まぁ、普通の子よりちょっとだけ早いと思うけど」


 そして彼女は窓越しに空を見た。

 夕暮れ時、普段より早めに日が沈む空を見た。


「必ず帰ってくるのよ。エライア」


 心のどこかでは必ず我が子のことを案じている彼女だったのだ。


 気持ちの切り替えをそろそろ終えようか? という時だ。


――コンコン――


 部屋の扉がノックされる。

 ノックの音にはノックした本人の性格やしぐさが現れる時がある。ちょうどいい音でゆっくりめに慣らされるノックの音は筆頭執事のセルテスかもしれない。

 何か重要事だろうか?


「はい。どうぞ」


 ゆっくりとした声で落ち着いて答える。

 上流階級の女主人たる者、受け答えの口調一つとっても神経を払わねばならないのだ。


「失礼いたします」


 扉の向こうから姿を現したのはやはりセルテスだった。その手には銀トレイが携えられていて、その上に1枚の手紙が乗せられている。


「奥様宛にお手紙が届いております」

「手紙? 誰かしら」

「いえ、差出人の名前は一切書かれておりません。配達を命じられた私信配達人も人を介して持ち込まれたので差出人は分からないとのことです」


 奇妙な手紙だった。不安を感じているのかセルテスはさらに尋ねてきた。


「いかがいたしましょうか奥様。不審な手紙ということで未開封のまま処分させていただいてもよろしいのですが?」


 銀トレイの上の純白の封筒。ミライルの目の前に差し出されているがほんの少しの間、ミライルは手紙はじっと見つめていた。そして、気持ちに踏ん切りをつけたように手紙をそっととる。


「セルテス」

「はっ」

「この手紙の事は他言無用よ」

「承知いたしました」

「それと小さめの馬車を1台仕立ててちょうだい。もちろん紋章のないものを」

「かしこまりました。速やかに」

「お願いね」


 上流階級の人間というのは大抵は自らの家の紋章が描かれた馬車を用いる。それがセオリーだからだ。

 しかし、特別な事情があって素性の秘密を守りたい時がある。そういう時は紋章も何もない、飾り気のない質素な馬車が用意される。もちろん館の裏側の方に。


「それと小間使い役を1名呼んで」

「はっ、少々お待ちを」


 そう答えて恭しく上体を傾けて礼意を示してその部屋から去っていく。

 通常ならば着替えのための小間使い役は彼女クラスになると3・4名は必ず用意される。1名という人数は特別な事情がある時だ。

 少し遅れて年長の小間使い役が行ってくる。


「お呼びでしょうか?」

「着替えさせてちょうだい。外出するわ。大人しめのリージェンシーと。それとコートはロングで。素材はシルクではなく質素な木綿でお願い」

「お帽子は?」

「ボンネット帽で。でも飾りは要らないわ」

「承知いたしました。ご用意いたしますので、ドレッサールームへ」

「ええ」


 小間使い役の言葉と同時にミライルは立ち上がり別室へと向かった。

 そこで着替えを終えてそのまま人目を避けて邸宅の裏口へと向かう。

 モーデンハイムクラスの邸宅となると入り口は複数存在する。特に人目を避けてひっそりと出入りをする必要が有ることも珍しくない。

 この時も誰にも悟られぬようにしているのは明らかだった。

 邸宅裏口ではすでに馬車が準備を終えていた。二人乗り用の小型のブルーム馬車だ。馬は2頭立てで馭者は年配の初老の男性が一人、馭者というよりは普段は馬番をしているかのような白髪の老年の人物だった。

 彼はミライルを目の当たりにしても何も語らなかった。無言で馬車の扉を開け、ミライルの乗車を確かめて音を潜めながら扉を閉める。そして馬に鞭も入れずにひたすら静かにその場から走り出す。

 どこに行くかも語らない。

 それは2人が長年に渡り秘密を共有しているかのようでもある。


 今、太陽が沈み、夜の帳が下りつつあった。

 ミライルは夜の街へと姿を消したのだった。


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