祖父ユーダイムと二人の極秘の来賓
夕食後の時間、私は応接室へと呼び出された。
呼び出した主はお爺様だ。
――何かある――
そう緊張する心を抱きながら私は応接室の扉をノックした。
すると声が返ってくる。
「入りなさい」
「失礼いたします。エライア、ただ今参りました」
そう告げながら部屋の中へ入る。
応接室の中にいたのは、私の祖父であるお爺様こと、モーデンハイム家当主〝ユーダイム・フォン・モーデンハイム候〟だった。
ご高齢ながら恰幅のいい体にルタンゴトコート姿でソファーに腰を下ろしている。頭は白髪だが、かつては私と同じプラチナブロンドだったと言う。
よく整えられた口元の髭が特徴的だった。
でも応接室にいたのはお爺様だけではない。
「ソルシオン元帥閣下? それにワイゼム将軍!」
ソルシオン・ハルト・フォルトマイヤー元帥、
そして、ワイゼム・カッツ・ベルクハイド中将、
いずれも正規軍の重鎮中の重鎮だった。
「久しぶりだね。エルスト君、いや、この屋敷の中ではエライア君と読んだ方が良いかね?」
まずはソルシオン閣下が言う。そしてもう一人、
「お邪魔するよ。くつろいでいるところ悪かったね」
元帥閣下と中将は詫びるようにそう語りかけてきた。
「いえ、お二人でしたらいつでも大歓迎ですわ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「さ、座りたまえ。話はそれからだ」
「はい」
私は浅黄色の屋内用のシルクのエンパイアドレスを揺らしながらソファーの一つに腰を下ろした。
お爺様は今なお軍で現役だ。一度は引退したが、事情があって現役復帰を果たし、今では参謀本部お付きの相談役として勤めている。
その参謀本部総長がソルシオン元帥閣下で、ワイゼム中将が参謀本部付属の作戦本部長となる。
まさに、そうそうたる面々だ。
最初に声を発したのはユーダイムお爺様だ。
「くつろいでいたところをすまない。お前に来てもらったのは他でもない。緊急事態が進んでいるからだ」
その言葉を聞いた時、私の頭の中のスイッチが変わった。ご令嬢のエライアから、女傭兵のエルストへと。
「お話を聞かせていただきます」
「うむ」
そして、お爺様は中将に促した。
「君も、防諜部の第一部局長から、色々と指示や情報提供を受けていると思うが、ことは急を要することが判明した」
「と、おっしゃいますと?」
「よく聞いてほしい」
一瞬の間を置いてワイゼム中将は告げる。
「我が同盟国ヘルンハイト公国にて、敵対国家トルネデアス帝国の工作員が活動しているとの情報を複数の筋から情報を入手した」
やはりそうか、想定された事態だ。
「やっぱりそうでしたか。色々と情報を集めていて、現在のヘルンハイト公国は何かおかしいと思っていましたが大変腑に落ちました」
「やっぱり知っていたか」
「はい。現在の我が国の同盟各国の連携網の中で、主要各国が緊張の度合いの高まりと共に、防衛体制の強化に動いていることは把握しておりました。ですが」
私の言葉に皆の視線が集中する。
「現在のヘルンハイト公国は明らかに機能不全に陥っています。本来であれば北方洋からの上陸の危険に対し、国家を挙げて対策を打つべきなのですが、あの国ではその動きは全くありません。今や同盟各国の防衛体制の〝穴〟と化しております」
ひどい言い方だがそれは現実だ。ソルシオン元帥閣下は私に同意する。
「君の言う通りだ。そして何よりもっと問題なのが、本来それに対処して摘発行動の主体となるべき防諜部第3局が完全な機能停止に陥ってるという問題だ」
ワイゼム中将が尋ねてくる。
「知ってるかね? 第3局の存在は?」
「はい、大変存じております。我がフェンデリオルの諜報体制をつかさどる防諜部、その四つあるセクションのうち、北同盟国ヘルンハイトの監視と諜報活動の連携を目的とした部署です」
私の言葉に3人がうなずく。ただその表情は硬かった。ワイゼム中将が問題の本質を口にした。
「その第3局の現地指揮官が消息を絶った」
「えっ? なんですって? 行方不明ですか?」
「そうだ。厳密に言うと連絡不能状態に陥っている。現地指揮官の指揮下にある工作員との連絡網の維持も困難な状況にある。有能な工作員の中には独自の連絡網を駆使して、フェンデリオル正規軍の参謀本部に連絡を取ってくる豪の者も存在するが、そのようなものは少数派だ」
そして、ソルシオン元帥閣下は緊張した面持ちで結論を口にした。
「実際問題として、ヘルンハイト公国内部での我がフェンデリオル正規軍の諜報活動網は瓦解したと言っていい。まさに最悪の状態だ」
そしてそこに言葉を添えたのがユーダイムお爺様だ。
「さて、この2つの問題、トルネデアス工作員の確認と、諜報活動網の瓦解、この二つが同時に起きたということは決して無関係ではないはずだ」
私は尋ねる。
「つまりトルネデアス工作員か、それらに加担する何者かがいて、我々フェンデリオルに必要な情報が入ってこない状態にあるということなのですね?」
私の問いかけにソルシオン元帥閣下は首を縦に振った。
「その通りだ。そしてこれを早急に解決しなければならん」
「おしゃる通りです」
私は同意する。だがそこで同時に疑問も湧いてくる。
「しかしなぜそれをこの場で?」
話すのであれば私が軍本部に出向いて説明を受ける形でもよいのだ。やり方はいくらでもある。私は元帥閣下と中将殿が私の実家であるこのモーデンハイム家本家邸宅に出向いてきたということ自体に意味があると思うのだ。
ならばその理由はこれしか考えられないだろう。私は自ら脳裏にある予感を感じた。
私は彼らの返事を待たずに正解の答えを指摘する。
「もしかして、第3局の現地工作員が問題の発端ではなく、防諜部内部にも影響を受けた問題人物が存在する可能性ですか?」
私のその指摘に彼らは驚きの表情を浮かべた。
元帥閣下は驚いていた。
「そのことに気づいたのか。さすがだな」
私は静かに微笑みながら答えた。
「はい。今回のような重要案件を軍本部ではなく、モーデンハイム家の邸宅にてこっそりと話すということ自体が外部に明かせない大きな問題をはらんでいると考えるべきですから」
「その通りだ」
そこから先の詳細を説明してくれたのはワイゼム中将だ。
「第3局の部局長付きの情報左官が情報漏洩で軍警察に逮捕された。詳細に調べた結果、通常の情報伝達にカモフラージュして第3局以外の別の部局の重要情報を無断送信していたことがわかった」
「スパイの存在ですか?」
「スパイに仕立てられたと言うべきだな。多額の借金があり、その肩代わりを条件にヘルンハイトの現地司令官から情報送ってくるように強要されていたそうだ」
そして最初の話に繋がるのだろう。
私は指摘する。
「そしてそれがヘルンハイトでの現地司令官の失踪に繋がるのですね?」
「そういう事だ」
そしてさらにユーダイムお爺様が現在状況を説明してくれる。
「問題の情報左官が逮捕されたその当日から、現地司令官からの定時連絡が途絶えた。同時に複数の現地調査員から現地での連絡網が混乱しているという事実が別ルートで伝えられた。現在、防諜部の第3局全体を情報封鎖している。問題人物が他にもいる可能性を検討すると第3局をそのまま運用するわけにはいかないからだ。その代わり、第3局以外の部局でヘルンハイト関連情報の任務代行を行なっている状態だ」
ソルシオン元帥が言う。
「無論このことは外部に対しては明かしていない」
そして彼らの話は結論へとたどり着くと、私にある問題をつきつけてきた。