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ルストの正装と実家への出立

――2日だけ、ご実家に顔を出させていただきます――



 私が送ったのはたったそれだけの文章だった。

 私自身ではなくメイラに送ってもらった。

 それに対して私の実家から帰ってきたのはこの文字だった。



――家族みんなでお家を上げてお待ち申しております――



 私は思わず両手で顔を覆った。家が帰るということに対してお母様の盛り上がりぶりが目に浮かぶようだった。


「メイラ」

「はいお嬢様」

「いつもの黒装束で帰ろうと思ったけど」

「はい」

「やっぱりドレスにするわ。仕事着で帰ったら、いかにもまたすぐに出発しますと言わんばかりだから」


 盛大にため息をつきながら語る私にメイラもおおいに苦笑している。


「承知しました。そうなると思って既にご準備しております」

「ありがとう今着替えるわ」

「お仕事用の衣装は?」

「トランクに詰めて。必要があれば向こうで着替えるから。私の愛用の装備もお願い」


 そこまで語って何かに気づいたようだ。


「ご実家からそのまま移動なさるのですね?」

「ええ、もしかするとそのまま最低、1ヶ月から2ヶ月は戻ってこれないかもしれない」


 それを聞いたメイラの顔がいつになく真剣になった。


「長期のお仕事ですか?」

「ええ、もしかすると国外任務になるかもしれない」


 だが、メイラは優秀だった。


「承知いたしました。お留守の間のお住まいの管理はお任せください」

「悪いわね」

「いえ、主人の留守を預かるのも使用人たるものの大切な役目ですから」


 そう落ち着いて答える彼女には、一つの立場を預かる者としての矜持のようなものが感じられた。



 それから私はドレスに着替えた。

 着衣を一旦全て脱いで下着から選びなおす。

 少し面積の大きいパンタレットに下着としてのインナーシュミーズ、さらにこれにソフトタイプのコルセットを締める。胸を支えるブラレットは使わない。

 足にはシルクのソックスを履き、両肩を露出させたインナードレスを着る。

 さらにその上に青紫のビロードのような光沢のある生地のエンパイアドレスを着た。

 ただ普通のエンパイアドレスと違うのは、両肩のデコルテラインから上は素肌を露出させず半透明なメッシュ素材で首筋まで被っているということだ。


「うん。これならいいわ」

「ええ、ご実家に顔を出されるのであればドレスコードは守りませんと」


 ドレスコード――、上流階級などで通用する服装に関するルールのことだ。それぞれの地域や土地柄で色々なものが存在する。

 フェンデリオルの上流階級では、顔以外の素肌を晒さない。これが女性の正装に対する暗黙のルールとしてずっと守られている。公式の場ではなおさらだ。

 ただ時代の変化なのか、昔であれば何が何でも素肌を出さないというのが主流であったが、他の地域から肩から上のデコルテラインを素直に露出させるファッションが広まりつつあることから、公式の場でないくだけた場所では、肌を露出させることに抵抗のない若い人達も増えつつある。

 そのような世代の感覚に合わせるために、肩から上の部分をシースルーのメッシュ素材であしらうタイプのドレスが今のモードになりつつあるのだ。


 両腕にはドレスと同色のシルクのロンググローブを嵌める。丁寧に結い上げた髪には小さめのヘッドドレスをつける。

 首には愛用の緑色のペンダントと、戦闘でも武器として使った三重円環の銀蛍を下げる。


 私は姿見の鏡で自分の全体の姿を見た。


「いかがでしょうか。お嬢様」

「ええ、よろしくてよ」


 私は実家に帰る時、自分自身にあるルールを課している。

 それは髪型だ。

 仕事で傭兵として振る舞っている時は基本的に髪はおろすことにしている。反対に実家筋で本来の自分として振る舞う時には髪型は丁寧に結い上げる事にしていた。

 仕事としての私と、実家筋でのもう一人の私、この二つは明確に使い分けることにしている。

 両肩の上からロングのショールを羽織り、必要な荷物をトランクや何やらに詰め込んで準備を終える。

 リビングで待っていると、


「お嬢様、お迎えの馬車が参りました」

「ありがとう今行くわ」

「はい。お荷物は既に載せましたので」

「よろしくてよ」


 荷物は馬車に既に乗せを得ていた。

 メイラも侍女としてのワンピースドレスではなく、正装用のリージェンシードレスに着替えていた。

 それだけ実家に顔を出すということはとてつもなく手間のかかることなのだ。


 ヒールのついたエスパドリーユを履き隠れ家の外に出る。家から少し離れた場所に公共の馬車停留所があるのでそこに向かう。

 するとそこに私を待っていたのは――


「お待ち申しておりました。お乗り物の準備はできております」


 二人の男性の近侍役がテールコートスタイルで待機していた。

 馬車は黒地に金モールの飾り立てがしてあるクラレンス馬車。呼び出し馬車で静かに行こうと思ったのだが、お母様に押し切られたのだ。

 どれだけ私に期待しているのか……

 先が思いやられる。 


 近侍役の二人が馬車のドアを開け入口のステップを開いてくれる。それに足を踏み入れて入っていく。

 私とメイラが中に乗り込み、馭者が1名に、近侍は馬車の後部に立って乗る。


 準備が終わり暗黙の了解で馬車は滑るように走り出した。

 そして人目を避けて裏道を使って、馬車は一路、ある場所へと向かったのだった。


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