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新・旋風のルスト ―英傑令嬢の特級傭兵ライフと精鋭傭兵たちの国際精術戦線―  作者: 美風慶伍
第3話:ルスト人物調査行 ――ケンツ・ジムワースと言う人物について――
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ため息のバスルームと、ブリゲン局長の来訪

 馬車を走らせて隠れ家へと戻る。

 帰るなり、地下室のバスルームに直行してドレスを脱ぎお湯を浴びる。お湯の中に身を沈めながら張り詰めていた神経を解きほぐしていった。


「ふぅ……」


 お家の中で私は大きくため息をついた。


「さすがに神経使う」


 顔を見知った人物とはいえ、仕事名目で腹の中を探るための接触となるといつも以上に神経を使う。どこまで入り込めばいいのか、どこまでなら情報を出してもらえるのか、相手に迷惑のかからない範囲というものを考えながら会話をしなければならない。

 人と話すのは苦手ではないが、戦闘行動の時とは違って、調査活動のような人にものを尋ねて、腹の中を探るような行動は正直言って辛い。


 接触を求めた3人が3人とも、良心的に対応してくれたのがせめてもの幸いだった。


「やっぱり屋外で作戦行動してるほうが気持ちが楽だよなぁ」


 しみじみとぼやいていると、ちょうど着替えを持ってきてくれたメイラが苦笑しながら語りかけてくる。


「お嬢様にも苦手なものがおありなんですね」

「そりゃあね。苦手というほどではないけど、やっぱり対話もある意味、駆け引きの一つだから。言葉を間違えると後々まで尾を引くこともある。それを考えると親友との対話も真剣勝負になってくるのよ」


 メイラはバスルームの傍らのサイドテーブルの上に着替えを置きながら私にこう言った。


「それでも、一定の成果はあったのでございましょう?」

「ええ、もちろんよ。その辺は抜かりはないわ」

「だったらそれでいいじゃないですか。成功したことは事実なんですから」

「ええ、そうね。ありがとね。メイラ」

「どういたしまして」


 メイラはあるお屋敷で侍女長を務めたこともある。そのため指示を出したり教え諭すような事も事も無げにこなしてくれる。

 主人の気持ちを汲み取り、支えになることも造作なくこなしてくれるのだ。


「後で寝室にお茶お持ちします」

「ありがとう」

「では」


 そう言葉を残してメイラは下がった。

 彼女が侍女をしてくれていて本当に良かったと心から思う。

 一人バスルームの湯船の中に身を横たえてそれから少しの間、無言で身体と神経を休ませたのだった。


 


 †     †     †




 あくる朝、スッキリとした心で目覚めると、シャワーを浴びて昨日の汗と汚れを洗い流す。いつも通りに化粧と身支度を終えて2階のリビングに向かう。

 そこで茶を飲みながらくつろいでいると時計の針が7時半を射す頃に隠れ家の玄関扉をノックされる。


「はい、ただいま!」


 張りのある声でメイラが応対に出ると、静かな声でやり取りがありメイラはすぐに2階へと戻ってきた。いつもとは違う来客対応だ。


「もしや」


 ブリゲン局長だろうか?


「お嬢様、お仕事の目上のかたです」


 私の仕事上の上司といえばブリゲン局長が妥当だろう。この他にも表向きの上司としてワイゼム少将やソルシオン元帥がおられるが、彼らが私の隠れ家にそうそう簡単にやってくるとは思えない。


「応接室にお通しして」

「はい」


 私は1階フロアの応接室に向かった。

 着ているのはいつものボタンシャツに黒いロングスカートジャケット、その上に大判のロングショールを羽織る。足元には室内用のエスパドリーユを履き、髪は後頭部でゆるく結い上げておいた。

 階段を降りてゆき、応接室のドアを開ける。そこには一人の実年男性が応接セットのソファーに腰掛けていた。

 濃紺のボタンシャツに黒いダブルボタンのベスト、上着の黒のスペンサージャケットに、焦げ茶色の革コートと言う出で立ち。

 目元にはトレードマークの茶色いレンズの楕円のメガネ。襟元には青いスカーフが締め、徹底した黒系の装いだった。


 メイラが用意したのだろう、応接セットのテーブルの上には外来物のコーヒーとお茶請けには極薄の板チョコが出されていた。〝味覚(Muzeo)( de )美術館(gusto)〟と言う高級店の逸品で、食感は硬いが原料となるカカオの香りと味覚が濃厚に口に広がる。甘い物を好まない人でも抵抗なく口にできると評判の品だ。

 ブリゲン局長は食については道楽をしない。菓子もあまり口にしたことを見たことがない。下手にケーキのたぐいを出して手を付けずに終わるよりは良いだろう。視線でさり気なく確かめれば、どうやら2枚ほど口にしているようだ。


 ドアを開け、中に足を踏み入れたところで、局長の視線が私の方を向いた。


「ブリゲン局長、ようこそおいでくださいました」

「ルストか、くつろがせてもらっているぞ」

「どうぞごゆっくり」

「そう、ゆっくりともしていられないのだがな」

「まぁ、そう言わず」


 そんな言葉のやり取りをしながら笑い合う。そして、私が局長と向い合わせに腰を下ろしたところで局長は語りだした。

 

「さっそくだが聞かせてもらおうか」

「はい」


 私たちは本題に入った。


「何がわかった?」

「はい、まずはケンツ・ジムワースと言う人物の人間性についてです」

「ほう? それでどんな人物なんだ?」

「筋金入りの平和主義者、それも理想論ばかりが頭の中に入っているタイプです」


 私のその言葉に局長は顔をしかめた。


「一番厄介だな。悪意がないから余計に騒動を起こしやすい」

「はい、ミルゼルド家に資金援助を申し込んで門前払いされ、ドーンフラウ大学にあっては、学生たちから授業をボイコットされています」

「理由は?」

「この国の〝常時戦時下〟と言う現実を理解していないからです」


 私は軽く溜息をつきながら言葉を続けた。


「とにかく理想論だけの人物です。戦わずに武器を取らずに、対話と交渉で平和を勝ち取る。それが彼の理想だそうです」

「妄想だな。この国にあっては」


 局長はそう苦々しく吐き出した。


「武器を取らずにトルネデアスと交渉するなど、愚かとしか言いようがない。十歩譲れば、百歩土足で踏み込んでくる、そういう連中だぞ?」

「おっしゃる通りです。中身のない理想論をばらまいた挙句、ドーンフラウ大学から追い出されました。まだ、大学に籍はあるのですが、それも時間の問題でしょう」

「そうか」


 局長は二つ目の問いかけをしてきた。


「ケンツ博士は、なぜこの国にやってきた?」

「それについてですが、まだ情報が集まりきっていません」

「なに?」


 局長は訝しそうに私を睨んでくる。私は臆せず、理由を述べた。


「博士の背景となる資金回りを調べている最中です」

「金銭面か」


 金銭面という言葉が聞こえて、局長は状況を理解してくれたようだ。人間関係の周辺事情の中では、過去経歴よりも、資金回り金回りの事情を探る方がより手間が時間がかかるものだ。


「はい。執拗に資金援助を求めて歩きまわっていたと言う話を聞きました。かつて在籍していた大学からは、時代の変化とともに彼の非戦主義思想が邪魔になったのだと言われています。

 ただし思想が噛み合わないからという理由でそう簡単に追い出されるとは思いません。私は彼の思想以上にもっと重要な致命的な問題が生じたのだと思っています」

「なるほど。金銭面のリスクが生じるような何か致命的な問題があったのだな。それで生活する場所を求めて我が国にやってきた」

「はい、ドーンフラウ大学の前学長のまねきで招聘されたそうです」

「しかしそんな人物が我が国の大学でまともに受け入れられると思えん」

「はい、そこで彼が引き起こした事件が、学生による大規模なボイコットとストライキです。大学の機能が停止してしまい、大学上層部と大学支援者の話し合いの末、博士を招いてくれた恩人である前学長は辞任に追い込まれました。博士自身も無期限の活動停止処分が下されたそうです」

「なるほど。そこまで追い詰められたということで、是が非でも学者として対面を保つためにもまとまった額の資金が必要というわけだな。しかしそれは上手くいっておらず、今現在も資金提供者を探して歩き回っているというわけか」

「はい」


 私のその答えに頷きながら局長はさらに尋ねてくる。


「さらに情報の深掘りはできているのか?」


 当然の問いかけだった。表面的な情報だけなら他の人間でも集められるからだ。


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